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第23話 英雄の誇り

「無事ですか!? 皆さん!」

 襲撃者の少年を探しながら、ルークは保護した農奴達が眠る家屋を一軒一軒、急いで訪ねて回っていた。

「がああっ……あぁ、ルークさん! 助けてくださいっ……足が……!」

 部屋の中央に並べられた布団の一つの上で、農奴の中年の男が苦しみの滲んだ声で助けを求めてくる。

 見れば横たわる男の右足に、剣で一閃されたような傷跡がくっきりとある。

「これは誰にやられました、剣を持った少年ではなかったですか!?」

 近くに放置されていた古着を使って止血をしながら、怪我人の男と周りであたふた動揺して突っ立っている他の農奴達に尋ねる。

「は、はい! 裏手から逃げていきました!」

「っ、皆さんはじっとしていてください。あの人は僕が……!」

 敵を追うために裏口へ駈け出すルークだったが、外へ飛び出す直前で急に立ち止まる。

 足を引っかけるための細い縄が裏口の両端に蔦を使って張られており、前のめりに倒れるところを狙ったように粉々になった刺々しい木片が地面に散らばっていたのだ。

「くそ、馬鹿にしてくれますね……!」

 苛立ちを募らせた声をルークが漏らしたその時、表の入り口の方向からビュッと鋭く風を割く音が鳴る。

 反応して振り向いたルークの左頬を音の正体が掠めて、カランと音を立てて床へと落ちた。

 それはこの建物で使われていたであろう、小さく年季の入った包丁だった。

 頬の傷から流れる血を左手の甲で拭いながら、ルークは攻撃を仕掛けた者へ視線を向ける。

「僕が狙いならば僕だけを狙いなさい! 襲撃者!」

「フン、それじゃお前には勝てないんだよ。だからこうして工夫してる」

 リュックを背負って入口に仁王立ちする襲撃者の少年、自称盗賊の彼は武器である剣を腰の鞘に収めたまま、再びルークの前から逃げるように駆け出す。

「待ちなさい!」

 ルークも彼を追いかけ外へ飛び出す。

 荷物を背負っているにも拘わらず敵の少年は思いの外足が早い。中々距離を縮められないうちに、少年が燃えた家から逃げ出した農奴達へ進路を変えるのが見えた。

「ええい、これ以上好きにはさせません!」

 歯を食いしばると、ルークは手にした剣に炎を生み出す。

 彼の能力である発火現象は、彼の意思に呼応するように発生し、感情が強ければその分だけ苛烈に燃え上がる。

 なので、農奴達に手は出させないという単純かつ明快な意思をそのまま変換させた炎の威力は凄まじく、軽く振るわれた剣の先端から炎が蛇のようにうねって少年を背後から急襲する。

