九話「なんでも計画を決めてキチッと行うと気持ちいい」
竜苑寺はメイドと共に、三種類の料理を作り上げていた。ビーフシチューに、鯛のお造りに、麻婆豆腐の三品。和洋に加え中という、折衷ならぬ御相伴というか。いやなにするぞ美味ければよいのだというかきっかり丸一日なにも食ってなくて腹が減って仕方なかったからガッツリしたものを三品作ったというのが本音だったりした。炭水化物最高!
それを50平米はありそうなだだっ広いダイニングに運び、テーブルに並べていく。聞くと、この家での夕食は常にメイドと、執事と、あのお嬢様の基本三人で行うらしい。寂しい限りだが、金持ちになればなるほど、立場を持てば持つほど孤独になっていくという現実を見せられている気がして、竜苑寺は若干気が滅入った。実際自分がそうだったし。
「そういえば、メイドさん?」
「いやですわ。わたくし、雨音燕というれっきとしたお名前があるんですよ?」
「あぁ、それは失礼。では燕さん」
「はい、なんでしょう?」
相変わらず素敵な笑顔だと、竜苑寺は両手に麻婆豆腐を三つ持ってテーブルに運びながら感心していた。ちなみに燕は両手でビーフシチューと鯛のお造りを三つづつ持っていた。まったく感心する、私も精進せねばと竜苑寺は身が引き締まる思いだった。
「いや、そういえばと思い返したのですが、あのお嬢様はいったいどんなお子さんなのかと」
「あらあら、かなこさんですか?」
「かなこ、ですか。どのような漢字を書かれるのでしょう?」
「神の仔、ですわ」
「ほ、ほう……」
自分の名前もなかなかだと思っていた竜苑寺は、そのセンスに戦慄した。とともに、自分が生きてきた世界が井の中で蛙であったことを確認した。この敷地面積うんぬんいってるこの時代の東京に、これだもんな。
「それでその神の仔は、いったいどんなお子さんなんです?」
「神仔さんは、それはそれは気品溢れるお方ですわ。いつでも御自身の事やわたくしたちの事より興味や異常を発見することに心血を注いでいらっしゃる、そんな溌剌としたお方なんですわ」
「…………はぁ?」
いや、もう何も言うまい。雄弁は銀といっても、やはり沈黙が金なのだこの世の中は。だからもうとりあえずここを乗り切って、再び見知らぬ世間という大海原に漕ぎ出し、そしてどこに潜むとも知れない青春という珍魚を探し出すことに集中することとしよううむそれがいいだろうと竜苑寺は今後の展望を決めた。
竜苑寺はそれ以上は無駄口叩かず、麻婆豆腐をテーブルに並べ、そしてそういえば持ってきたのは各料理みっつづつだが、執事に燕さんにお嬢様と、果たして自分の分はあるのだろうか? と急に不安になったりした。
「……あの?」
「はい、なんでしょう?」
舞うように次々と料理を展開させ、そして後ろのキッチンワゴンからフォーク、ナイフ、ナプキンを取りだしてなぜかくるくる回しては備え付ける、と燕さんは優雅可憐にお膳立てを進めていた。そんな最中笑顔で答えるのだから、まさにプロの技といえた。
「いえ、その……私の分の食事は、あったりするのでしょうか?」
「ありますよ?」
しれっ、とキッチンワゴンの下の段からもう一セット、三種類のおかずが姿を現す。それに加えてその後方からご飯やお味噌汁などの痒いところに手が届くメニューが揃っていく。うむ、食欲をそそるね。
「これはどうも、恐縮です」
「いえいえ。お手伝いいただきましたし、お嬢様の大事なお客様ですから」
そしてすべての準備が整い、燕さんはテーブルの傍で待機モードに入ったようだった。前掛けの前で両手を重ね、目を伏せ佇んでいる。それに竜苑寺は隣に立ち、倣った。立ち位置が微妙な時は、一歩下がって控えているのが上策だ。
「――竜苑寺さま?」
燕さんはそれに、視線だけ送り尋ねてきた。
それさえ竜苑寺は倣って、
「――なんでしょう?」
「お座りに、なられないんですか?」
「いえ。まだこの家の主が現れていないこの状況で、それは失礼かと」
「しかし竜苑寺さまは、お客様では?」
「正式に招待されたわけでもありませんし、危ないところを助けていただいたという意味ではむしろ礼を尽くすべき立場かと」
「まぁ。竜苑寺さまは、実に慎み深いお方なのですね」
「いえ、そんなことは……」
照れ笑いを浮かべ、手を振っておく。あまり、目立ってはいけない。とにかく印象は薄くして、そしてしれっ、と去るのが理想だ。あぁ、そんなひともいたっけな? といった感じに。
「あ、オジちゃま」