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第8話 とある部隊の悪運

「全員、整列ゥ!」

 森に漂う静寂をぶち壊す、一人の男の野太い声が響き渡った。

 カーセム城に繋がる街道の一つ、山岳北西部に流れるセラーラ川を超えて北西方向へと繋がる道に、総勢五十人程度の帝国兵の部隊が各々馬に騎乗し整然と並んでいた。

 大声の主は彼等と向かい合うようにして立つ、全身鎧姿の四十代の男であった。声を張るために今は取って脇に抱えてある兜は隊長の証である突起が上部につけられている。彼の乗る黒毛の馬もどことなく他の馬より一回り体格が大きく存在感が強い。

 男の名はグード、長年帝国軍の兵士として地方を転々としつつ主に内陸部での小規模な戦闘を数多経験し、隊長として部隊を何度も指揮してきたベテランである。そのせいか声に覇気があり、聞けば無意識に体を硬くしてしまうような迫力があった。

(あ~ぁ、遂に出陣か~)

 凄みを見せつける隊長の言葉に恐縮し、兵士達が背筋を伸ばし、石像のようにピタリと動きを止める中、五つの列の一番左の先頭に立つ兵士ウイナは気だるそうに目を半開きにしたまま、頭を覆う兜の中で小さく溜め息をつく。

 装備した鎧の上からでは分かりにくいが、ウイナは帝国軍全体の八割の兵士が男という比率の中に於いて珍しい女性の兵士であった。しかもまだ年は十六になったばかりの、背丈の小さい少女であった。

「おい貴様! 姿勢を正せ、猫背になってい……って貴様、ウイナかァ!」

 隊長のグードが任務中だというのに気合の入っていないウイナに喝を入れる。

「ん~? あぁ、すいませ~ん」

 他の兵士が隊長が機嫌を損ねた事に黙って怖がる中、当のウイナは調子を変えず面倒そうに返事をする。

「貴様、今回ばかりはそんな気合の入りようじゃ必ず死ぬぞ! 今までの治安維持活動と違っ

 て、本格的な戦闘なのだからな!」

「分かってますよ~、それ毎回言ってるじゃないッスか~」

「今回の任務こそは甘くないと忠告しているんだ! 盗賊や一揆衆と違って敵は戦争の手練れ、

 常勝無敗だった前線の同志達を打ち負かしてきた奴等なのだぞォ!」

「だから、分かってますって~。しつこいッスね~」

 上官相手にも中途半端な敬語と気の緩んだ語尾を伸ばす喋り方でグードの怒鳴りを受け流しつつ、ウイナは甲冑の目の部分からはみ出た自分の茶色くうねった髪をいじくる。

「ええい常々舐め切った態度を取りおって……我々が今いるのは前線だ、いや前線になるであ

 ろう場所だ。敵は強大、死んでも骨を拾ってやれるか分からんぞ!?」

「……言われなくても、予想はつくッスよ」

 ウイナは兜から覗く茶色い眼を伏せ、声色を曇らせる。

「ったく……全員聞け!」

 仕切り直しとばかりに張り上げられるグードの声に、兵士達は改めて背をピンと整え直す。

「我々はこれより現在オスティム帝国の交戦勢力であるユストア王国軍との戦闘を続けるカー

 セム家城塞の同志への援軍に向かう!」

 グードの部隊の本来の勤務地は帝国北西部にある小さな領地である。先日帝都の総司令部からカーセム要塞へ向かい戦線に参加せよとの通達があり、彼等はそれに従って馬を駆りここまでやってきた。

 領地内における危険因子の捜査及び排除がグード隊結成当時からの任務であり、そういった仕事ばかりをこなしてきたのだが、帝国の連戦連敗によって戦力が不足した事により今回召集がかかったのだ。

