三十七話「パパと良い子」
「ふ……ふわあああ」
「ん? どうしたね神仔ちゃん?」
「も、もっとぉぉおおオ……!」
「え……な、なにが?」
初めて見るその――なんていうか引いたような顔に、神仔の精神もまともに戻る。
「ん……んぅん、なんでもない。それで、おにーさん?」
「なんだい?」
「手を握って"もらえる"のって、気持ちいーね」
ぴくん、と反応したような気がした。
「そうかい?」
「うん、あとなんてゆーか、幸せ」
少しだけ握る手が、強くなった。
「そうか、幸せか」
「うん、しゃーわせ」
ほわっ、と神仔は表情を緩めた。同時に肩の力も、抜けた。
あぁ、もう屋敷じゃないんだ。
もう肩肘張らなくていいんだ、と。
「えへへへへ……」
「どうした?」
「あー、なんか、おにーさん、パパみたいだなー、って」
「そうか、じゃあ私のことはパパと呼んでもいいぞ?」
「うん、パパ」
「これで神仔ちゃんからの呼び方が変わったのも、4回目だな」
「そだね」
「私は、」
「なに、パパ?」
そこで唐突に、竜苑寺は黙った。それに神仔も、ならった。なにが起こるんだろう? と考えていた。少し、ワクワクもしていた。このオジ――じゃなくおにー――でもなくパパは、自分に変化を――
「神仔ちゃんは、なにかパパに、質問はあるかな?」
「え? ないよ?」
「――なにも?」
「ん、なんで?」
歩みは止めず。視線も前のまま竜苑寺は、
「物わかりがイイ子だね、神仔ちゃんは」
「ありがと」
「でも良い子じゃないね、神仔ちゃんは」
「あり…………え?」
つん、と引っ張られるような感覚だった。
それは相手が引っ張っている――わけではなく、自分が意図せず足を、止めていたからだった。
――良い子じゃ、ない?
なんで、わたしが?
「え……な、なんでかな? なんで、かな……良い子じゃ、ないの?」
「うん、良い子じゃないね」
「え、ぇ……かな、なにか、なにか間違っちゃった、かな?」
「間違っちゃったね」
「え? え、え? か、かな、な、なに間違っちゃったかな? お、教えてオジさん? かな、子供だから……まだ、子供だから、わかんないこと、いっぱいあって――」
「オジさん? パパじゃなかったのかい?」
「あ。あああ、ゴメン。間違っちゃった、てへ、ダメだね、かな、まだまだ子供で、失敗ばかりで、ぺろ」
にっこり笑って、舌を出す。
基本的には奥の手に認定している、必殺技だった。これで落ちない相手はいない。どんな状況だろうが、逆転出来た。許された。人生で3度ほどしか使ったことのない、それは最終手段だった。
けれど竜苑寺はそれに――なんの言葉をすら発することも、無かった。
発することも無く、ただじっとこちらの瞳を見据えていた。
「…………」
薄い、笑みを湛えて。
それが。
それがとても怖くて、耐えられなくて、神仔は口を開いた。
「……ぱ、パパ? そ、そういえばかなたち、どこに向かってるのかな? ずっと聞いてなかったけど、なにか特別な場所とか? それとも楽しい場所? た、楽しい場所だといいなー、とかなは思うんだー。たとえば遊園地とか? かな、遊園地ならジェットコースターよりかはお化け屋敷とかのほうが――」
「神仔ちゃん」
今しか無い、と思えた。
「な、なにかなパパ? し、質問? い、今ならなんだって答えてあげちゃうよっ。出血大サービスなんだから! なにかな? なに聞きたいのかな?」
「神仔ちゃんの、本心」
心臓に、杭を突き立てられたヴァンパイア的な心境だった。
「へ……え、本心? ほ、本心って、なんのこと……」
「そういう取り繕ったりしない、ありのままの神仔ちゃんのことだね」
取り繕ったりしない。
ありのままの、自分。
そんなもの、見せられるわけ、ない。
というかそんなものを見たい、意味がわからない。
「…………」
なにか、喋ろうとした。
だけどなにも、口を突いて出ることはなかった。今までの経験から導き出される筈のそのパターンが、なかった。だから的確な反応を、選択できなかった。
固まっていると、
「それが、取り繕っているというのだよ」
笑っていた。
馬鹿にされていた。
と感じた時、"想い"が喉を通って意思とは関係なく、突き抜けていた。
「なにがわかんのよわたしのなにが」
言い出したら、最後まで言いたくなった。
「なンっにも、知らない癖に」
「知らんなァ、なにも」
「じゃあ勝手なこと言わないでよ」
「そんなこと言われる筋合いも無いなァ」
「うるっさいよ、なンの権利があってそんなことのたまっちゃってんのよ?」
「権利なんて必要あるのかね?」
「るっさいな、っていうか少し黙ってよ」
「いいだろう」




