二話「社長じゃないけどオジさんでもないんだけどな」
体力的にはまだ余裕があるというのがひとつで、さすがに歓楽街的な立地では眠る場所に困るというのがひとつで、さらには好奇心や心が赴くままに行こうという気分だと言うのがひとつだったりした。
しばらくして、再度時計を見た。
さらに3時間が経過していた。
「ふぅ」
さすがに多少の疲れを感じ、今度は目の端でベンチを探しながら進み、約20分後道沿いに発見し、ようやくそこに腰を下ろした。
ひと息ついて、考えごとを再開する。さて、いま自分は果たしてどの辺まで来ているのだろうか? ずいぶん灯りも少なくなってきているが、この辺りは住宅街かなにかなのだろうか? ならば公園とかもあるか? 夜通し歩き続けるとか思ったが、さすがに徹夜は効率が悪い。頭も働かなくなるし、その疲労はなかなか抜けないだろう。なにしろ30前だ。いつまでも若いつもりというわけにもいかない。いつ頃まで歩き続けるかも決めなければならないだろうし、さて計画を立てるのは得意分野だ。現在の欲求と、体力と、今までの回復ぶりを鑑みて、だいたい、4時間、ほど、の――
「もしもし? もしもし?」
「――なにかね? もう、仕事の時間かね?」
秘書が、自分を仮眠から起こしにきたようだった。手早く起きることにする。寝起きの良さには昔から自信があった。受験のときなど2時間しか寝ていなくても、決してそうは見せずに完璧な答案を作ったものだった。弱みというものは、そう容易く他人に見せてはならない。父からの第一の教えだった。
いつものようにそう応え、顔を上げた。
目の前に、見覚えのない女の子が立っていた。
「…………」
誰だ? の一言も出てこない。ふぅむ、不測の事態だ。というか妙に尻に当たる感触が硬いし、そもそも横になっておらず座った体勢だった。というよりそこはベンチの上だった。
そしてダムが決壊したように、すべて思い出した。
「……誰だね?」
「オジさんこそ、そこでなにやってるの?」
不躾だった。というかよく見ると、それは子供だった。いや子供といってもスゴイ子供というより、こちら側から見て子供というか、推定年齢13~15,6歳というところか? 女性の年齢というやつは世界7大不思議のひとつに列挙されてもいい代物だと竜苑寺は思っていた。
髪は短く、服装は股関節ギリギリまでの短いホットパンツに、緩いパーカーだった。実に子供らしい格好だ。だがその娘は背もスタイルもなかなかのもので、若干というか蟲惑的なものを感じないでもなかった。まぁそんな気がしないでも、というレベルだったが。
ていうか、そうかぁ俺、オジさんって呼ばれる歳かぁ……すっごい、イヤだなぁと竜苑寺は遠い目になった。まだろくに恋とかもしてないのになぁ、とか猛烈な勢いで竜苑寺は凹んだ。凹んだのなんて十代の前半以来だった。ある種、やっぱり新鮮だった。
でもこれだけは、一応伝えておきたかった。
「えーと……一応オジさん、20代なんだけどね?」
自分でオジさん言っちゃって、いきなり70のダメージを負ってしまっていた。あー歳取るのってイヤだなぁ。
少女はじっ、とこちらを見つめて、そしてリアクションが無かった。まぁこのぐらいの女の子の思考回路はワームホールを通じて宇宙空間というか異空間に繋がっており、まず間違いなく成人した男性に理解できるわけもなく、だから結果としては絡んでくるまで放置に限るなと竜苑寺は結論づけた。これ以上ないくらい他人だし。
「――さて」
時計を見る、朝の7時だった。なるほど、学生の登校時間だったか。ということは昨晩はあのまま、ベンチで一夜を明かしてしまったということのようだった。周囲を見ると、滑り台もあり砂場もあるそこは公園だった。朝も早くからおじいさんたちがゲートボールに精を出していた、元気な事だ。そうなると就寝時間は12時前後というところか。意外にも昨晩は深夜行で疲れは深刻だったようだ。そういえばずいぶん長い間本格的な運動はしていなかった。その辺りもこれから鍛え直していかなければならないだろうと結論。
腹が、ぐるると唸った。これだけ本格的な空腹も部活動後以来だった。ならば今日は食料の調達から始めるとしよう。
そうと決めたなら、のんびりベンチで座っているわけにもいかない。サッ、と立ち上がり、そしてまずはバキバキ音を立てながらストレッチを始めた。おお、本当に冗談みたいに関節が音を立てた。やはりベンチで、しかも横にならずに眠るのは全然まったく疲れが取れていなかった。次の寝床はもう少し寝心地が良い場所にしたいものだと思った。




