四十話「女性ふたりとは優雅だねぇ」
余韻さえ残す優雅さで、燕は微かに微笑んだ。それも僅かに2秒ほどで、消える。そしてクロテッドクリームに、イチゴジャムを混ぜ合わせ、それをスコーンに塗り込み、ゆったりとフォークとナイフで切り分け、一口大にしたそれを口元に運んだ。
うっとりするほど。
コクがあるそれに、文字通りうっとりする。うーん、大人の魅力。血液に浸透するような、その甘み、そして僅かな苦みというか深みというか。
さて、糖分を補充したうえで、またもや考えごとに移ろうか。
考えごとは、人生を潤す大きな要因のひとつだ。
無駄な物事を深く見つめ直し、そして意外な側面を発見し、世界の深みを認識出来て、興味深いものだと理解出来る。
素敵だ。
すごく素敵趣味だと、自負している。まぁでも地味さでいえば仁ちゃんにもそうそう負けてはいないとは思うが。
そして、今日の物想いの開始だった。題名は、竜苑寺様の青春探しに巻き込まれる訳知り顔な無知お嬢様と落ち着いたふりの純情SP物語、といったところか。
さて、まずは竜苑寺様とお嬢様の関係を――
「つばめ、ちょっといい?」
「はい、なんでしょう?」
ダイニングに踏みこみ無遠慮に憩いの時間をブチ壊してくれた愛しい我が主に、燕は極上の笑みを向ける。
思わず、
「あら、仁ちゃん?」
「仁ちゃんは、やめてくれませんか……?」
傍にいた仁の存在に、らしからぬ声をあげていた。
お嬢様が誰かを連れてくるとは、大変に珍しいケースだった。というより、お嬢様が自分の元を訪れることからしてなかなか無い――というより実際言ってしまえば、初めての事件だった。それが誰かを連れ立ってという、訪れなくても見られない光景を伴っているのだから、それは万分の一の奇跡を自分は見ていると過言ではないのかもしれなかった。まぁもちろん、過言なのだが。
というわけで、慌てて準備をした。もちろん表面上は優雅に上品に、しかし出来得る限り迅速に。受け皿、カップをふたつづつ追加し、お茶うけも二種類――クッキーとゼリーを増やし、トクトクと音を立てて紅茶を注ぎ音も無く二人の前に差し出し、おぼんを持ったまま優美に一礼し、そしてしずしずと二人の対面に、着席する。
お嬢様はいつも通りの無表情に。
仁はソワソワと、普段見られない落ち着かない様子で。
くすり、と苦笑しそうになるのを、正直堪えた。なんとも、なんともたまらなくなるほど興味深くて面白い構図だった。これは就寝前に15から45分間読むように決めている推理小説よりイケているかもしれない。
ひとの心ほど、難解で不可解でそして興味が尽きないテーマは無い。
「――さて、ではおふたりがこうして私の元に訪れていただいたご理由、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
燕は両肘を立て、両の五指を絡め、その陰に口を隠し、話を始めようとした。
「…………」
「――――」
だが、二人からのリアクションはなかった。それに燕はニッコリ笑って、目を伏せ、おもむろに紅茶に口をつけた。
急いては事を、仕損じる。
おもむろに心の中だけで三ツ石のモノマネなんてして、時間が解決してくれるのを待った。幸運にも現在、飲み物もお茶うけも、そして時間もたっぷりとあったわけで。
体感で、4分と21秒ほど経っただろうか。
「あの、」
口火を切ったのは、予想通りといえばか、仁だった。
それに燕は掲げていたカップをゆっくりと口元から離し、しっとりと受け皿に置いて、
「――はい、なんでしょう?」
「実は……こうして訪れさせてもらったのは、わたしの、個人的な悩みのせいなんです」
「わたし?」
「あ、その……いえ、"自分"は、」
「いや、いいのよ。ごめんごめん、それで仁ちゃんの悩みって、なにかな?」
「あ、はい……」
落ち込んでいる。
というより、感情を素直に出している、と言った方が近いのだろうか。おそらくは後者。それに燕は、辛抱強く――というよりまったりと、待った。紅茶を嗜みつつ、遠くから聞こえる小鳥の囀りなんか耳にしつつ。本当にここは、心が安らぐ。美味しい空気を、胸一杯に吸い込んで。
「あ、あの、」
「はい、なんでしょう?」
顔いっぱいの、素敵スマイル。
それに仁はおずおずとゆっくりしかしハッキリと、
「その……"自分"は、」
「はい、"わたし"は?」
「……"自分"は、もう16ですが?」
「はい、"わたし"はもう16ですね」
「…………」
「それで、お話というのは?」
「……はい、」
根負けしたように、そして仁は実際を語り始めた。
「その……まだ16の自分には、まだまだ世間知らずで、それで尊敬する燕さんに、教えて欲しいことがありまして……」
「はい、それで?」
どれだけ自己主張しようが、言葉を否定しようが、開き直り自虐を始めようが、しかしどれも燕の心を揺らすことは出来なかった。
「あの……自分……わたしは、その……」
「ゆっくりで、いいわよ」
その時唐突に、なんとなくだが、一度も喋らないお嬢様のことが気になった。
「――なにか、取りこぼしているのでしょうか?」
「うん」
振り絞るようにして紡ぎ出されたその言葉に、燕はなんの躊躇いも無く断言していた。
断言したあとに、あ、しまった、と思ったりした。




