十八話「やるせない限界が男の器」
端的に言えば、なにを言っているんだお前はといった感じに。
「……飾り、ですか?」
「はい、飾りです。結橋暁成さまは、まずは形から入るということを旨としておられる方。ですのでお金持ちで成功者という事で、それ"らしい"ものを収集し、飾り、そしてそれっぽくしているというのが実際らしいです」
「ほぉう……」
それは、なかなかに興味深い意見だった。ひょっとすると、最近の結橋財閥の急成長の陰にはその辺が――
「いや、いかんいかん」
ぶるんぶるん、と首を振る。またも、みたび、癖、発動だった。どうしたらこういうものから抜け出して、青春という大海原に飛び込めるものかと考えようとして、いやこれこそが自分のアイデンティティーかと考え直し、こういう自分を保ったままでなんとか青春に持って行けないかと目標値の軌道修正を試みてみたりした。もちろん会話は、滞りなく続行しながら。
「――それで、私は如何様にすれば?」
「ただ付き添い、言葉に従うのみでよろしいかと」
「それは、どちらかというとただの付き人では?」
「まぁ、そうとも言いますな。なにしろ大概の事は、この捌けて動ける執事であるわたくしと、気づけて癒せるメイドである燕の二人でこなしてしまいますからな」
今のはやや、棘がある言い回しだった。どうやらある意味心は開いてもらっているようだった。まぁ、嬉しい限りといったところか。
「なるほど。つまり私の立ち位置としては、ただお嬢様の、お守りをと?」
「というか、愛玩動物でしょうか?」
「オイ」
つい、声が低くなってしまった。
それに三ツ石の歩みが止まる。しまったとも思ったが、まぁこの辺がプライドを捨てられる限度だろう。
「……失礼を」
「いえ」
そして歩み再開。出来れば友好的な関係を築きたいものだな、と竜苑寺は他人事のように思っていた。
そしてお嬢様は、ひとり居間に取り残されていた。
「…………」
ぼんやりした頭で、じっとソファーに座ってテーブルの上を見つめていた。昨日から着ているホットパンツに二ーハイソックスにパーカーの格好から着替えることもなく。その脳裏には、昨晩のことが鮮明に蘇っていた。その瞳の中には、確かに昨晩のパーティーの光景がBlu-rayのように再生されていた。
昨晩大人三人で、"おさけ"を飲んでいた。おさけというものを、神仔は飲んだことがなかった。しかしそのおさけというものを飲んだ途端、じいはくだを巻き始め、おにーさんはフラフラになって、燕は無口になった。神仔にとっておさけとは、まるで魔法の飲み物のようだった。
まぁ、それはいい。だからといって飲みたいという欲求を、神仔は持っているわけでもなかった。それに初めて見たわけでもない。ただここまで派手に飲んでいる場面に出くわしたのが初めてだったというに過ぎない。
それでそのあとじいは眠って、おにーさんと自分はソファーで一緒に眠りについた。あとのことは覚えていない。ただ、夢を見たように思う。お父さんと、お母さんの夢を。ずいぶん、久しぶりに。
「くぁ」
小さくあくびをして、神仔は立ちあがった。そのままずるずると掛け布団を引きずりながら、キッチンまで行った。そして見上げるような大きい冷蔵庫の前まで来て、その扉を開けて、ハーゲンダッツのチョコレートプレミアムカカオを取りだし、ステーキ用の大きなフォークを使って、その場で食べた。
食べ終わり、空をゴミ箱、フォークをシンクに入れて、そしてまた同じように掛け布団を引きずり戻って、改めてソファーに座り直した。そのまま2分ぐらいぼんやりして、ふいにテレビのスイッチを入れた。他愛もないバラエティー番組がやっていた。それを見るともなく、ただ神仔は眺めていた。さすがに日曜の昼にお子様の趣向に合うような番組がやっているわけもない。
そして、2時間が経過した。
「お待たせ致しました、お嬢様」
おにーさんの声に、神仔は顔を向けた。
「おに……」
言葉が途中で、止められるほどだった。
そこには昨晩までの――最初からスーツは来ていたとはいえ、汗をかき野宿をし風呂にも入らずずっと外にいた結果なかなかに薄汚れていた30手前の冴えない男はおらず、代わりにシャワーを浴びて髭も剃って髪もぴっちり固めてついでにコロンもつけて清潔感を醸し出し、そしてぴかぴかの執事服をカッチリと着こなした出来る青年実業家カッコ事実な竜苑寺が白手袋をはめた右手を胸に、頭を下げていたのだ。
ただそれだけで、神仔の印象的に5歳は若く見えていたり。
だから思わず、声が漏れていた。