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第24話 再会

「くそっ! 冗談じゃねぇ!」

 避けるべき正面対決に引き込まれ、ジェイクは苦渋の表情のまま剣を振るっていた。

 しかしそれは攻撃というよりも自らに迫る必殺の一撃をいなすための防御であり、一つ受け流す度に一歩ずつ後退してしまう。

 ルークと名乗った敵の剣士は、火が無限に湧き出てくるように燃え続ける刃を縦に横に振り払い、確実に急所を仕留めようとしてくる。

「ぐっ!」

 気を抜けば剣を弾き飛ばされそうになる重い斬撃に加え、触れずとも近づくだけで肌が焼き切れそうな高い熱を誇る火炎は心の奥の恐怖心を煽り、回避のための判断を鈍らせる。

 夜の暗闇の中でルークの炎撃は美しく過激に輝き、ジェイクは常に視界をチカチカと強い光に支配されながらの攻防に気が散り、どうしても押し返す事が出来ない。

「はっ!」

 ルークの気合のこもった声と共にジェイクの脳天へ一際力の乗った一撃が降り下ろされる。

 まともに受け止めれば体勢を崩される、そう判断したジェイクは剣の腹でルークの炎剣を撫でるように攻撃を受け流し、そのまま前へと飛び出して彼の横を走り抜ける。

 追い打ちの薙ぎをかろうじて回避したジェイクが向かった先は、もぬけの殻となった家屋。

「また隠れる気ですか!」

 ルークが剣を軽く振ると、そこから人一人分を包む程の大きさの火球が生み出され、ジェイクを追うように宙を舞う。

「デタラメ過ぎて笑えねぇよ!」

 吐き捨てながら火の球がぶつかる直前で横へ飛んで避け、なんとか家屋の入口に飛び込んだ。

 障害物を隔てる事で絶え間ない攻撃から少しでも時間を置きたいとの判断であり、農奴の目の前で農奴の家ごと潰しには来ないとジェイクは読んでいたが、

「うおっ!?」

 少し前まで彼がいた入口の扉が吹き飛ばされ、爆風の中にルークの姿が浮かび上がる。

「チッ……休ませろよ!」

「観念しなさい!」

 脅威の跳躍で斬りかかってくるルーク、避けれないと悟って剣を盾にするが、爆風を伴ったルークの斬撃に耐え切る事が出来ず、そのまま部屋の奥の壁まで体を吹き飛ばされてしまう。

「ガッ!?」

 ジェイクが背中からぶつかった衝撃で壁がバキバキと音を立てて木片が部屋中に飛び散る。

 背負っていたリュックで少しは衝撃が和らげられたものの背筋に走る痛みは並ではなく、それでもジェイクは歯を食いしばってすかさず追撃しようと接近してくるルークに対応するため両足を地に着け腰を低くする。

「貰いました!」

 勝ちを確信したのか、ルークは炎剣による大振りな突き攻撃を繰り出してくる。

「っ、誰が!」

 痛みで体が思うように動かないジェイクは、回避よりも先に左手を振るう。

「うっ! 何を……!」

 ジェイクの手前まで迫っていたルークは、直後両目をグッと閉じて苦悶する表情を浮かべると、一瞬だけ足を止め攻撃の手を緩めた。

 原因はジェイクが直前に動かした左手から放られた、少量の砂であった。

 ルークの攻撃を回避して家屋に飛び込んだ際に左手で掴んでいたもので、いずれ追いつめられると予想して緊急用の目くらましのために用意していたのが功を奏した。

 目にもろに砂が入ってルークが視界を奪われている間にジェイクは剣を一太刀食らわせようとするが、寸前で感づいたルークは一歩飛び退き回避する。

「あぁ、面倒くさい!」

 一か所に留まったままでは回復したルークの反撃を受けてしまう、ジェイクは追撃を諦めまたもや裏手から外へ飛び出した。

「いたちごっこをする気はありませんよ!」

 すぐさま後を追ってきたルークに対し、油の無くなったランプに剣でヒビを入れ、そのまま投げつける。

 ランプは飛び出してきたルークの足元に落ちて破片が飛び散るが、今度は予期していたらしく、軽々と飛び越されて彼の足止めにはならなかった。

「小細工がお上手ですね」

「強い奴から生き残るための、馬鹿の一つ覚えだ」

 再度距離を置いて向かい合う二人。

 ルークは圧倒的な力で押し切ろうとし、ジェイクは生き残るために防御と離脱に意識を割いている、このままでは交戦しては逃げて追いかけてを永遠に繰り返す事になるだろう。

(……体力的にも向こうが有利だな)

