二十二話「いつでも人生唐突に」
なんともエスプリの利いた会話だった。やはり自分は燕さんとの感性が一番合うと感じながら、前の座席からなんとも気難しそうな顔をした老執事が姿を現していた。ずいぶん年配の先輩に運転などというご足労をさせてしまったというわけで、
「先輩、どうも御苦労さまです」
三ツ石は既に怒りを通り越して更に老けこんだような顔で眉間を押さえ、
「……誰が先輩だね。なにはともあれ、御苦労」
息を吐いてから身なりを整え、
「ではこれより、お嬢様は学習時間に入る。竜苑寺様にはその間――」
「うっす、お久しゅう皆の者!」
三ツ石の言葉を遮ったその挨拶に、その場にいた全員が硬直、直立した。そのまま不動、瞬きすらせずその声の主が訪れるのをただ待つ。
ただ一人、魂が抜けたかのようなお嬢様だけを除いて。
「ガッハッハッハ! 懐かしいなこの地に訪れるのも。いや都会の喧騒から離れて実に清々しいこの空気、まったくよいものよ!」
見間違う筈も無い。
その、竜苑寺をも上回る超長身。それをも上回る恰幅。逆立てられた赤っぽい髪。ワイルドな、そしてなぜか茶色い髭。
結橋財閥が総帥、結橋暁成の顕現だった。
暁成は軍服にゴツイブーツという出で立ちでゴツゴツ音を鳴らしながらこちらに向かってきて、一番手前にいたSPのひとりの肩に手をやり、
「よおう! 久しいな昴よ元気にしておったか?」
「あ、は、はいっ! この昴、暁成様のご期待に添えますよう、神仔お嬢様の警護を精いっぱい――!」
「うむ、苦しゅうない。良きに努めよ」
バシバシと荒々しくもしくは雑に肩を叩き、次のSPへ。そして同じような会話をその場にいる全員とかわし、続いて三ツ石へ。
三ツ石は直立不動で胸を張っていたSPたちとは対象的に、きっかり九十度頭を下げ続けていた。
「楽にせよ、三ツ石」
「ハッ」
許しをもらい、三ツ石は頭を上げた。そして真っすぐに向き合うが、その顔には今まで竜苑寺には見せたことがない緊張の色が見て取れた。
暁成が、笑う。豪快に。
「ガッハッハッハッハッ……変わりないか、三ツ石よ?」
「ハッ。万事問題なく過ごさせていただいております」
「硬いな、相変わらずだ」
「恐縮でございます」
「うむ、これからも精進せよ」
「ハッ」
そして次に、燕に向かう。燕はこんな空気の中でも普段とまったく変わらず、伏し目がちにしっとりと佇んでいた。
暁成も今回はさすがに接触はなく、
「久しいな燕よ、相変わらずだ」
「お褒めの言葉、ありがたく思います」
「フッハハハハ。そういう返しはお前だけだ、楽しいのう」
「いえいえそんな、お褒めの言葉が過ぎますわ」
「それはよいとして、ところでだ」
「はい」
「この男は、誰かな?」
遂に竜苑寺に、お鉢が回ってきた。
竜苑寺は暁成が現れてから、その場を一歩も動くことはしなかった。動かず笑顔を崩さず、両手は両足に添えてしかし直立不動とまでいかない程度に立っていた。佇んでいたと言った方が近いかもしれない。存在感を消していたといっても間違いではないかもしれない。
竜苑寺は元々笑っていた顔をさらにハンパない無害感を醸し出す形に緩め、
「はい。わたくし、本日付けで神仔お嬢様専属の執事となりました、賢城、と申すものでございます」
「竜苑寺グループの会長が、神仔の執事か?」
もうモロバレも慣れたもので、動揺も無く返事をすることが出来た。一応苗字は伏せておいたんだがな。
「まぁ諸々の事情がございまして、致し方なく」
「致し方なくで仕事をされるのは困るな」
「御心配なく、仕事とプライベートを分けるくらいの甲斐性は持ち合わせておりますので」
しばし互いにそんな感じの笑顔で、対峙した。竜苑寺の方からは僅かにも対抗するようなムードは醸し出すことなく、暁成からはなんの気配も垂らし流されることなく。さながら将棋の名人戦の序盤のようななんともいえない空気はおよそ2,7秒(推測)続いた。
先に声を発したのは、神仔お嬢様だった。
「ねーおとーさん」
一瞬だけおにーさんと呼ばれた気がした。
暁成はごく自然に横に立つ愛娘の方に向き直り、
「なんだい、かな?」
「おとーさん、お久しぶりです。お元気していらしたでしょうか?」
ビックリするほど丁寧に、頭を下げていた。引くほどの棒読みの敬語で挨拶して。それに竜苑寺は、やはり無言で無反応を貫く。
そんな応対を受けた暁成はしかし笑顔で、
「やー、かな、久しぶりだねー、お父さん元気だったよー。かなも元気だったかい?」
「はい、かなは元気でした」
「うーんー、かなはよく出来たイイ子だねー」




