三十二話「若さ幼さ美少女な男装の令嬢サイコー」
それに竜苑寺はふむ、と思案顔になる。アゴに手を当て。それに荒川は、やはり疑問符を浮かべるだけだった。なにを考えているのだろうかと。お嬢様も見つかった今、なにを考える必要があるのだろうかと。
竜苑寺は、顔をあげた。
「そうだな。ならば君には、一度高校に入ってもらうことにしよう」
寝耳に水どころか、バケツな気分だった。
「……あの、竜苑寺様?」
「そうさな。君を縛るのは、その"業務"に従事している身分、それに尽きる。故に一度その鎖から、戒めから解き放たれなければ青春などは到底――」
「……失礼ながら竜苑寺様、ご正気でしょうか?」
「ああ、正気だとも」
その清々しいまでの笑みに、荒川は――狂気を視た、気がした。やはり一代であれほどまでの大企業を設立した、怪物。一介の、未成年の一SPなどで計れるような器ではないようだった。というか急に、怖くなってきた。
この状況は、果たしてどうなのだろうかと。
「あの、竜苑寺様……」
「なんだね?」
「今日は、とてもよい天気ですね」
「君は話を変えるのが下手だね」
一蹴され、
「いえ、その……」
「そして君は、なんというかとても、その……」
「な、なんでしょうか?」
「ああ、あれだ。不器用だね」
あけすけに、侮辱された。
というかSPが不器用とか、非難というよりも自身の在り方を否定されたように感じられた。
これはもはや上司に――御門氏に報告レベルかと頭を悩ませていると、
「いやー、いい。私よりよほどいい。私よりよほど、青春を送るに相応しい素養を備えていると言えるな!」
「……馬鹿に、なさっていますか?」
「君は若い」
突然口調が変わり、それに荒川はついていけないという感想を抱いた。しかし年齢、立ち位置、社会的地位すべてに圧倒的に雲の上の存在。そういう立場や肩書などの上下関係に弱い荒川は、神妙に聞くことにした。
「は、はぁ……若い、でしょうか?」
「というか幼いといってもそう間違いでもないな」
「そ、それはさすがに……承服致しかねますが?」
「いやいや、正直神仔ちゃんといい勝負さ。そう思わないかい神仔ちゃん?」
「うん」
「…………」
自分のSPという立場を、そこで荒川は初めて呪いそうになった。反論したいが出来ない弱い立場だと、屈辱的にすら感じられた。他人との関わりでこんな風に思ったのは、初めてのことだった。
だから、表面上は平静を保った。ピシッと膝を揃えてそのうえに握りこぶしを乗せ、背筋も伸ばして口も真一文字に引き結び。
それに竜苑寺は、口元を緩める。
「――しかし、男装の麗人というモノも現実にはいるものだね」
確信突くその言葉に、荒川――仁は、顔をあげた。
親はきっと、誠実な人物に育って欲しかったのだろうと想像していた。なにしろ中国の偉い人が考えた最大の徳が通常使われない形で丸々名前になっているのだ。だから自分はせめてそのように生きようと考えていた。それがせめてもの、3歳で別れて以来会っていない親に対する誠意だと仁は考えていた。
気づけば仁は、施設にいた。自分が女だという性別だと知ったのは、もう少し経ってからだった。
だからどうこうということも、なかった。
その性別が邪魔になるならと、スカートも履かず女性らしい言葉も吐いたことはなかった。そしてとある日三ツ石に見初められ、SPとしての教育を経て、屋敷での業務を終え、この別邸での配属が決まった。
あとは特に無く。
ただ、今まで過ごしてきた。
「……麗人というのは、語弊があるのでは?」
「失礼、美少女だったね」
確かに見た。
ビシッ、という強烈な音を立てて、世界に亀裂が入るのを。
瞬きを、数回。
「……竜苑寺様?」
「なにかね?」
その悠然とした態度が、今は少しだが癪に障った。
当人は気づくことはなかったが、それは本当にかなり久しぶりなことだった。
仁は少し息を整え、
「――少し、というかかなりでしょうか? 見解の相違というか、誤解のようなものが見受けられる気がしているのですが?」
「そうかね? それは興味深い、具体的にはなにを指すのかな?」
なにが愉しくて、笑っているのか?
理解不能も、いいところだった。
胸が少し、ざわつく。
「……竜苑寺様がなにを期待しておいでかは存じ上げませんが、自分はどこまで行っても、いちSPに過ぎず、そして美少女? などと壮言に奉られましても……」
「いや君は美しい、そして間違いなく若い」
「…………」
日本語が通じないのか、この御仁は。
ややだが、イライラしてきた。
「――あの、」
「おねーさん」