「貴様等の危惧している事は分かる、我々は軍隊規模の戦闘に参加するのは初めてだからな。

 だが要塞には既に各地から我々と同じように集結している同胞がいる、帝国の領土を脅かす

 ユストアの連中を蹴散らすために、貴様等も同胞と共に力を合わせようではないか!」

 戦意高揚を狙ってだみ声を高らかに上げ訴えかけるグードだったが、対照的に兵士達の顔は皆悲壮感に満ちた暗く委縮したもので、それが晴れる様子は全くない。

「はぁ~」

「溜め息をつくなウイナ! 戦の前に緊張感を欠く行為は慎めといつも言ってるだろォ!」

「そんな事言っても仕方ないじゃないですか~。無茶苦茶な作戦やらされるんですから~」

 これから戦いに望む大事な時に水を刺すような一言を放つウイナ、しかし他の兵士達は隊長の話の骨を折った彼女に不満を向ける事はない。

 それは兵士達全員が、ウイナが口に出した事と同じ意見を抱いているからであろう。

 グード隊の専門は治安を乱す盗賊やならず者、秩序を脅かす反政府勢力の鎮圧だ。それらはどれも武力を持った勢力ではあるが、戦いに慣れた連中というには未熟な連中が殆どであった。兵士の教習を受ける際に身につけた最低限の戦闘の知識とある程度の勇気と仲間との連携で大体はなんとか退けられる、それくらいの脅威でしかなかった。

 だが今回は違う、敵はユストア王国軍、国のために命を懸けて戦う兵士達が相手だ。同じ兵士でもグード隊とは違い、最初から他国の軍と戦う事を想定して組織された者達である。地形の把握と利用、常時の戦況把握、戦局を見極めての臨機応変な行動、戦場で必要な心構えを多く経験する兵士に、戦争に参加した事のない者が互角に戦えると思える方が不思議である。

 しかもこれまでずっと他国を侵略し続け常勝無敗であった前線の帝国軍部隊を蹴散らして、こんな内陸部まで侵攻してきているのだ。余計に勝ち目があるとは思えない。

「最初から諦めてどうするゥ! 生き残って敵将の首を取れば勲章ものだぞォ!」

「勲章より命の安全の方が欲しいッスよ~。あ~ぁ、こうなるならもっと仕事サボっておくん

 だったッスね~」

「もっととは何だ! サボっていたのは認めるのか。大体貴様はいつもやる気を見せずに任務

 に臨みおってから、よく今まで生き残ってこれたものだ」

「最低限の労力でこなしてきたんッスよ~」

「常に全力を出せ馬鹿者!」

「休みながらじゃないとやってられないッスから~。隊長だって仕事の合間に酒に口つけない

 とやる気なんか出せないって、たまにぼやいてたじゃないッスか~」

 ウイナの言葉に今まで圧迫するような強い口調で話していたグードは急に数回咳き込む。

「っ……貴様! 適当な事を当然のように喋るな! 何の証拠があって……」

「とっくに皆知ってるッスよ。休憩後の隊長明らかに気分がおかしくなって頬も赤いッスし」

「っ、何だと!? おい貴様等、どうなんだ!」

 隊長の鬼気迫る表情での問いかけに、最初は戦場への不安と恐怖で凝り固まった顔を変えない兵士達であったが、その内の一人が思わず吹き出してしまったのをきっかけに、漂っていた緊張の糸が一気に解れた。

 数人の兵士がくすくすと笑みを漏らし、それがどんどん伝染していく。

「任務前に気を緩めるな貴様等ァ!」

「ほら、心当たりがあるから笑っちゃうんスよ。最近は一日一本ワイン瓶飲んでたッスよね? 

 奥さんから貰った貴重なお小遣いをアルコールに費やしちゃって、奥さん可哀想ッスよ」

「ええい黙れ黙れ! 大体話が逸れているではないかァ!」

 隠していたつもりの行動がバレていたと知ってグードは無理矢理話題を元に戻すために一喝し、くすくすとした兵士達の笑いが徐々に収束してから、大きく溜め息をつく。

「……まぁ良い、貴様等全員さっきよりはマシな顔になっているからな」

 決して戦への恐怖が消えている訳ではない、兵士それぞれの顔には暗い感情が未だ垣間見えているが、グードとウイナの掛け合いを見て生まれた緩んだ雰囲気がそれを誤魔化していた。

 それこそが普段のグード隊の姿である。命の危険を伴う任務に送られる事に対する不安を感じながらも、拒絶はせずなんだかんだで命令に従い任務に臨む。そんな中途半端なやる気で動いて今までなんとか治安維持兵として活動してきたのだ。