 少年は予想外の攻撃に驚きながらも、横へ飛び退いてなんとかそれを回避してみせた。

 大量の火炎はそのまま地面へ叩きつけられ、盛大に全方位に飛び散りながら光を放った後、夜の闇の中へ消えた。

 少年の足が止まっているうちに接近し、取り押さえるために今度は小さな火球を数個撃ち放つルーク。

 またも直撃は避けられてしまったが、その間に彼の前方に回り込んで農奴達への進路を遮る事には成功した。

「農奴の皆さんを攻撃したところで、僕を倒すというあなたの目的は果たせない筈では?」

「お前を殺すために、利用出来るものを利用してんだよ」

「野蛮です。まるで人の命への尊重が感じられない、僕の命を奪うための道具のようにしか見

 ていないのですか!?」

「その通りだ、俺は盗賊だからな。人を殺して生きてきたんだからよ」

 踏み込んで剣が届くか否かという間合いを挟んで、二人は睨み合う。

「僕に懸賞金でも賭けられているのかどうか分かりはしませんが、お金のために人の命を顧み

 ないのは愚かで非人道的です!」

「ハッ、馬鹿言ってんじゃねぇよ。食い物か女か金かで動くのが人ってもんさ」

「理屈を並べても正当化などされません。あなたの考え方は法や倫理の存在しない、あまりに

 古いものです」

「余計に人間らしい気がするんだが……まぁ欲に忠実なら、こんな無謀な事はしてないよな」

 何かぼそぼそと語尾を細めて少年は喋っていたが、ルークの耳には届かない。

「僕の戦友を殺し、自国の民をも目的のために手にかける事を厭わない、そんな非道のどこが

 人間らしいというのです!」

「そりゃお前の主観だ。俺のやってきた醜い人殺しも、誰かにとっては希望の攻撃に思えてる

 もんだぜ」

「何を偉そうに……!」

「誰もがお前等の強さに喜んでいると思うなよ」

 表情は変わらないが、少年の声色に凄みが増すのをルークは察知し、眉間の皺を深くする。

「お前が帝国兵を殺すのは、奪われた土地を取り返すためだったな」

「……それが何か」

「んじゃあ、もし全部の土地を取り返したら、もうそのインチキな能力は使わないのか?」

 少年に言われてルークはグッと息を呑む。

 王国の土地を帝国から全て取り返した後、奪還戦争が終わった後をどうするかと彼は言っているのだろう。

 彼の住んでいた村が帝国軍に襲われた時に能力が覚醒し返り討ちにした、それがルークが軍に入るきっかけであった。

 その後、王国軍に能力を見込まれ悪しき帝国軍を追い返す英雄の一人として戦い続け、勝ち続けてきた。

 ただの人間相手に遅れを取る事は一度もなく、いつも当たり前のように勝ち、帝国の脅威から救った民には感謝され、王国軍からは称賛された。

 王国の英雄としての生き方に慣れたルークという能力者は、常に帝国という悪を挫く事を求められ、成し遂げてきた人間だ。王国のために力を駆使し、敵を殺して殺して殺し尽くした。

