二十三話「或る所には有るべき者が」
親バカっぷり全開に、頭を撫で撫でなで回す。それを無表情で受け入れる娘。ほほえましくなってもいいはずの場面が、竜苑寺にはとても歪に見えた。無言で佇む周りにいる十数人の大人たち含めて。
まるでお気に入りのお人形でも、愛でているかのように。
ああ、これが金持ちの歪さって奴なんだなと考えたら、すごく複雑な気持ちになった。
「さって、帰るか」
「お見送りします」
そしてあっさり。
登場から2分やそこらで暁成は去っていった。お見送りに、すべての使用人たちが続いていく。あとに残ったのはお嬢様と、自分だけ。
ふと竜苑寺は、声をかけた。
「だいじょうぶかい、神仔ちゃん?」
「なにが?」
無邪気な質問返しが、もっともだと思える抽象的質問ではあったが――実際その意図を、この子は理解しているんじゃないかと竜苑寺は思ったりした。
屋敷に戻り、お嬢様はそのままお勉強タイムに突入した。その間竜苑寺は燕についてもらい、部屋の掃除方法などを習う手筈となる。それだけ伝え、三ツ石は執事室に籠もり、事務作業に入った。
各人それぞれが、割り当てられた業務を開始した。
そしてSPたちも、その半数以上は暁成が勤める本邸の方に戻り、残るは4人となっていた。二交代制に移行し、二人は各々の部屋に戻り待機状態となった。そして残った二人がそれぞれ担当する区域の見回り、ということとなる。
「じゃあ、手筈通り」
「ああ、ではまた7時間後に」
直立不動でサングラス越しに業務連絡をかわし、そのSPのひとり――荒川仁16歳は相方の谷尾昴21歳と示し合わせたかのように同時に背を向け、その場を離れた。
この、荒川。
幼少の頃に三ツ石にその才を見い出され、3歳よりSPとなるための英才教育を受けてきた。よって無駄口、無駄な行動が苦手で、そのせいで他のSPとの間にも決定的と言って差し支えないほどの溝が出来ていたりした。休憩時間であっても話が合わず、自然さりげなく避けられたりしていた。しかし本人としてはその自覚なく、それこそ機械のように業務を遂行することこそすべてと言わんばかりな生き方を全うしてきた。
そうして生きること、13年間。
まったく人と交わることなく、ここまで来てしまっていた。
「…………」
そんなことを疑問に思うこともなく、今日も荒川は業務を遂行する。その内容は素晴らしく単純なもので、ただ歩くだけというものだった。普段と比べて異常がないか、ひたすらに目で見て確認するだけというものだったりした。
リアルな自宅警備とも言えるその業務内容だったが、実は他のSPは実際に歩かず監視カメラをチェックしたりと、微妙にサボる手段を講じたりしていた。実際こんな都内ともいえないようなド田舎で、なにか事件が起こるようなことも皆無だったし。
だが。コミュニケーション能力が皆無な荒川は、果たしてそんなこと思いもつかずただひたすらに馬鹿正直ともいえるほどにその業務に没頭していた。
衣食住こそ保障されていたが給与は雀の涙なこの仕事は、しかし業務が高じて趣味まで散歩となった荒川にはむしろ天職とさえ言えた。
今日も今日とてなんの不満も疑問も無く、屋敷の半分を決められた順序で歩き回っていく。所要時間は、きっかり47分と30秒前後だった。誤魔化すことも手を抜くことも考えつくことすらなく、じっと異常がないかを荒川は探し続けていた。
この屋敷に勤めて、早8年。
今までも多くのSPが現れたりしたが、実際にこの屋敷の専属となっているのはこの四人だけだった。他のメンツは要望に応じて招集され、普段は暁成が暮らす本邸の方に詰めていた。実際、平和なモノだった。この平和な日本の、さらに滅多に事件など起こることも無い絹金市において、そもSPなどという存在が必要とされるいわれなどなかった。だからこそ所要時間も概出されるし、モチベーションも削がれるというものだった。
だが荒川は、そこに楽しみを見出していた。同じように見えても、よく見れば気づく昨日と違う今日。まさしくじじむさい荒川という人物像そのものを表している嗜好といえた。
そして今日も、見回りは何の問題もなく進んでいた。実は内心の内心、潜在意識に近い無意識下のところで、ではあるが、今日の荒川は微かな期待のようなものを抱いていたりしていた。
今日はいつもはいない、竜苑寺賢城という異分子が屋敷内に存在している。
それが、どう動くか?




