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三十五話「焚き付け、さてどんな味を魅せるか?」

 だから三ツ石も、雑務の手を止めた。

 メガネの位置を直し、立ち上がり、真っ直ぐにその瞳を見据えた。

「神仔お嬢様と、SPその1を、と?」

「そうです」

「なぜ、そのようなことを?」

「私と同じ、匂いを感じたからです」

「匂い?」

 それに三ツ石の、それこそ嗅覚が反応した。それはつまり、長年の経験から訪れる、直感。

 それによってなにを、感じとったのか?

「――例の、青春という奴でしょうか?」

「That's right(その通り)」

 とつぜん、英語で指さしされて三ツ石は過去働いた結橋財閥のアメリカサンフランシスコ支部での日々を幻視した。

「そ、そうですか……ということは、その二人も――いわゆる、青春というやつをとりこぼしてきたと?」

「少し、違いますな」

「なにが、ですかな?」

「ふたりとも、現在進行形です」

 竜苑寺の、顔がより真剣味を帯びて。

 そして口調が、強くなった。

「まだ、間に合います」

「……そ、そうですか」

「そこが私と、彼らとの違いです。彼らなら、今ならまだ、間に合います。その為なら、なんでもやってやろうという気概が、湧いてくるものですっ」

「ほ、ほう……し、しかし青春とは、まさか――」


「青春って、なんですか?」


 竜苑寺の言葉を遮るように。

 その質問は、紡がれていた。

 それは紛う事無く、蚊帳の外に置かれていた――ひとりの、SPだった。

 三ツ石は目を、丸くする。この人物に限って、そういう真似をするタイプではなかったというのに、事ここに至って突然、なぜ?

 しかし今は、それよりも先に聞かなければならないことがあった。

「ま……まさかそのSPその1……と、お嬢様が、ですと?」

「その1とはまた、酷いですなァ」

 屈託なく笑うこの人間を、底が知れない――と背筋に寒いものを、三ツ石は感じた。

「……貴方の目的は、なんなんですか?」

 最初は御自身の青春カムバック的なことを――と続けようと思っていた。

「青春を」

 そして竜苑寺は、背を向けた。

 一大財閥の御令嬢を白昼堂々誘拐した、その犯人は――徳に弁明らしい弁明もすることなく、そして悪びれた様子や開き直る素振りすらも見せず、そのまま振り返ることさえ無く、

「ただ、青春を」

 部屋を、去っていった。


 三ツ石は、頭を抱えていた。いや実際に抱えていたわけではないが、心情としてはその通りだった。悩ましさを通り越して、懊悩する域だった。

 本来ならばこの場で尋問し、そして荒川にも経緯を聞き込み、さらには燕と共に事の収拾を試みようとしていた。そして報告と共にお嬢様にも事の経緯を聞き込み、竜苑寺の動きを牽制し、あわよくばお嬢様ともどもコントロールしようと目論んでいたものを。

 それが竜苑寺の尋問の時点で、盛大に御破算だった。

 なんと扱い辛く、そして厄介な存在なのか。

 ――しかし、

「くっ……くく、く」

 血が湧き踊るというのも、嘘偽りない事実でもあった。

「大丈夫ですか?」

 燕がいつもの笑顔で問いかけ、それに三ツ石もまた肩を震わせながら手を突き出して、

「くく、く……いや、失礼。大丈夫だ、燕。ただ、なんというか、その……」

「御門様」

 再度遮った理由は、その表情が物語っていた。

「……どうしたね、SPその1?」

「青春とは……先ほどから、いったいなんの話をしているのでしょうか?」

 一度は流されたその質問の続きを、彼女は求めていた。

「……どうしたね、SPその――荒川女史よ?」

「なぜにそれほどまでに、竜苑寺様は青春とやらを追い求めるのです? その為だけに、お嬢様を誘拐なさったと? 理解不能です。私にはわかりません。なぜ、それほどまえに竜苑寺様はせいしゅ――」

「落ち着け、あらか――」

「あーら?」

 言葉をかけようとした三ツ石の言葉は、またもや今度は燕の呼びかけに遮られることになった。

 それも後ろから仁を抱き締めるという、大胆行為付きで。

 仁は二回瞬きをして、

「……あーら、ですか?」

「あーら、ですか? じゃなくて、感心してるのですよ、わたくしは。そうですか、まこちゃんが、そうですか、そうですか」

 瞬き、四回。

「……そうですか、そうですか、です、ですか?」

 さらに燕は、以前から確かに変わり種だとは感じていたが改めて本気でこの人物は大した別人種だと実感できた。感性がこれでもかというくらい、合わない。言葉がひとつも、通らない。

 まるで人間と会話しているようには感じられなかった。

「うんうん、でも、その動揺は大切なのですわよ? いますごく心が不安定でしょう? よくわからない感情に、揺れ動いているでしょう? それこそが竜苑寺様の仰られている――」

「雨音様」

「なにかしら?」

「いっさいの、意味がわかりかねますが?」

「あら」


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