二十七話「若さは拙く、頼りなく、そして眩しく羨ましい」
なぜかその煮え切らない返答に、竜苑寺は気炎をあげていた。
そして瞳を真っ直ぐに――射抜き、
「きみは私のパートナーとなる素質、十二分のようだ。ぜひともこれから、私の『夢物語』探しの旅に付き合ってはくれまいか?」
どう。
どう答えるべきかが、今までの経験をどう踏まえても出てこなかった。というか答えが必要なのか? いや本気で言っているのか? 意味があるのか? 仕事なのか? いやこれは――
なぜか目の前に、四指が開かれた右手が差し出されていた。
意味は、わかる。
「握手を、させてもらってもよいかな?」
だから、答えていた。
「なぜ、自分なのですか?」
「なぜ、君だと疑問が?」
「自分でないとイケない理由が、ひとつも思いつかないからです」
「君は実直だね」
竜苑寺は笑い、右手を引いてナプキンで口元を拭いてからおもむろに立ち上がり、
「まず、ひとつひとつ行こうか。なに、チェスは得意だ。個人的には将棋の方が好みだがね。羽生先生には一度お会いしたいものだよ。いやコネを使ってならば可能だろうが、それならば心を開いての対談など不可能だろうしな。と、話が逸れたね。とりあえず今言いたいのは――」
なぜか竜苑寺はそのまま荒川の隣をすり抜け、
「今すべきは王を動かすより、まずは角道を開ける歩の一手だ」
振り返りもせず、そのまま食堂を出ていった。
*
神仔は、外を見ていた。窓からずっと、頬杖をついて。髪を撫でつける風が、気持ち良かった。湿度は70%前後。もうすぐ雨が、降るかもしれない。
「…………」
神仔は幼少の頃より、こんな風にして日々を過ごすことが多かった。それは本人が望んでのことではなかった。齢12でしかない自分だったが、そこに自由というものは希薄だった。
両親と暮らした思い出は、物ごころついた頃から7,8歳まで。
それからはずっと、この別邸で過ごしてきた。理由はわからない。両親はおろか、執事もメイドもSPも誰も、教えてはくれなかった。
寂しくなかったといえば、嘘になる。
それでもなお神仔は、自身を守るため、子供になるしかなかった。
それも神の仔のような、完璧な子供に。
「……神仔お嬢様」
不意にドアが、遠慮がちに開かれる。ノックの音は聞こえてていた。ただ、返事をしなかっただけ。だって、返事をしようがしまいが、そこに意味も何もないのだから。だからこそ、返事をするという無駄なカロリー消費を選択しないという選択肢を神仔は選択していた。
振り返りもしない。
その肩に、手が掛けられた。
「…………?」
疑問符が浮かぶ。今までにない展開。それに思わず、振り返っていた。
今の声は、確かに三ツ石だったはず。
しかしそこに立っていたのは、なぜかニコやかに笑うおにーさんだった。
「おにー……さん?」
「神仔お嬢様。ご機嫌、うるわしゅう」
驚いた。その三十路前の口からは、初老、還暦を思わせるしわがれた声が紡ぎだされていたのだ。どういうことなのかわからず、正直混乱する。
「おに、い……じい?」
「残念、私だよ」
いきなり声が、おにーさんのものに戻る。
ピンときた。
「……声マネ?」
「カッコよく言えば声帯模写っていうんだけどね」
正直、結構本気で感心した。すごいなと。なんでも出来るなと。まるでテレビのヒーローみたいだなと。
「……仮面ライダー?」
「今はオーズだったかな?」
「ウィザードだよ」
「あぁ、魔法使いだったか」
「よく知ってるねー?」
「ある程度世のことは頭に入れておかなくてはね」
無駄な会話だった。
そして神仔は片手をあげて、
「おにーさん、よっス」
「うむ、元気のよい挨拶だね」
「ありがとうおにーさん」
「いやいや」
「それで……なんか用?」
神仔は尋ねた。なにしろ現在、神仔は自室にひとりでいたのだから。
今はちょうど家庭教師の、休憩時間。あと五分もすれば、次の理科の教師がやってくる。
そんな隙間時間に、なぜ?
だいたい、お仕事の方は――
「いやなに、ちょっとね……」
と呟きながら、おもむろに掴んだ肩を、引き上げた。
「ふぇ?」
突然のそれに、神仔は目を丸くする。おにーさんの意図が、まったくわからなかった。今までもわからないことはたくさんあったが、それにしてもだった。
竜苑寺はそのまま神子を肩に乗せ――
「神仔ちゃんを、誘拐させてもらおうかと思ってね」
ウインクなんて、初めて見た。




