三十一話「ふかふかリムジンで話そう♪」
その場所は、空間は、もし荒川が普通の人生を送っていたのなら、通うかもしれなかった施設だった。耳を澄ませると、何人かの笑い声や話し声が聞こえた。
それに荒川は、特に感想を抱かなかった。抱けなかった。無いモノは、絞りだせない。
そこになにを、見い出せというのか?
荒川は同類であるはずの竜苑寺の考えが、理解出来なかった。
「…………」
アテは、ない。
具体的ななにかを、荒川は一切聞いていない。携帯電話を開く。残り時間は、約20分。電車で戻る時間を考えれば、猶予は残り4,5分。手詰まりだった。先ほど調べたばかりの将棋用語でいえば――
「詰み、か……」
「いや、必至だね」
いきなり声をかけられ、不覚にも後ろを取られたと唇を噛んでいた。
まず、疑問が口をついていた。
「なぜ、そこに?」
「君ならここに、来れると思ってね」
「それは、どうして?」
「君には、資格がある。私と共に、青春という人生の桃源郷を探す旅に出ていく、資格がね」
「……答えに、なっていない気が」
「君が通う筈だった、学校だね」
心でも読めるのかと、ありもしない空想が脳裏を駆けた。
「――知って、おいででしたか?」
「というかまぁ、君ならここに来るしかあるまいて」
「…………」
それに荒川は、なにも答えられなかった。図星過ぎて、そして己の無力が歯がゆくもあって。
「いや、それほど恥じることでもない。というより、体感してみて、実際どうだったかい? 青春の、一端は?」
青春。
未熟で、それゆえ未知で、必死で、みっともなくて。
それを――
「楽しめるか、と?」
「いやいや楽しくはないだろうさ」
どうも会話が、噛み合っていない気がする。
相手がなにをどうしたいのかが、まったくわからない。荒川は細く息を吐き、振り返る。
そこには竜苑寺が、以前見たそのままの姿でひとり優雅な笑みと佇まいで、こちらを見つめていた。
湧き上がる疑問。
「あの……お嬢様は?」
「私は君と二人きりで、話がしたくてね」
どくん、どくん、と心臓が早まりだしたのを荒川は感じていた。そうくるとは、考えていなかった。こちらが詰みだと言ったのは聞こえていた筈だった。必死、という意味はわからなかったが、しかし角道などと言いだした本人だからこちらの意図は間違いなく伝わっているはずだ。
もう猶予は、1分もないだろう。
回り道をしている余裕をは、既にない。
「――あの、竜苑寺様」
「道々、という形かね?」
パチン、と指を鳴らすと、そこにリムジンが現れる。そのドアを開け、竜苑寺は荒川に入るように促す。荒川は無数に浮かぶ疑問を押しとどめ、一礼して中に入った。
「やっほ」
そこに座るお嬢様は、こちらに向けて片手をあげた。平然としておられた。というかポテチ片手に、漫画雑誌など鑑賞されておられて、視線をこちらには送っていただけず大変リラックスされているご様子だった。
「…………」
そこに多少の不条理は感じつつも、荒川は憮然というか平然というかそういう結局はいつもどおりな感じに、向かいの席に座った。ふかふかだった。やはり金持ちが座る椅子は違うなと深層心理でひがんだりもした。表面にはもちろん欠片も現れないが。
リムジンというものには初めて乗ったが、その構造には驚かされていた。ふたつの席は向かい合せになっているし、ソファーだし、間は2,3メートルぐらい離れているし、傍には小型の冷蔵庫まであるしで、致せり尽くせりもいいところだった。
そして竜苑寺も乗り込んできた。なぜか荒川の隣に。そしてドアが誰かの手により閉められ、そしてリムジンは発車された。
ほとんど音もしなければ、振動もない。窓の外の世界が動いているのを見ていなければ、現在移動中だなんて思えないくらいだった。
体感で、5分ぐらい経った。それは無意識下でカウントしている故、かなり正確なものだった。
「――して、なにから話そうかね?」
口火を切ったのは、竜苑寺からだった。
それに荒川は、僅かな動揺を見せる。
「はぁ……なにか、お話ししたいことでも?」
ぴくん、と竜苑寺は反応した。
しかしそれでもなお、荒川の疑問符は取れない。事実、予測がつかなかった。こんな、ろくに行動の先を読むことも出来ずご足労をかけた自分に、なんの用があるのだろうかと。
その反応に竜苑寺は一瞬目を丸くして、そのあとくっ、くくく……と肩を震わせ出し、
「そうか……なるほど、私は未だに君の、興味の対象には至れていないということだね?」
「いえ、あの……そういう訳では決してありませんが、しかし今は業務中でして、自分としてはそちらを優先――」
「業務、か」