 罠を仕掛けようにもその暇すら与えてくれない、そもそもこういう状況にならないために気付かれる前に仕留めようとしていたのだから、苦戦するのは当然だ。

「っ……」

「立派な敵意ですね」

 と、自分が有利なのは変わらないと知った上で、ルークが余裕の含んだ声を発する。

「能力者である自分を前にしても、恐れを知らない。いくら経験豊富で死ぬ覚悟が出来ている

 兵士でも、僕の力に怖気づかない人は今までいませんでした。あなたは尋常でない心の強さ

 をお持ちのようです」

「覚悟はしてない、死ぬつもりがないからな」

「はは、それは自信と呼んで良いものなのでしょうかね」

「知るか」

 視界の端で、農奴達がとっくに村の反対側にまで避難しているのが確認出来た。彼等を囮に使う事も叶わないこの状況、どう打破すべきか。

(策が見えてこねぇ……!)

 ただでさえ障害物の少ない小さな村の中、今ジェイクの近くにあるのは真っ平な大地と放置されたままの荒れた田畑、身を隠せる家屋はどれも遠い。

 追いつめられた、その言葉が遂にジェイクの頭に浮かんでくる。

 それはつまり、彼の本能が打つ手なしと判断したと証明しているようなものだ。

 ジェイクの額から生ぬるい嫌な汗が流れ落ち、劣勢の抜け道を見出せない自分への苛立ちに歯軋りを鳴らす。

「あなた程の実力と精神力があれば、兵士として真っ当な生き方が出来たかもしれません。更

 生しようとは思わなかったのですか?」

「黙れよ、人の生き方に口出しする気か」

「いいえ。ですが盗賊を続ける事に利益があると、私には思えないのですが」

「……別に。選択肢がなかっただけだ」

 ジェイクは不愉快さを全開にした顔で、低く小さな声で答える。

「貴族が生まれながらに貴族なように、俺は生まれながらに盗賊だった。親がたまたま盗賊

 だったって事だ」

「両親の代から盗賊を?」

「正確には、盗賊の頭領だった父親が気に入って孕ませた女から生まれたのが俺。母親はしば

 らく逃げ隠れてたみたいだが最後は見つかって、それで無理矢理連れてかれた時、俺も一緒

 だった。父親が身勝手でしつこい奴だったっていう、つまらない話だ」

 ルークは何も答えずジェイクを見据えたままだ。返す言葉が思いつかないのだろう。

「だから、お前が言うようにマシな職業に就いてマシな生き方をしようとするためには、人殺

 し集団から逃げるだけの力が必要だった。そんなものは幼い頃の俺にはなかった、俺の母親

 にもだ。これでいいか?」

「……申し訳ありません。僕にはあなたが送ってきた過去がそれほどまでに苛烈なものと想像

 していませんでした」

「そうか、けど大人しく俺に斬られる気にはならないんだろ?」

「当然です」

 きっぱりと告げられ、ジェイクは苦笑する。

「あなたは強い意思の持ち主だ。だから目的のために僕の仲間を殺す事が出来たのでしょう」

「……」

「しかしあなたが僕の戦友を殺した事を許しはしません。ダグとマリーンの仇を討ちます」

 ルークが口にした名は、ジェイクが殺してきた『標的』の二人のものだろう。

 一人はセラーラ川の渓谷にて、もう一人はチサーラ丘陵への道中にある洞窟の中で、それぞれジェイクが手を下した相手だ。

「仇、ねぇ。罪人扱いされるよりは、恰好がつくかもな」

「諦めの知らないあなたを止めるには、あなたを討つしかありません。お覚悟を」

「しないっての。するのはお前を殺すための悪巧みだけだ」

 思いつく限りの策を練り、それが無謀かつ実現不可能に近いものと悟っては切り捨てるのを繰り返す。

 答えの出ないじれったさに苛まれながらも、諦めるという選択肢だけは絶対に考えようとはしない。剣を持つ手の力は緩めず、目を凝らし耳を澄まし突破口を模索する。

「……一つ、聞いていいか?」

 間を開けるために、ジェイクの口からそんな言葉が漏れる。

「何でしょう」

「俺がお前やお前の仲間を殺す理由は、誰かの命を救うためっていったら、どう思う?」

 はい? とルークは面を食らったように素っ頓狂な声を返す。

「いや、気にすんな。気休めだ」

