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四十一話「目から鱗、女子はやはり女性だ!」

 動揺、恐怖、焦燥、さまざまな感情が脳裏を巡った。そのあとに浮かんだのは、嘘、という単語だった。信じたくないと言い換えてもいいかもしれない。

 自分が信じてきたものが。

 生きてきた人生そのものが、どこか間違ったものだったなんて。

「…………」

 言葉が、出なかった。

 聞かなければいけないことは、わかっているのに。

「ね、ツバメ」

 一瞬自分の声がすごく若返ったのかと、すごい勘違いをした。

「……おじょう、さま」

「なんでしょう、お嬢様?」

 驚き、戸惑い、ビクビクしている自分とは対照的なふたりを見ていて、自分がいかにそれなりの"つもり"だったのだと、思い知らされた心地だった。

 それはとても、居心地の悪いものだった。

「あ、の――」

「あらかわ、なにを、拾い忘れたの?」

「それは口ではなかなか説明しづらい事ですわ」

「しづらいだけで、出来ないことはないんでしょ?」

「まぁ、そうですわね」

「なら、して」

「承知いたしました。ではお嬢様、まずいくつか質問をさせていただきますが、よろしいですか?」

「うん、なに?」

「お嬢様は、学校というものをご存知ですか?」

「うん、知ってる、学ぶとこ」

「委員会というモノは?」

「聞いたことある」

「部活は?」

「一応」

「恋人やバレンタインデーというものは?」

「いやあのツバメ?」

 微かにも動揺するお嬢様を見たのは、初めての経験だった。

 そして不可解だった。

 なににそんなに、心揺らされているのか?

「なんでしょう、お嬢様?」

「いや、その……なにが聞きたいの?」

「聞きたいことはこの雨音燕、一音一句間違えず無遠慮にもひとつひとつお嬢様に直接お伺いを立てておりますが?」

「――――あそんでる?」

「少々」

 初めて。

 そこで仁は、燕が竜苑寺と同種の人間であると、理解した。

 燕は手を口元に当て、あくまで優雅にしかし明らかに愉快そうに口元を緩ませ、

「失礼たしました。しかし私の聞きたいことは先ほどの質問で相違はございませんですよ?」

「ございませんですか?」

「はい」

 異界の会話、再びカッコ仁の感想カッコ閉じる。

 神仔はその返答に無垢な瞳をじっ、と向けて、

「……わかんないんだけど?」

「なにがでございますか?」

「燕がかなに、なにが言いたいかが」

 微かな違和感を、仁は感じ取っていた。しかしその正体を知るすべは、なかった。

 それに燕は目を伏せ――微かな一礼とも取れるものをして、

「そうですわね。失礼致しました。ではわたくしが申し上げたいことを噛み砕いて話させていただきますと――お嬢様には、影ばかりで実をまったく知らない、ということでございますわ」

 神仔の顔色が、微かに変化する。

「…………かげ?」

「はい、影です。ここからはもったぶらず端的――わかりやすく説明させていただきますね。要はかなちゃんは、知識ばっかりで実際の経験値がぜんぜん足んないってことよ?」

 仁は、目を剥いた。

 いちメイドにあるまじき、そのトンデモな言葉遣いに。まさかある種羨望の対象である燕から、そんな言葉遣いを聞く日が来ようとは……! 仁はハラハラして事の成行きを見守った。

「――つまり、村人たちから話ばっか聞いてて、レベルがぜんぜん上がんなくてスライムとかにもやられちゃうってこと?」

「そーいうことね」

「ワタシ……ぜんぜん経験値もお金も持ってない、ひのきの棒に皮の服のレベル1ってこと?」

「お金はいっぱいあるけど最初の村から出てないからどうのつるぎとうろこの盾のレベル1ってとこよ」

「じゃあ……どこにいけばスライムの狩り場があるの?」

「それはね?」

 仁、絶句。

「…………」

 普通に会話が続いていることにもそうだが、お嬢様がブチまけたとんでも理論にこの素敵メイドさんが当たり前についてきていることにもそうだった。もちろん仁はまったくついていけていなかった、世界は広く、自分の世界はあまりに狭い。

「あなたはもう、知っているはずよ?」

 聡明なお嬢様は、ただそれだけの言葉に一秒おかずに答えを導き出した。

「がっこう……」

 燕は楽しそうに、にっこり笑った。

「そう、がっこう。それも小学校が、かなちゃんがいうスライムの狩り場かな? うん、低学年とか? そこからいっかくうさぎとか、さまよう鎧とか倒していって、みんな、ラスボスのりゅうおうとかエルギオスとか倒して世界を平和にするんだよ?」

「世界って、いま魔王に支配されてるの?」

「うん、いまっていうかずっとね」

「りゅうおう? それともエルギオス?」

「ううん、不安っていう魔王にね」

 専門用語はひとつもわからなかった。

 だけどその意図するところは、仁にも出来た。

 そしてそれは神仔も同じなのだと、歳相応以上に目をぱちくりいさせた無表情を見て、理解出来た。

 決して手も、なんびとの目にも触れられることのなかった森の奥に密かに佇んでいた湖に、不意に投げ込まれた小石によって波紋が、作られたような。

「……つばめ、」

「かなちゃん」

 いちメイドが、主であるお嬢様の言葉を遮った。

 そしてゆっくりと、語りかける。

「かなちゃん、学校行きたい?」

「いきたくない」

 即答に、戸惑いがなかったといえば嘘になった。

「それは、なんで?」

「お父様が――」

 初めて見た。

 言ってから、ハッとしたような顔をするお嬢様なんて。

 しかしそれを咎めるでもなく、燕は、

「暁成さまが、どうしたのかな?」

「……ううん、なんでもない」

「そう」

 それだけ。

 二人が問うて問われて語り合ったのは、それだけだった。どちらも核心を突きはしないし、咎めたりしない。

 そして唐突に、燕は仁の方を向いた。

 もちろんいつもの、笑顔を振りまいて。

「と、わたしは思うのですけど仁ちゃんは、それで納得してくれたかな?」

 唐突ともいえる水の向け方だったが、

「あ、はい。大丈夫です。丁寧にご指導いただき、ありがとうございます」

 思わずといった感じで、仁は頭を下げていた。それに燕は口元に手を当てて、あらあらと少しだけ驚いたような表情を見せていた。それが仁は、なぜか少しだけ嬉しかった。



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