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二十話「大人の遊びはちょっと……凄いよ?」

 思い切り、深呼吸した。マイナスイオンが実際に自分の肺に吸い込まれ、そして身体の隅々まで染み渡るのが感じられるような気がした。リフレッシュ、そしてリフレッシュ休暇。はしかのようなもののように感じていたが、実際うつ病と同様でそうそう眉唾ものでもないような気がした。

 あぁ、思い切り水遊びをしてみたい。

「おにーさん?」

 気づけば竜苑寺は小川の傍まで近づき、その清い流れを凝視していた。水底まで見通せて、丸々した魚が3匹ほど気持ちよさそうに泳いでいた。

 そしてその隣で、神仔は竜苑寺を覗き込んでいた。

「なんだい?」

「泳ぎたいの?」

「泳ぎたい……わけじゃないね」

「じゃあどーしたいの?」

「なんていうか、水遊び?」

「あ、こーゆーの?」

「あ――」

 しまった、と思った時には一歩、遅かった。

 竜苑寺は神仔がそのしなやかな両腕で放たれた水鉄砲を、その全身でもろに受けてしまっていた。

「…………」

 ぽたぽた、とぬれ鼠になった髪からしずくが滴り落ちる。感触から、下着までびっちょりだ。髪型も崩れてしまっている。文字通り、見る影もない。

「にゃははははは。おにーさんびしょぬれー」

 子供に指さし笑われるとは、屈辱の極みだった。

 だがまぁ、もはやせっかく卸したての執事服ももう、見る影も無い。

 ままよ。

「……やったね」

「え――」

 それこそ、答えるいとまも与えなかった。


 ド派手な水柱が、そこに上がった。


「…………」

 神仔は、呆然としていた。それは想定外から起きた竜苑寺のものと違い、予想"以上"のそれから来たものだった。

 竜苑寺が放った"蹴り"により巻き上げられた川の水は、一種の竜巻のような現象を引き起こし、神仔はそれに巻き込まれ、吹き飛ばされたような形になったのだ。そして三メートルくらい宙に舞ったその身体を、やられた竜苑寺自身にキャッチされていた。

 その上に水柱"だった"巨大な水量が、まるでナイアガラの滝のように落ちてくる。

 バシャンというより、ズドゴンという重い音がした。

 もう水浸しというか、水浸かりという惨状になった。

 竜苑寺は白い歯を見せて、笑った。

「いかがです、お嬢様?」

「…………ん? よきに、はからえ?」

「ありがたきお言葉、もったくなく思います」

 二人して燦々と照りつける中水浸かりで、30前の執事服の男が小学生をお姫様抱っこしていた。

「…………」

 それを遠くで三ツ石が、厳めしい顔つきで見つめていた。そしてメガネを外し、眉間を押さえて二三度頭を振り、そしてまたメガネをつけ直して改めて厳めしい目つきでその様子を見つめる。

 その胸中は、複雑の極みだった。


 そして二人は、車に戻った。そして次に向かったのが、商店街だった。そこはあまり栄えている様子こそ無かったが、しかし個人経営の商店が並んでいる光景は都心部には見られない温かみを感じさせるものだった。竜苑寺は三ツ石から経費として受け取った金で、コロッケを買ってみた。その際少し世間話をしたら感じのよさそうな老夫婦に大変喜ばれ、おまけだと注文した野菜コロッケとは別に牛肉コロッケまで貰ってしまった。申し訳なかったが、少し嬉しかったりもした。

 ロールスロイスの中で、神仔と分けた。

「お嬢様、どちらになさいますか?」

「んー、おにく」

「肉食ですね、お嬢様。はい」

「ありがとー」

 くすり、と笑って牛肉コロッケを渡す。それを神仔は二口で食べてしまった。さすがは育ちざかり、その調子で育てば将来はスーパーモデルだろうか? しかしその胸を考えるに、むしろ女優とか? 夢は膨らむ一方だった。

 頬張るとと、その味わいは口いっぱいに広がった。。今まで食べた星付きレストランには出せない、それは真心が染みる味だった。

「…………」

「美味しい、おにーさん?」

 言葉も出さずそれを噛み締めていると、無邪気に神仔が聞いてきた。それに竜苑寺は一拍の間をおき、

「……おいしいよ」

「どんなふうに?」

「そうだね、おふくろの味?」

「おかーさんの味?」

「そうだね」

「ふーん」

 そして、沈黙。

 久しぶりだった、車内が静かになったのは。ずっと神仔は、喋り通しだったからだ。子供らしさ全開に。思いの丈を吐きだすかのように。それに竜苑寺は、相槌を打つことで答えていた。

 横顔をのぞき見ると、ひと段落ついたのか神仔は窓の外を見つめながら足をブラブラさせていた。それを確認して、竜苑寺は再度野菜コロッケの味に浸った。不意にこの現状が、可笑しくて仕方なくなったりしながら。

「おにーさんはさー」


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