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十九話「身を落としてこそ視えるものもある…かも」

「おー」

「いかがですか、お嬢様?」

「うん、おにーさんかっきーね」

「ありがとう」

 ウィンクして応える竜苑寺。それに後ろに控える三ツ石が咳払いして言葉を止めてから、

「あー……お嬢様? 実は本日より、この竜苑寺様がお嬢様のお付きの執事となられますので」

「そうなの?」

「そうなのです。というわけですのでお嬢様、本日はどのようなご予定になさいますか?」

「んー、おにーさんはどうしたい?」

「そうだな。そもそもこの地域は、地理的には一体どの辺にあたるのかな?」

「じい」

 二人で勝手に元の口調に戻っていたが、もう三ツ石は慣れてきていたのでそれに触れず返事だけ。

「都内某所のとある避暑地でして、住所と致しましては絹金市桟橋町4-1にあたる場所でございます」

「絹金市……聞いたことがありませんね。ではまず、散策を兼ねて外出に御同行願えますか?」

「うん。じい」

「はっ」

 主の命に一切の疑問を挟むことなく、三ツ石は車を回した。車庫から玄関にかけて左右に燕を始めとした十数人もの黒服に見守られて、車は出発した。

 更には車内の、衝立を挟んだ前方の席にも黒服が三名ほど詰めていた。彼らは文字通りSPのような立ち位置で、普段もどこか屋敷の目につかない所に詰めているのだろうか?

 ロールスロイスの真ん中の広い空間で向かい合わせに神仔と座り、竜苑寺はそんなことを考えていた。

「ね、おにーさん」

「ん、なんだい?」

「かなのお家、すごい?」

「あぁ、すごいなぁ」

「でしょでしょ?」

 にっかー、と神仔は笑った。めいっぱい、無邪気に。それに竜苑寺は一抹の不安というか、違和感を抱いた。

「……神仔ちゃんは、」

「なに?」

 にっこにっこ笑って、長く健康的な足をぶんぶん振って、それは丸っきりの子供だった。

 そしてこの豪華で、しかし物々しい進行。

 いくつかの可能性を、竜苑寺は探った。

 まずは口調を、変えてみた。

「――神仔ちゃんは、おにーさんとしたい事とか、なにかあるかな?」

「うん、トランプ」

 言って、すぐにポケットからトランプを取り出してくる。そして象牙のものだろうテーブルのうえに広げてというかぶちまけて、夢中でぐちゃぐちゃにかきまぜながら、

「それでそれで、なにする? スピード? 大富豪? ババ抜き? は二人じゃあんま楽しくないっか。じゃあ神経衰弱? 豚のしっぽ? セブンブリッジってルール知ってる? 大富豪は変わったルールがいっぱいあるから、どれ入れてどれ入れないようにしよっか?」

「じゃあ、最初はスピードからで」

「うんっ!」

 竜苑寺の返事に、神仔は手早く慣れた様子でトランプを配り始めた。あのお屋敷に、基本的には執事とメイドの三人暮らしの筈なのに。


 27回、勝負をした。そして23勝4敗だった。神仔の完全な勝ち越し。その理由に竜苑寺はいくつか気づいていたが、さしあたっていま指摘するつもりはなかった。

 そして車は、停車した。

「わ」

 その微かな勢いで、神仔が持っている手札がテーブルにばら撒かれた。

 3から45678とズラリ、綺麗に数が揃っていた。

 ほんの一瞬、間があったような気がした。

「あはは、着いちゃったみたいだね。残念、楽しかったのに」

「いつでもお相手して差し上げますよ」

 トランプを片付け、気づかなかったように竜苑寺は振る舞った。

 そして三ツ石に開けてもらったドアから、外に出た。

 そこには嘘のような大自然が竜苑寺を、まさに諸手を広げて待ちうけていた。

「おぉ……」

 竜苑寺は思わず、小さく嘆息する。小川がさらさらと、流れていた。見上げるような木々の間から、燦々と陽光が照りつけていた。咽かえるような緑の香りに、眩暈がした。小鳥の鳴き声がした。遠くで聞いたことが無い動物の鳴き声がした。気づけば踏み出したその足元は、砂利だった。

 思わず、尋ねていた。

「……ここは本当に、都内なのか?」

「JRで40分で新宿だよ、トッキューで」

 こんな空間が、都内にあったとは。

 それは新鮮な驚きを、竜苑寺に与えた。

 年甲斐も無く、感動していた。

「お……おぉ」

 一歩、ジャリっという音がした。その音に、胸が鳴った。小川が流れている。絵本で読んだきりの、さやさやという音が本当にしていた。眩しい日差しと溢れ出る酸素が、浴び放題吸い放題だった。あぁそういえば、以前に休暇らしい休暇を取ったのもいつの事だったか。

 ずっと仕事のことしか、考えてはいなかったのだなと。

 そんなつまらない事に、気づいたようなというか気づいてはいたが向き合ってこなかったのだというか。

「スゥゥウ……はぁああああ」

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