◆五流の人◆
「ばかやろう」
冨田川雄介は自分の言葉に酔っていた。
「だいたい仕事っていうのはな、まごころと気合なんだよ」
雄介は営業先のリッチ製薬日本法人からの帰りに、小田急線の電車が一番込み合う真ん中の車両に新卒で入った後輩の南川祐樹を連れて行って、説教を始めた。
雄介は後輩ができると必ず、込み合う昼の吉野家、帰りの小田急線の車内などを選んで説教をするのを好んだ。
雄介は人のいない公園や、雄介を良く知る人のいる自社であるアール化学社内では説教をしない。
雄介の営業成績は非常に平均的だ。
しかし、雄介は誰よりも残業をする。さまざまな能力がもしかしたら雄介には足りないのかもしれないが、雄介はそれに気づいていない。気づきたくないのかもしれない。
2018年のこの世にあって、残業は雄介の美徳であった。
雄介は、誰よりも早く出勤する。
7時には出社し、それでいて、23時まで残業するのだ。結婚していない、雄介じゃないとできないわざだった。
雄介はバブル期の入社だ。
大卒なら誰でも大手企業に入れる時代に、雄介は100社近く受験して、ここ、中小企業であるところのアール化学になんとか入社したのだ。
雄介は今で言うところのFランク大学に2浪して入学した。
大学では一番前の席で授業を聞いていたが、成績は芳しくなかった。
部活やサークルには入ってなかった。
家で、パソコンゲームをやったり、アニメを見たりしてすごしていた。
一時期、塾の講師で国語を教えていたが、まもなく首になったので、アルバイトもしていなかった。
高校時代は吹奏楽部に入っていた。
平均以下の公立高校だったが、勉強もできなく、運動音痴であるところの雄介は入れる部活がなかった。
ただ、高校に入り、性に目覚めた雄介はもてたい一心で吹奏楽部に入った。
雄介は音痴でもあった。
雄介の体の成長は中学で止まったので、雄介は160cmで50kgと小柄で、長い髪の毛と色白の肌、かけためがねは雄介を幼く、女の子のように見せた。その容姿は大人になった今も変わらない。
吹奏楽は、女子たちにコケにされながらも、3年生まで続けたので、新入生よりかは上手になった。
「ばかやろう、気合が足りないんだよ。」
3年生になった雄介は、音を合わせられない新入生を罵倒して、泣かせた。
自分が、いつもいわれているからかもしれない、「ばかやろう」というセリフを、他人に言うときにゾクゾクとする快感をおぼえた。
学校は人格を磨く場所で、学問やスポーツの腕を上げる場所では決してない、というのが、彼の持論で、彼はひたすら、彼の言う、人格を磨いたが、その結果が、今の彼の現状である。
「高校時代はよく後輩を泣かせたもんだ。」
雄介は南川祐樹を昼の混み合う吉野家に連れて行って説教を始めた。
「リッチ製薬にはうちのクレゾールを卸しているんだ。お得意様なんだよ、わかるか?」
勤続30年近い雄介は大卒新人の南川が知るはずもないリッチ社へ卸している商品を語って悦に入った。
雄介は、一通り説教をして、満足したのか、自分の支払いを済ますと、店から出た。
南川はあわてて、自分の支払いをすると追いかけるように店を出た。
雄介は気づいていなかったが、その吉野家にはリッチ社の部長がお昼を食べていて、眉をひそめた。
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「今、なんと、?」
雄介は社長室であわてていた。
「ばかやろう、クビだよ、クビ。きみ、クビね。なんでしゃべっちゃったんだよ、わが社のクレゾールをリッチ社に卸していること。企業秘密だって言ってたでしょ、先方はカンカンだよ。リッチ社はわが社のお得意様なんだよわかる?わかってないからしゃべっちゃったんだろうけど。」
「あとね、南川君、わが社のホープなのに、リッチ社に引き抜かれちゃったよ、君、南川君いじめたりしてないよね?」
雄介は呆然として、社屋からでると、誰もいない公園に出た。
「よぉ」
南川が、いた。
「おまえ、首になったんだってな、だっせぇ」
「今までの、お礼だよ」
南川は平均的な体格だった。雄介は誰もいない公園で、南川にボコボコにされ、最後はメガネが割れた。
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「ばかやろぅ」
雄介は、勤務先のコンビにのアルバイトである留学生のチェンに説教していた。
「スミマセン」
チェンは謝って、仕事を続けた。
「仕事ってのはなぁ」
ピンポーン
「いらっしゃいませぇ」
「よぉ」
南川だった。
「い、い、いらっしゃいませぇ」
「なんで、キョドってんだよおまえ」
50才の春だった。
退職金はおじゃんだった。
オタク趣味につぎ込んだので貯金もなかった。今は、ネットカフェに寝泊りしている。
24才の南川の1/5の年収で暮らす50才の雄介はただただ、自分より弱いものを見つけてはいじめていた。
それを取り上げると、彼の生きがいはなくなってしまうのだ。
雄介はそういう人なのだ。