三十八話「僥倖僥倖、お楽しみはこれからだ♪」
そして沈黙、無言の進行が再開された。それにしかし神仔は、居心地の悪さを感じていた。先ほどまでの幸せだった繋がりが、今は煩わしい。
まるで手の鼓動から、自分の本心がバレてしまいそうな。
角を曲がった、横断歩道を渡った、信号機待ちをした、角を曲がった、直進した、直進した、信号機待ちをした、横断歩道を渡った。
どこに向かうのか、わからなかった。
なにがしたいのかが、わからなかった。
なにを狙っているのかが、わからなかった。
それが不快に、感じられた。
「――どこ行くの?」
「やっと少し、心を開いてくれたかな」
これが?
バカじゃないのか?
「――バカ?」
「くくっ……良いねぇ、光栄だ、光栄の至りだ、その呼称」
理解不能。
を越えて、イライラさせる対象と、認定。
神仔は手を、振り解いた。いや振り解こうとしたが、しかしその手は竜苑寺にしっかりと掴まれ、外れなかった。
「……どういうつもり?」
「なにかお気に召さないことでも? お姫さま?」
「……馬鹿にしてるの?」
この、私を?
まさか――
「してるねぇ、ちびっこくん」
カッ、として、背伸びして出来る限り至近距離でその瞳を、睨みつける。
「――わたし、これでも身長158センチあるんだけど?」
「おぉ、大きい大きい、小学生にしては大したもんだ」
「たしかにおじさんの方が大きいけど、それは大人で男の人だからでしょ?」
「その通りだね、うむ、間違いない」
「…………」
「なにか、御不満でも?」
「――ない、よ」
ぶっきらぼうに言って、そして目を逸らした。手はガッチリホールドされてるのが、益々気に入らなかった。
「というかきみ、自分のことわたしって言ってるね」
「あ」
思わず、反応。時既に遅し。そしてもう、なにもかもが無駄だった。
ハァ、とため息を吐いて、神仔はその場に膝をついた。それに竜苑寺も、さすがに手を離し腰に手を当てた。
神仔は頭を、抱えていた。
「……かなは、かなだもん」
「そうだね、間違いない」
「かなだもん、わたしなんて言わないし。ていうかなんでそんな色々聞かれなきゃいけないの?」
「そうだね、すまない。ちと、配慮に欠けていた」
「デリカシー、ない……」
「うむ、その通りだ」
「…………」
「すまない」
何度も謝らないでよ、と神仔は思った。だけどそれを言ったら自分の負けのような気がして、神仔は押し黙った。押し黙って、手を引かれるまま足を進めた。
その手がなんだか、暖かかった。そりゃあ人肌に触れてるのだから当然なのだけれど。
そして再度、無言の行進。こうなると行き先が話を繋げるためではなく気になってはきたが、また会話を再開すると色々と突つかれそうでそして自身もやらかしそうで、怖くて出来なかった。
なんだか誘拐されたみたいだなと思って。
そういえば本当に誘拐されたのだな、と今さらになって現状認識したりした。
そしてそんな風にして、たぶん体感で20分くらい歩いていた。
気づけば色々なところを歩いていた。住宅街、川沿いの遊歩道、公園の散歩道、大きな街道。
途中、色々なモノを見た。ヒトを見た。手を繋いで歩く親子、買い物かごを提げた母親、自転車で送る父親、釣りをする子供たち、砂場で遊ぶ子供たちに中央で談笑する母親たち、居酒屋で話し込む大人たち。
みな、今まで見たことがない類のものたちだった。それに、心が揺れなかったといえば嘘になるが、それほど新鮮味があるわけでもなかった。知識としては、十二分に持っていたものだったし。
ただ。
みな、思ったより楽しそうなんだなと、思わないでもなかったが。
そして気づけば、学校だった。
その校門の前で、竜苑寺の足は止まった。必然神仔の足も、止まる。
自然、そちらに視線はいく。大きな建物だった。話では聞いていたが、その巨大さはまるで絵本の城のようだった。
そこからは、いくつかの笑い声が聞こえた。そして話し声も。同世代のこれだけの声を同時に聞いたのは、神仔は初めての経験だった。それに、特に神仔の心情は揺れなかった。ひとは、たくさんいるんだなー。
二十秒くらい、経っただろうか。
「――それで?」
端的な言葉に、留めておいた。
それに竜苑寺は、振り返る。
「きみが、通う筈だった学校だよ」
目を瞬いた。
心が揺れなかったといえば、嘘になる。
「へ……へぇ~」
「感想は?」
「な、なんか……おっきいん、だね」
「面白い感想だ」
――なにか、間違えたか?
「え? えーと……ひと、何人くらいいるの?」
「ざっと、千人くらいかな」
「う、う~わぁ……い、いっぱいだねぇ」




