三十四話「さて、ボチボチ遊びもやめるかな?」
それに神仔も当たり前のように従い、車を降りる。さらに口の端だけ微かに吊り上げた竜苑寺も右手を胸に当てた一礼をして、つづく。三ツ石はその姿に一瞬苦い顔を見せたが、すぐに掻き消し神仔を先導した。その一連のやり取りに一瞬呆気にすらとられた仁だったが、それは表には見せずすぐさま後に続く。あとはリムジンだけが門を抜け、どことも知れぬ場所へと消えていった。
屋敷ではまず、スケジュール通りの夕食が執り行われた。その場ではお嬢様だけが40人は着席できそうなテーブルで4人前はありそうなフランス料理のフルコースに挑み、その周りを厳めしい表情の三ツ石と、いつも笑顔の燕と、そして今日から執事な竜苑寺が真顔ではあるのだがアゴが上がり、その口元が真一文字ではなく微かにではあるが口の端が上がっているためどこか得意げに見える直立不動で、囲んでいた。
神仔は今日のことについて、一言も云わなかった。それに三者三様に微妙な空気感を作り出していたが、しかし結局その日の夕食は無言で終わりを告げた。退出する際に神仔は珍しく一言、
「かものソテーがとってもおいしかった」
その旨を三ツ石は一句違えることなく音程まで正確に再現して、シェフに伝えた。
そして三ツ石の執事室に集合が掛かり、本日の反省会が執り行われる旨と相成った。
集められたのは、4人。三ツ石と、燕と、仁と、そして竜苑寺。
三ツ石は例によって例の如く、椅子に座って老眼鏡をかけつつ事務処理をしながらの、それは開始だった。
「――さて、まず竜苑寺様からお話を伺いましょうか?」
「なにが聞きたいのか、ぜひともお伺いしたいところですね」
ビタッ、と擬音語がしたんじゃねぇかと仁が一瞬勘違いするくらい、スゴイ勢いで三ツ石は動きを止めた。いやスゴイ勢いで止めるというのは表現としてはとてもおかしいのだが、なんというか無理やり唐突に物理現象を無視した形で止めたようにその時は思えたからだった、ある意味役者だなと。
三ツ石は、ゆっくりと顔を上げた。
「……私が?」
「そうですね、この場合は」
「……なぜ笑っていられる?」
「笑っていると不味いのですかな?」
「……小僧」
「なんだと?」
初めて。
竜苑寺が、負の側面を見せた。
例えるなら、足元を這う虫が這いあがってきたのに苛立ったような。
睨みあう――いや、それは表現としては間違っているのかもしれなかった。お互い目を吊り上げても、表情を険しくしてもいないのだから。ただいつものような顔つきで、真っ直ぐに互いの姿を視界に収めているだけだった。
ただ、空気が。
緊張感が。
まるで弓を大きくしならせているような、そんな感覚だった。
「……失礼、失言をば」
「いえ、こちらこそ」
そこでようやく、空気が緩和する。それに仁は知れず、安堵の息を吐いていた。
なんなんだ、これは?
三ツ石に、こんな反抗――というかまるでおちょくるような、態度を取る人間がいるだなんて。
理解不能、ここに極まれりといった感想だった
三ツ石は改めて事務作業を再開しつつ、
「――それで、事の経緯はお聞かせいただけるのですかな?」
それに竜苑寺は、初めてその顔から余裕を消した。
というかどこか、つまらなそうな顔をした。
「単純で――そして、つまらない話ですよ。というか正直に申し上げてしまえば、私用といってもいい。いやまったくお恥ずかしい」
「私用……と?」
それはなんだろう、と仁は興味が湧いた。
そして気づけば、話しているのは竜苑寺と三ツ石だけだった。招集されたのは、燕と自分もいるというのに、これではまるで観衆にでもなった気分だった。
竜苑寺は大仰に、額を抱えた。
「いや、ただの好奇心、興味といってもいい。それに突き動かされた私は、いわゆる執事失格ですね? そうですよね? いや申し訳ない。こんな勝手な奴が屋敷にいては示しもつかないし、今すぐクビに――」
「竜苑寺殿、」
言葉は、数少ない。
しかし仁もそのあとに続く意味を捉えてはいた。
ヒリヒリするような、それは空気だった。
「いや失礼。色々と回りくどくイヤらしいのは職業病のようなところがありまして。どうか、お許しいただきたい」
「いえ、」
「――では、少し本心を話させていただきます」
「どうぞ、」
「お嬢様と、仁君のことを慮って、というのと、私の個人的目的達成の為です」
ハッキリとした口調だった。少しキザに言えば、曇りなく透き通っているというか。そこに三ツ石は、竜苑寺の本心を見た気がした。
それは、初めての感覚だった。




