二十一話「微妙な距離感、仲良くなりた~い」
食べ終わってiPhoneを弄っていた竜苑寺は、とつぜんの呼びかけに顔を上げた。神仔は視線を窓の外に向けたまま、
「青春って、なんだと思うー?」
そして、こっちを見る。
澄んでいる、淀みのない瞳。
「ていうか、青春ってなに?」
じっとこちらの瞳を覗き込み、問いかけてくる。その瞳は真っ直ぐで、その言葉は純真で、そこに他の意図を見出すことは難しいように感じられた。
「青春……」
そこで竜苑寺は、iPhoneをいじるのをやめた。ちなみにやっていたのは、電子書籍を読むことだった。読んでいたのは『出来る社長の79の習慣』。そのうち今のところ7割強は既に実践していたが、しかしアラサーが青春を送るためのいくつかという本だけはどこをどう探しても見つからなかった。
iPhoneを仕舞って、アゴに手を当て、考える。
そもそものこの旅の発端となった、その単語。
「青春……そうだね、それは、あれだ、未完成を楽しむAKBのようなものかな?」
「AKB48?」
「そうだね」
「歌って踊れる女の子になりたいの?」
「ま、そうなるよね」
軽く笑って、そして電子書籍に戻ろうかと思った。だが思うところと視線を感じて竜苑寺は今度は口元に手を当て、
「神仔ちゃんは、未完成……って意味、わかるかな?」
「完成してないってこと?」
「ま、そうだね。それと完成してるのって、どっちがイイと思う?」
「完成してること」
「普通はそうなんだけど、けど実際は未完成には未完成の良さがあったりするんだよ」
「そうなの?」
「まぁ、神仔ちゃんぐらいの女の子には難しいと思うけどね」
「じゃあおにーさんは、その未完成になりたいの?」
「いや、なりたいというか、その……未完成だと、余裕がないから、一生懸命になるよね?」
「うんうん」
子供らしい連続頷きだが、果たして本当に理解しているのだろうか?
という疑問と、もうひとつの疑惑を心に抱えながら。
「その一生懸命さこそが、その人間が一番輝いている瞬間だとお兄さんは思うんだよ。それに計画性の薄さからくるサプライズだとか。そういう予定調和を越えたものを手に入れたいというか……」
そこまで語って、竜苑寺は我に返った。ガチで話し過ぎたというか、俺はどこまで本気で話しているんだよと。そして神仔の顔を見てみた。
まったく感情が読めない、ある意味呆けている、別のいい方で無表情な顔をしていた。
それについて二、三、考えてみた。どうしたものかと。続けるべきか、止めるべきか。または煙に巻くべきかと。
しかしまぁ、と続けることを竜苑寺は選択した。理由はいくつかあるが、それはおいおいということで。
「神仔ちゃんは先がわかってる漫画とか、つまらないよね?」
「漫画読まない」
「だったらドラマとか映画でもいいけど」
「うん、つまんない」
「だよね? だから、つまんなくなったから、つまりそう――というか面白そうなものに挑戦しようと……まぁ、そういうわけだね。わかった?」
「わかった」
素晴らしく返事がよろしい子供だった。まぁ充分にわけがわからない会話だったのは間違いなかったが。
数秒沈黙が続いたので、会話は終わったものだと判断してiPhoneいじりを再開した。いくら会社を離れた身だといっても、株価の変動と日経東証指数は気になるところではあった。毎日チェックしていたものを突然止めろというのも酷な話だ。
「……おにーさんはさー」
呟かれるように問われたから、画面から視線は離さず答えた。というかとことん構ってほしたがりだな、この子は。
「なんだい?」
「毎日楽しい?」
「楽しくないと言ったらウソになるかな」
我ながら政治家的無難な対応だなと自嘲気味になる。
それに神仔はぽつりと、
「へー…………いいねぇ」
その呟きに意図するところを感じながらも、竜苑寺はiPhoneから目を離さず作業を続けた。あえて、そうすることを選択した。さりげない大人の気遣いだと、言い訳がましく思ったりして。
それから20分ほどかけて、車は屋敷に到着した。改めて正面扉からその全容を把握しようとしたが、やめた。まるでハリウッドの邸宅だった。空撮でもしなければその全貌を推し量ることは不可能だろう。
たくさんのゴツい黒ずくめのSPの中に、紅一点というよりも良心とさえいえる白い百合花のような存在である燕さんの姿を見とめる。向こうもこちらに気づいたのか丁寧に頭を下げて、
「おかえりなさいませお嬢さま、竜苑寺さま。外出は、楽しいものだったでしょうか?」
「楽しかった」
神仔が表情を変えず、淡々と答える。元に戻っていた、いいねぇ辺りから。それに竜苑寺はあえて触れず笑顔で、
「いやぁ、この辺りは実に自然豊かなんですね。これで都内ですか? にわかには信じがたいくらいですねぇ」
「僻地ですからねー」
「そこは避暑地とか言っておきませんか?」




