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三十話「SPその1そりゃないわw」

「…………」

 竜苑寺は最後に、言っていた。

 まずは、角道を開ける一手だと。

「――――」

 ならば、と荒川は部屋に戻り、将棋の知識について調べてみることにした。


 燕はいつも通りの業務を遂行した。それにSPたち三人も追随する。そして三ツ石もまた、それに倣っていた。

 ディナータイムまで、残り2時間半。

 果たしてお嬢様は、戻ってくるのか?

皆が皆、不穏な空気の中過ごしていた。

 そしてそれが残り一時間となった時、動きがあった。

 荒川が、外出許可を願い出たのだ。

「……ふむ、どれくらいかね?」

「小、一時間ほどを」

「理由は、なにかね?」

「――お嬢様を、」

「連れて、帰ると?」

 執事室で、二人は話していた。三ツ石は書棚の整理をしながら、荒川は直立不動で立ち、決してこちらを振り返ろうとしないその背中に向けて。

 部屋は電気も点けられず、カーテンも閉め切られ、暗い中での会話だった。効率主義の三ツ石は、不必要な電気を消しておく癖がついていた。そのやり方は、荒川にとって好ましいものだった。

「――自分になら、可能性があるかと」

「間違いないか?」

「残念ながら、確約はできませんが……」

「そうか。では任せるとしよう」

 最後の一冊を書棚に収め、そしてマホガニーの机のうえに向かい、引き出しから一冊の冊子を取りだし胸元から万年筆を取りだしサラサラ、と一筆したためそれを背後の人物に、差し出す。

「ありがとうございます」

「タイムリミット、ゆめゆめ忘れるでないぞ。期待している、SPその1よ」

「……あの、その序列は?」

「年齢順だ」

「かしこまりて、ございます」

 そして荒川はこの屋敷に仕えて8年振りに、外に出ることとなった。

 ガシャン、と巨大な門を閉じて外に出ると、不意に妙な心細さを感じた。

「…………」

 8年。

 現在16だから、8歳の時からだ。世間では小学校に入学してから少しの年齢から、ずっと。その間勉強したり、恋愛したり、社会勉強したり、ということをすべて放棄して、SP業務に邁進してきた。

 そのことが今までは心強かった。

 そのことが今は、とても心細かった。

 取り逃した物が、気にも留めなかった物がとても重く、尊かったかのように。

「――――」

 不意に、青春という言葉がなぜか脳裏によぎった。

 これも狙いだというのなら、それはとても厄介だと心の奥底で思ったりもした。


 まず、ひとつひとつ竜苑寺の言葉を思い出すことにしてみた。荒川の日常はそれこそ微かな変化を楽しむ余地こそあるが、脳裏に残るほどの大きな変化はほぼ皆無に近かかった。だからその作業は、それほど難しいものではなかった。

 告げたのは、自分の人生の在り方。

 そして、青春に対する捉え方。

 最後に。

 ――きみは私のパートナーとなる素質、十二分のようだ。ぜひともこれから、私の『夢物語』探しの旅に付き合ってはくれまいか?

 ――今すべきは王を動かすより、まずは角道を開ける歩の一手だ。

「旅……に、角道……か」

 あれから荒川は、角道について調べてみた。それは将棋において初手として有用な手であり、角の先にある歩を動かし、大駒を使いやすくする目的がある。

 どうやら竜苑寺は、自分を旅に同行させようとする赴きがある。

 そして、角道――この場合、おそらくは角に当たる自分でなく、それを動かすための先にある重要な、歩を。

 それが、お嬢様に? 当たるとでも?

 だとするなら、それは半分正解で半分間違いといえた。

 彼女は自分にとっての、アキレス腱だ。それは大事だとかそういう処遇を越え、守らなければならないものだ。なにかがあっては、それはもはやなにがどうこうというものを越えてもう終わる。いまの地位も、生活も、なにもかも失くしてしまう。

 それは自らのアイデンティティーの喪失をも、意味していた。

 それは怖い怖くないを越えて、想像が出来ない未知だった。

 未知、か。

「あなたが望んでいた、これがそうなのですか?」

 地下鉄の切符の行列に並びながら、荒川は呟いた。いつもの癖で探索終了時間を予測しようと考えたりしてみたが、しかしそんなこと当然無理もいいところだった。


 150円を入れて、切符を買う。行く先に、アテなんてあるわけもない。でもとりあえず、ふたつ先の駅を目指してみた。

 そうして30分程を、無為に過ごした。なんというか、皇居や東京タワーなんて行ってみたりして。

 そしてそのあとは、最寄りの高校を訪ねていた。

「…………」

 巨大な、白い――見方によっては刑務所にも見えるその校舎を、荒川は見上げていた。

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