二十六話「クールジャパンにユートピア、泳ぐべき川は無数に」
そうだろうか? と荒川は思った。甘美というより、むしろ痛々しい響きのような気がした。青い春など、ミスマッチな言葉もいいところだと。
竜苑寺はしばらくトリップしたようにトロンとさせた瞳を宙にさまよわせた後ハッ、と気づいたように咳払いひとつして、
「――ゴホン。で、だ。その青春というものについて、きみのような若者と忌憚なき意見を交わしたい、と。私はそう、考えているわけなのだよ」
「……自分は、もう16ですが?」
「まだまだこれからじゃアないかっ!」
いきなりバシンっ、背中を叩かれた。それにスプーンで掬っていたジャガイモが、鼻に衝突する。うわ、とナプキンで拭いていると竜苑寺は、
「あぁ、すまないつい……だがきみ、まだ16だぞ? これから、なンっでも出来る! むしろまだなンっにも始まっていないわけなのに、きみは一体なにを言っているんだ? ハッハッハッ!」
豪快に笑う竜苑寺を見て、荒川は自分との人間性の違いをハッキリと見せつけられた心地だった。
というか、眩しく思えた。ただ毎日、小さくまとまり生きていくしかない自分と比べて。旅に出ると悩みがちっぽけに感じるというアレに近いだろうか?
荒川は真剣に、考えてみた。今まで自分とまったく縁がなかった、その単語について。
「……青春」
「そう、青春だ。……うむ、この肉じゃがは美食に疲れた胃に染み渡り、そしてこの玄米茶は都会の喧騒に疲れた心に沁み込んでいく……いや、至福也」
竜苑寺の独り事をBGMに、荒川は答えてみた。
「青春……とりあえず、自分の人生には縁がなかったものですね」
「私もだよ!」
突然湯呑み片手にまったりしていた竜苑寺は立ち上がり、荒川の手を掴んだ。それに荒川は驚き、しかしさすがに立て続けで慣れてきていたので狼狽することは無く、
「は、はぁ……?」
「私も生まれて29年、青春というものにほとほと縁がなく生きてきたのだよ。しかし考えてみて欲しい? ひとが楽しかった時代として振り返るのは、いつか? を。総じてすべて、学生時代なのだ。そして創作物の舞台のほとんどは、学園。これがすべて裏付け――」
「海外ドラマやハリウッド映画などは、特殊部隊や大金持ちのセレブ――」
「クールジャパンを知らんのかね君はっ!」
叱責するような口調になったことに気づいたのか竜苑寺は慌てて、
「と、失礼。だがいま世界は、空前の漫画ブームだ! ワンピースを見てみろ、累計出荷数3億だとか各巻毎の刷り数が300万超だとかそれこそ桁外れで、NARUTOなんかはフランスを中心にドラゴンボール並みの知名度を――」
「あの、なんの話ですか?」
「失礼、少し熱くなったようだな。謝ろう」
竜苑寺は額を押さえて若干頭を振ったあと、
「それで、だ。それほど皆がのちに振り返り回帰を望むほどの理想郷、逃したままの人生など梅干しのないおにぎりも同然だと思わんかね?」
「…………」
荒川は、考えてみた。竜苑寺の問いかけを。必死に、自分なりに。
だがどうしても、なにも浮かばなかった。
荒川は、自分の人生になんの疑問をすら持ってはいなかったのだから。
「理想郷……」
「そうだ! それを逃したままで、きみの人生は果たしていいのかね!?」
「その理想郷は、自分を受け入れてはくれるのでしょうか?」
思わずだった。
意識しての言葉では、なかった。ただなんということはなく、口を突いて出た言葉だった。
言って、自身がハッとしたというのが実際だった。
竜苑寺はなぜか、ニヤリと笑っていた。
「……理想郷とは、なんだと思うね?」
さすがに質問というかクイズ形式の応答が多いように感じたが、職業柄なんだろうと荒川はさほど疑問も不満も抱かず。
「返答しかねます。自分には、それに関しての知識が――」
「何度もいうようだが、」
唐突に荒川の返答を遮り、
「私はあくまで、きみ自身の意見を聞いているわけだが?」
その表情は、底が読めない――荒川がイメージしていた竜苑寺グループの会長、そのものだった。
「自分は、」
思わず、荒川は答えていた。それは恐怖とも、焦りとも、本音とも、なんともつかないソレに突き動かされたようなものだった。
「そんな夢物語が、信じられる性質の人間では、ありませんので」
「その意気やよし」




