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三十三話「趣味を持とう、神を信じましょうっ」

 予期せぬ、第三者の参入だった。

 会話すらした覚えさえない、雇い主のひとり娘。

 それはつまり、内面は予測さえつかないという。

「……なんでしょう、神仔お嬢様」

「なんで男のひとのカッコしてるの?」

 子供丸出しか、この天然お嬢様は。

 あまりに方向性が違い過ぎる二人を前に、仁は頭を抱えたくなった。もちろん実行には移さなかったが。

「――機能性が高く、かつ、女性服を着るという必要性が感じられないためです」

「ひつよーせー?」

 一応小学六年生ですよね、この娘?

「あの……理由というか、なんでか、というか。それで意味、わかりますかね?」

「ひつよーせーの意味なら知ってるよー?」

 なんだそれは?

 ならば、あなたは――

「あの……でしたらお嬢様は、その?」

「ひつよーせーが無かったら、男のひとの服着るの?」

 ぐにゃり、と胸の奥が歪んだような気がした。

 心の一番奥の、柔らかい部分を触られたような。

「……お嬢様。あなたはいま、御自身がなにを仰っているのか――」

「変だよね、おねーさん」

 覗き込まれた。そう感じた。こんな小さな子に。それがどこか異質で、どこか歪で、それは少し空寒く感ぜられた。

 それを否定するように、仁は言い聞かせる。

「なにが? 変なのでしょうか、お嬢様?」

「おねーさんの、在り方」

 とつぜんの小難しい言い回しに、少し面喰った。

 ますます、わけがわからない。

 怖い。

「あ……在り方、ですか?」

「そー、変な在り方。ふつーじゃない感じ? なんていうか、当たり前にまなぶべきことをまなんでこなかったっていうか?」

「は、はぁ……」

 もう仁は正直絶句するしかなかった。これが金持ち、自分とはまったく違う世界で生きてきた者の性質とでもいうのだろうか? だとしたら自分に理解できるものでもないから、考える必要性は無いと――

「さすが神の仔、なかなか察しがイイね」

 にっこり笑って、竜苑寺は頭を撫で撫でしていた。まったくもって、どうにも会話の流れがわからない。どういう神経をしているのだろうか、金持ちというモノは?

「あ、あの……?」

 仁の呼びかけも、二人には届かない。

「お嬢様が考えている"まなぶべきこと"とは、この場合なんでしょうか?」「んーとね、『ひとはパンのみにて生くるにあらず』っていうやつ?」「博識ですねお嬢様、この竜苑寺賢城感服いたしました。して、そのお心は?」「趣味を持とう、神を信じましょう」「さっすがですねお嬢様、トランプします?」「するっ」

「…………」

 そしてあっという間に神仔はポケットからトランプを取りだし、スピードなんて始めていた。趣旨や話の流れ、完全無視もいいところだった。ついていけない。改めてそう感じた。彼らは目の前にいるが、しかしまったく別次元の世界の住人だった。

 改めて、先ほどまでの言葉の意味不明さが解けたような心地になり、改めて仁は直立不動の無表情を心がけた。なにを言われようが、どのようなものを要求されようが、これが自分の在り方だ。そう実感して、そのまま屋敷につくまで微動だにすることも無かった。

 屋敷につくと、30名ほどのメイドとSPが左右に列を成していた。

「…………」

 それに仁は、胸中穏やかならざるものを感じる。胸元の懐中時計を取りだす。時間は、夕食開始時である7時の、2分前。ギリギリではあるが、間に合った筈だ。しかしこの物々しい行列。もしや御門様は、既に暁成様にご報告を済ませたあとなのでは――?

 リムジンが停車する。

「ご苦労だったな、SPその1」

 少し、面食らった。真横の窓に、三ツ石の仏頂面が張り付いていたからだ。

 慌てて仁はウィンドウを下ろし、

「あ、はい、その、なんとか夕食時には間に合ったかと思いますが……?」

「うむ、2分と17秒前。ギリギリだったが、暁成様への御報告はしなくても済みそうだな」

「あ、では……あの、この方たちは?」

「私の私兵たちだ。いざとなれば動かそうと考えていたが、杞憂に終わったようだな。いや感心感心――おい」

 笑顔から真顔に戻り、三ツ石は近くの私兵SPに耳打ちする。

 それに私兵SPその1は頭を下げ、

「ハッ。では各自、持ち場に戻れ」

『ハッ!!』

 一気散開、そして十秒後には影も形も無くなっていた。見事に訓練された、洗練された動きだった。こんなのを60人も抱えているとは――仁は自らの長の底知れなさに改めて畏敬の念を禁じえなかった。

「うむ……では、お嬢様」

 そして何事も無かったかのように、三ツ石は神仔側の扉を流麗な仕草で引き、開く。

「ん」

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