三十六話「ミッチー意外と、熱いね!」
ようやく一瞬、燕の勢いが止まる。それに仁は安堵に似た感情を浮かべるが、
「そうよねそうよね確かにわたしもちょっとまくしたて過ぎたわねだったらそうね、あなた――」
「は、はぁ……な、なんでしょう?」
「好きな子とか、いないの?」
「……ご存知でしょうが、私はこの屋敷から出ることはありませんし、そして外の世界というものを――」
「いないのね、だったら初恋は?」
「……雨音様」
「まだってことね、だったらあなた趣味は?」
「……日々の任務そのものが趣味といえるかもしれま」
「あなた、服やアクセサリーに興味はある?」
「ありませんが……あの、雨音様?」
「ネコちゃんやワンちゃんは好きかしら?」
「動物と触れ合う機会がほとんどありませんが……その、雨音様?」
「う~ん、清々しいくらいの真っ直ぐぶりね。さすがは竜苑寺様、よくぞ見抜かれたと言ったところかしら」
「? ??」
まったく意味のわからない質問の羅列だった、そしてまったくよくわからない納得の仕方をされていた。
とにかく自分としては、
「そ、それで……あの、青春なのですが?」
「あーらそうだったわね」
愉しんでいる。
というより遊ばれている。仁はそう感じた。茶目っけがある、と通常なら思うべきところだったが仁は普通に、
「……馬鹿にしてますか?」
不機嫌になった。
それに雨音は少しだけ慌てたように、
「あら? やだ、そんなことないのよ? ごめんなさいね、少し回りくどい言い方しちゃったみたいね」
――少しか?
「でも、変な意味は無いのよ? そうね、ただ、私……嬉しく、なっちゃってね」
「嬉しい?」
不審度は跳ね上がるばかりだった。
「そう、嬉しいのよ。あなたにも……そうかァ、あなたもそういうお年頃かァ……そっかァ」
なにが……そっかァ、なんだか?
もう本当にいい加減にして欲しかった。
だから、言った。
「歳だとか、嬉しいだとか、いったいぜんたいなんの話をしてるんですか? その、さすがにいい加減ハッキリと言って欲しいんですが?」
「あぁ、ごめんなさいね。でもねあなた――」
「青春の定義は、ひとそれぞれだ」
割り込んだ、三ツ石が。
それに雨音は、
「あー、御門さん。ズルいですよ私が言おうと思っていたんですのにー」
「お前がいつまでも言わんからだ」
三ツ石は呆れ顔でメガネの位置を直し、
「……荒川君、きみが望んでいる答えは、我々には提供は出来ないだろう。なぜなら青春という桃源郷の定義は、人類史上成しえた者はいないのだ」
「御門さん、さすがにそれは言い過ぎでは?」
「だったらお前が説明すればよかろう」
どっ、とため息を吐く三ツ石。それを見て仁は、もう今まで見たことがない場面の連続に動揺どころの話ではなかった。
意外なことに、二人の立ち位置は燕の方が上位関係のようだった。
「だったら説明しますよー。あのね、仁ちゃん――」
「いやいい、話が進まんし、本題に入れん。端的に言えば、青春はその人物の未完成故の輝き、とでも言いましょうか」
「――え?」
「ま、そんなとこだ」
「は? あ、あの……未完成の人物が、なぜ輝いて――」
「話はここで終わりだ。先ほども言ったが、定義はひとそれぞれ、どう思うかは各々の感性に左右される。そして悪いが私にはそれをうまく説明してやれるスキルを持ってはいない」
断定口調のそれに、仁は抗う術を持たなかった。
仕切り直すように三ツ石は咳払いして――それをすば目は密かに笑顔でいつもの待機モードで見守り、
「では話を戻させてもらおう。まずは荒川君、きみが神仔お嬢様を発見して屋敷までお連れした経緯を話してもらおうか」
神仔は、部屋に戻っていた。そこでひとり、考えていた。ベッドに座り、手を組んで、灯りも点けず。そのなにも視界には入れず、ただただずっと考え続けていた。
考えていたのは、おにーさんの言葉の意味だった。
あれから。
誘拐された神仔は、そのまま肩に乗せられたまま、部屋を脱出した。それも窓から。片手だけ使って。曲芸かとさえ思った。そして屋根を歩き、尾根を伝い、パイプを下りて、庭に降り立ち、そして監視カメラの死角を縫うようになんていうかまるで忍者のようにうねうね動いて、そしてついには自称完璧執事と素敵メイドに4人のSPがガッチリ警護する半分要塞のような屋敷を、突破してしまった。
そして歩道に入り、さすがに肩に乗せたような状態では怪しまれるというか怪しいから下ろして手を繋いで歩いて30秒ほど経ってから、
「――おにーさん、」
「よく行儀よくしてたね、神仔ちゃん、えらいえらい」
言葉を遮られ、頭を撫でられた。
それに、背筋に電気が走ったような快感が、巻き起こった。




