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二十四話「人生の先輩職場の後輩、フフ」

 それによっては、自分の出番もあるのではないか?

 そういう、水面下には出てきていない期待まではいかない想いを実は仄かに抱いたりしていたのだ。

 しかし結果は、これだ。落胆まではいかないが、それに準ずるような感情を抱いたり抱かなかったり。

「…………」

 そういう時荒川は、いまの自分の在り方を考えるようにしていた。自分探しほど飽きず尽きないテーマは無い。絶えず変化し、掴みきれない存在。哲学とは暇つぶしに最適とは暁成の言だった。

 そして都合七つめの角を曲がり、18個目の部屋の扉を開けた。


 その開け放たれた窓に腰掛け、静かに煙草を吸う人影を見つけた。


 それは今しがた、諦めていた異常だった。

「…………あの、」

「ああ」

 人影は軽く返事ともつかない反応を見せ、しかし視線は外に向けられたままだった。悪びれる様子も無い。その在り方は、にわかには荒川には理解し難いものだった。

 そこに座っていたのは執事服を着込み、しかしネクタイと襟は緩めた竜苑寺賢城そのひとだった。

「――竜苑寺様。あの、業務の方は……?」

「あぁ、済ませてきた」

「確かお話によると、屋敷の清掃方法の教授を……」

「あぁ、というか既に知ってたからな。うんうん頷いて、それで指示された場所は20分くらいでな」

 早い、という感想と共に本当に? という疑問が同時に噴出した。が、口には出さなかった。自分はあくまでSPだ、という水面下の意識がそうさせていた。

 そして必然、十数秒間の沈黙が訪れた。次の行動を決めかね、かといって去ることも判断が難しい故の結果。

 風が部屋を通り抜け廊下まで達するのを、感じていた。

「きみ、名前は?」

 気づけば新入りの執事見習いに、名を聞かれていた。

 それに荒川は生来持つ生真面目さで、答えていた。

「荒川仁といいます」

「年齢は?」

「16になります」

「っほう、思ったよりも若いな。恋人はいるのか?」

 なんの質問だ? と意識の水面下で思ったりもした。

 もちろん機械的に答えたが。

「いません」

「いないのか。何年いない?」

「今まで、いたことはありません」

「そうか」

 不意に竜苑寺は、窓から床に降りていた。そしてスタスタと目の前まで迫り、

「……なんでしょう?」

「なかなか精悍な面構えをしているな。今まで仕事は、SPだけか?」

「そうですが?」

「ほう、見上げたもんだ」

 ポケットに手を突っ込み、こちらを見下ろすというか覗き込むようなその体勢が無礼だとかなんとかを越えて、新鮮だった。こんな態度、そして高身長、他には暁成様しか荒川は遭遇したことが無かったから。

「見上げたもの……でしょうか?」

「うむ。なにかきみ、欲しいモノとか、そういうのは無いのか?」

「ハ?」

 質問の意図が見えず、思わず荒川は変な声をあげてしまった。しかし竜苑寺は極めて真面目な様子だ。それに荒川は改めて考え、

「と……くには、思い当たりません。今の自分の環境、生活に、満足しています」

「本当にか?」

「いや本当ですが?」

 さすがに意味がわからず、不審な感情が湧き始めていた。

 しかし竜苑寺は顔をあげ「そうかそうか」とひとり何かを納得したように自身の顎を撫でて、

「ふむ……ツルツルの肌はやはり気持ちがいい、と。荒川くん。きみに少し、聞きたいことがあるのだがね?」

「しかし自分は、現在職務遂行中でして……」

 答えて、時間が気になりだした。もうこの場所に目算で、2分強は留まっているだろう。なれば所要時間にもズレが生じてしまう。確かに不測の事態ではあるが、それほど問題があるわけでも――

 と思ったのも、つかの間。

「そうか、それは引きとめて悪かったね。ならばあとで話をしよう。では」

 と片手を上げ、竜苑寺はそれこそ風のように荒川の脇をすり抜け、あっという間に姿を消してしまった。それに荒川は呆気にとられるが、数秒もしないうちに気を取り直して同じように業務に戻っていった。考えてみれば遅れというほどの遅れも出てはいなかった。

 ただ、なんだったのだろう? という程度の疑問はさすがに生じてはいたが。


 そして食堂に入ると同時に、本当に竜苑寺は現れた。

「やあ、荒川くん。さっきはどうも」

 ちょうど入口から対面に当たる位置の、壁際の席で竜苑寺が手を上げていたのだ。

「はぁ……どうも」

 それに荒川もどうリアクションしてよいかわからず、なんとなく頭を下げた。空気を察し、隣にいた同僚の昴も「じゃあ、またあとで」なんて言ってさりげなく距離を取って遠くの席に座った。そして荒川は否応なく、竜苑寺が座る長椅子に向かって歩いていく羽目になる。


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