 自分が今こうして超能力を操る化け物と対峙しているのは、ルチルのためだ。

 自分が今こうして命を懸けて戦う事が出来るのは、ルチルのお陰だ。

 強制的に盗賊の一員として生かされてきたジェイクが盗賊でなくなり、やるべき事を見失った彼に、行動の目的を得るきっかけを彼女が与えたのだ。

 ジェイクの体を突き動かしている衝動は、目的を持った事への高揚感。

「結局、恰好つけたいってだけだろ、俺は……!」

 誰かのために必死になる、そんな事で良い気になりたかっただけだ。

 自分の目的のためなら非道の行為も厭わない自分と対照的な、希望が例え微かでも諦めずに自分が苦しむ道を選ぼうとする無謀な彼女だからこそ、ジェイクは協力してきたのだ。

 恐れず、怯まず、退かず、ジェイクはルークよりも早く前へ踏み出す。

 苛烈な炎も、禍々しい輝きも、今の彼を竦ませる脅威にはならない。

 いつもよりも大きく強烈に剣を振りかぶったのは、秘めていた感情を曝け出したからだろう。

 希望の少ないルチルの望みを途絶えさせないためにルークを討つという、強い感情に突き動かされるように、ジェイクは体の中にある力全てを絞り出して、確固な殺意と化した。

「待ってぇぇぇぇぇぇ!」

 そうして炎剣を振りかざす敵と相まみえる寸前、夜の村に喉を切らすような少女の大声が降り注いできた。

「っ!」

「何ですっ!?」

 ジェイクとルークは足を踏み出すのを止め、元いた位置へ飛び退いた後、夜空を見上げる。

 そして目に映ったのは、暗い夜空に同化して目視しづらい、縦に横に大きい鳥のような生き物が羽ばたきながらこちらへ近づいてくる姿だった。

 耳に聞こえてきた叫び声の主、それを見つけようとジェイクは目を凝らし、やがて見つける。

「……ルチル!」

 声の主を自らの目で確認して、ジェイクは驚きと困惑と、僅かながらの興奮という複数の感情が熱となって沸騰してくるのを感じた。

(なぜあいつがここに……てか、なんであんなでかい鳥に……)  

 視界に小さく映ったのは、確かにジェイクの知るルチルという少女だ。見間違いなどではなく、月光に照らされた短い金色の髪と質素な服装、小さく華奢な体つきとつい先日まで常に見てきた可愛らしい顔立ちは、まさしく彼女のものだ。

 彼女はなぜか、人間より何倍も大きい体を持つ怪鳥の、木の幹のように太い鉤爪に包まれるように動きの自由を封じられている。

「まさか……サブリナさん!?」

 ルークもまた驚きの表情を浮かべながら、聞き慣れない言葉を口にする。

「サブリナ? ……あの鳥の名前か?」

「いえ……その、僕の仲間です。正確には、あそこにはいないですが……あそこに見える方は、

 お知り合いですか?」

 よく分からない事を述べたルークが、今度はジェイクに尋ね返してくる。

「ん、あぁ……俺の主だ」

 ルークもまたジェイクの言葉に首を傾げているが、今は気にしている場合ではない。

 怪鳥は規格外の大きさの翼を羽ばたかせ、にしては比較的静かにゆったりと、爪で捕えているルチルが潰れないよう器用に村のど真ん中に降り立った。

「はぁ~いお二人さん、ちょっと待ってね~」

 そこへ、ルチルのものとは違う大人びた女性の声が聞こえてきた。

 気のせいか、鳥の口の動きに合わせて声がしたような気がしたが……。

「サブリナさん、これは一体どういう事です? 周辺の警戒を任せていた筈ですが……」

「ちょ~っと思いついちゃったからぁ、交渉しようと思ったのよぉ」

「交渉、ですか?」

 そぉ、と緩い声はするものの、サブリナと呼ばれたルークの仲間の女の姿は見当たらない。

 代わりに、その声に沿うようにして大きな鳥の首がこちらを向いてきた。

 おそらくこれもまた超能力か何かのデタラメなものによるものなのだろうと思い、警戒を強めるジェイク。

 怪鳥と目が合うと、サブリナのほくそ笑むような声が微かに聞こえた気がして、その直後鳥の嘴が動くと共に、こんな言葉が放たれる。

「そこの彼と、私達が仲直り出来ないか、っていう交渉をしようと思ってるのよねぇ」


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