「いいか貴様等! この遠征は、何度も我々がこなしてきた盗賊共を狩るために草の根分けて

 山に入っていく事と何ら変わりはない、いつもの任務の延長線上でしかない!」

 普段の空気が隊員の間に流れ出したのを良い事に、グードは調子を取り戻して大声を上げる。

「気負い過ぎるな! やるべき事をこなせばいいだけの事だ! 気合を入れろォ!」

 兵士達は揃って「おー!」と大声を上げグードの言葉に返すが、特別気迫が込められていた訳でもなく魂を震わせるような力強さがある訳でもない、形式ばった『大声』であった。

 やる気がないといえば嘘になるが、満ちているといっても嘘になる。そんな中途半端な感じで任務に臨める状況こそが、敵を倒すために出撃するグード隊の普段通りの状態なのだ。

「!?」

 その時、グードが背を向けている方角から、肌がそばだつような凍てつく気配が襲ってきた。

 仮にも戦いの中で殺気を感じる事に慣れているグード隊の兵士達もその悪寒を感じ鳥、一斉に隊長の背中の向こうを、隊長は背後に視線を向けた。

 彼等から少し離れた位置には、山岳の中に流れるセラーラ川を挟んで形成された渓谷を超えるために石橋が架けられて、冷ややかな殺気が飛んできたのはそれを超えた辺りからであった。

 四つ程の人影が前に見え、その背後に距離が遠くてうっすらとしか確認出来ないが、大勢の人間が集まっている。それら全員が敵軍なのかは分からないが、グード隊が感じ取った殺気は手前の四人から発せられたものだというのは間違いないようだ。その四人の服装には黒と青の色合いが見られ、ユストア王国の人間である事を示している。おそらく彼等が、帝国の敵だ。

 離れていても感じる圧力、こちらを見据えているのは分かるが視線が交錯している訳ではない、にも関わらず体が竦んでしまいそうになる程の凄みを、グードを始め全ての隊員が受け、肝を縮みあがらせる。

 それはウイナも同じで、一度心臓が締め付けられるような錯覚を体験した後、ふぅと一つ溜め息をついて、上半身を力の無い猫背に戻し焦点の合っていない目を半開きにして、こんな事を心の中で呟く。

(はぁ~、結局いつも通りのまま死んじゃうんスね~)

 彼女はグード隊の中では下から三番目に若い人間ではあるが、グード隊として活動してきた期間は何気に長い。

 元々出稼ぎで地方から都市部に流れ着き、給料が高いのと思いのほか悪くなかった身体能力のをきっかけに兵士に志願したのがきっかけで、特にそれ以上の目的もなく今まで兵士として何とかやってきた。

 何度も怪我をしたり命の危機を感じた事がありながらも、生き残って成果を誉められ給料を貰えた事で一応満足出来たため辞めもせず兵士を続けていたが、さすがに今回は生きて帰れる自信がない。

 それなのに、ウイナは仕方なく任務に臨もうとしている。それはどうせここで逃げても敵前逃亡の罪で後々処分されるだろうという杞憂があるからで、何よりも命を守らなければならないという感情が既に希薄になっていたのだ。

 兵士になってからいつも、隊長グードの怒鳴りを聞き流しながら、一回り年の離れた大人の仲間と事務的な会話や愛想笑いを繰り返し、治安維持活動に向かう、そんな魅力のない退屈でしんどい日々を三年近く続けてきた。そしてそのまま変化なく、自分の人生は勝ち目の見えない戦争への参加という形で終わるのだろう。

「我々はオスティム帝国! もし貴様等がユストア王国軍並びにそれに準ずる勢力の人間なら

 ば、即刻武装解除し投降の意思を示してその場に膝を付け! そうでなければ道を開けよ! 

 さもなくば武力による行使も辞さない!」

 持前の大きく響く声で警告を促すグードだったが、橋を挟んだ向こうの四人は返答の代わりにそれぞれ手にしていた武器らしきものを掲げ、その先をグードの方へと向けてきた。

 それだけで、あの人間達がグード隊の敵であり、戦うべき相手である事は明白であった。

「剣を抜け貴様等! 正面突撃の陣形を取れ!」

 剣を振り上げたグードは、遠征前に隊員全員で読み返した戦の教本に書かれていた、野戦ばかりしてきたせいで一度も実践した事のない戦法の使用を指示する。

 僅かに躊躇いがあったものの、隊長の指示通りに兵士達は慣れない陣形を作ろうと移動する。といっても狭い地形において前方の敵を数で押し切るだけの単純な戦法であり、横一列に五人ずつ並ぶだけなのだが。

 向こうの敵と思わしく人物の一人が、剣を構えてこちらへ向けて足を動かし始めたのが見えた。その背後では背の小さい少女らしき人物は杖を持ってぶつぶつと一人で喋っている、何か命令でもしているのだろうか。

 と思ったのも束の間、近づいてくる少年が持つ剣からはどういう仕組みなのか炎が噴き出し、杖を持った少女の頭上にはバチバチと不気味な音と共に眩い光がいつの間にか出現している。

 摩訶不思議な現象におののく兵士達、そうしている間にも先頭の炎の剣を持つ少年に続くように後続にいた者達もゆっくりと足を進め出していた。

「構え!」

 グードの一声に体が反応し、剣を握り直す。

 とにかく、戦端は切られたらしい。

 前列の兵士達から一斉に、迫りくる敵軍の人間めがけて馬を駆り鎧を揺らして走り出す。

 直後、対峙する男の剣の炎が激しさを増し、生き物のようにグード隊に飛び掛かってきた。

 続けて宙に出現していた謎の光が鼓膜を震わす爆音を撒き散らしながら、雷となって同じくグード隊へと向かってくる。

 その時隊員の皆が気づいただろう、前線で帝国軍が敗れた理由に。

 グード隊を今まさに襲おうとしている敵の攻撃がどうやって生み出されたのかは分からない、だが事実そのおかしな現象を使って攻撃してきている。敵は自分達の知らない攻撃の仕方を手に入れているというだけの話だ。

「……無理ッス」

 絶望感から湧き出た嫌な汗の流れる顔を少しだけ崩し苦笑いして、ウイナは呟いた。

 直感で勝てないと察し、自分は死ぬという予想がいよいよ現実味を帯びてきたからだ。

(あ~ぁ、一回ぐらいお酒飲んでみたかった、一回ぐらい同年代の女子友達とあてもなく街を

 遊び歩きたかった……後一回ぐらい、地元に戻りたかったッスねぇ~)

 炎と雷に接触する直前、ウイナは走馬灯を見る代わりのように、この世への未練を頭の中で羅列していた。 

(なんだ、やる気がないだけで、したい事結構あったんじゃないッスか、あたし)

 視界が眩く禍々しい光に埋め尽くされ、灼熱と雷光の熱を肌で感じ、仲間達の声や馬の走る音を掻き消す轟音に聴覚を奪われる。

 それは少し後には、グード隊が成す術もなく敗北するのを意味していると、グード隊の全員が一番理解していた事だろう。

 だからこそ、驚いた筈だ。

 グード隊を蹴散らさんと対峙していた敵が渡っている石橋の各所が無数の爆発音と共に、全体に罅が広がって崩れ始めた事に。

「と、止まれェ!」

 進行方向が砂埃と白煙に包まれた事でグードは即座に隊に突撃停止を指示するも、手綱を全力で引っ張った所で全速力で走っていた馬を急には止める事は出来ず、全員が全員前列の兵士の馬に衝突し多重事故のような形になってしまった。

 幸い崩れて橋が無くなり崖となった地点までは距離があったため渓谷に落下する者はおらず、数人がぶつかった衝撃で落馬した程度の被害に留まったようだ。

「一体、何なんスか……?」

 炎と雷という敵の攻撃はグード隊から逸れたようで、道の左右では真っ二つに裂けた木や火がついて葉が燃えた木が幾つか見られる。

 そして当の敵、橋の上を颯爽と走り剣を構えて向かって来ていた剣士や後続の数人の姿は消え去っており、代わりに崩れ落ちた橋の破片の落ちていく音がパラパラと寂しく聞こえているだけであった。


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