 なら、その悪である帝国がもし無くなったなら、ルークは自身の持つ異質な力を何に使うのだろうか。

「お前の炎を操る力ってのは、『王国の敵を倒すための力』っていう付加価値がある。けどそ

 れがなくなったら、焼き払える敵がいなくなったらそれはただの凶器でしかない」

「……悪事に利用などする筈ないでしょう!」

「関係ない。お前の力は敵を討つものである以前に、人の命を奪うものだ。剣や弓矢と同じ、

 人殺しの武器だ」

 言語道断だと一蹴したかったのに、反論の言葉がルークの口から出てこなかった。

「何が言いたいのです……!」

「同じってだけだ。俺もお前も、違いは大義名分があるかないかだけで、やってる事は同じ殺

 人、自分の持つ力を自分の目的のために使って人の命を奪おうとしている」

「違います!」

 ルークは今度こそはっきりと否定する。

 だがそれは、このまま少年の自論を聞いていれば、盗賊の戯言を本気で受け止めてしまいそうな気がして、危機感を拭うために咄嗟に取った言動に過ぎなかった。

「僕は……人殺しを望んでなどいません! 王国の民を、悪に虐げられている者達を救うため

 に力を使おうと決めているのです!」

「なら、その力がなかったら、軍人として帝国軍と戦えたか?」

「っ……それは」

 ルークが軍に入るきっかけは、能力が覚醒して敵を蹴散らす実力を持っていると自他共に認めたからだ。

 自分の力で誰かが助かり、誰かに感謝されるのが嬉しかった。

 それも全て、炎を自在に操るという能力によって得られるものだ。

 もしその力を持っていなかったら、自分は同じように帝国軍に立ち向かおうだなんて思えただろうか。顔も知らない人を救うために命を張って戦えただろうか。

 敵を圧倒する力を持っていないにも関わらず、いつ死ぬかどうかも分からない戦場に臨めただろうか。

「敵を倒す事で自分が英雄としての安定した立場が確保出来るからこそ、誰かのためになんて

 言えるんだ。それは自分に利益がもたらされるのが前提の、綺麗事でしかない」

「……はは、言い切りますね。そんなの、あなたの主観ではないですか」

「そうだ、あくまで俺個人の意見だ。絶対そうだと言っている訳じゃない。お前にとっての俺

 の行為も、それと変わらないとは思わないか?」

「他人を巻き込んでも、目的のために行っているというのなら、絶対悪とは呼べないと?」

「っていうより、そういう議論してても無駄だって事だ。だからなんと言われようと、俺はお

 前を殺すのを止めない」

 なぜこの少年は、決して有利な状況ではないというのに、ここまで揺るぎない敵意をこちらに向ける事が出来るのか。

 今まで数千数万もの敵と対峙してきたルークだが、目の前にいる盗賊の少年の持つ自分への敵対心は経験した事のない確固としたものであり、見えない圧力をひしひしと感じる。 

 この敵は微塵も退く気がなければ、自分に返り討ちにされる不安も持ち合わせていない。

 自分が勝って当然だと信じ、自分が勝つべきだと信じて疑っていないのだ。

 そんな心の乱れの感じない敵を前に、圧倒的に実力差があるのは分かっているのに、ルークの心と体は恐怖を感じ取っていた。

 戦場で出会った敵は皆、自分の力を知っていて端から勝つ気などなかった。故に士気も高くなければ、戦と呼べる程対等な戦闘に発展する事もなかった。

 だからこそ、ルークは慣れていなかったのだ。

 かつて発火の能力が身に宿ったきっかけとなった、生まれ育った村への帝国軍の襲撃、あの時まだごく普通の村民でしかなかった彼が敵の進軍を目の当たりにして覚えた、命の危機。

 あの時以来、この能力を得てからは初めて感じた、純粋なる死への恐怖に。

「……僕は」

 声が上擦るのが自分でも分かった。手にする剣が小刻みに震えているのが分かった。自分が盗賊の少年一人に、強敵でもない相手に怯えているのが分かった。

 歯を食いしばり、必死で体の震えを抑えようとするルーク。

「ルークさん! 負けないでください!」

 そんなルークの混濁する意識に割り込むように、遠くからとある人物の声が聞こえてきた。

 声がした方向にいたのは、各家屋から飛び出し、襲撃者と対するルークの動向を見守る保護した農奴達。

「ルークさんなら勝てます!」

「自分達の事は気にしないで!」

「そんな奴、蹴散らしちゃって!」

 各々がルークを応援する言葉を叫び、彼を鼓舞しようとしていたのだ。

 見れば殆どの農奴が家屋から出て一か所に集まり、盗賊の少年から離れた位置まで避難しているらしかった。中には建物内にあった包丁や農具などを持ち、微かだが襲撃者に向けて敵意を露わにしている者もいる。

「皆さんはもっと遠くへ避難を! 近寄ると危険です!」

 少年が農奴達へ関心を向けないよう危惧して叫ぶルークだったが、

「今まで守ってもらっていたのに、自分達だけ逃げるなんて出来ないです!」

「私達はルーク様に保護されました、危険だとしてもルーク様と共にいます!」

 農奴達は皆、ルークを置いて安全圏へ逃げる事とは出来ないと、もし敵が迫ってきても立ち向かう覚悟を抱いているようだ。

「……っ」

 ルークはその光景に一度口元を食いしばってから、そしてゆっくり深呼吸する。

 彼もまた辺境の村で生まれ育った人間だ。

 たまたま火炎を操る力が目覚めたからこうして軍人として戦っているのであって、本当なら彼等と同じように山間に住む名も知れぬ者の一人でしかなかったのかもしれない。

 だからこそ地位の低い人間が奴隷として扱われ、戦の先頭に駆り出されているのを見逃せなかった。

 進軍の足枷になるのを承知で多くの農奴を保護してきた、それは自己満足の厚意と言われても仕方がない。任務には含まれていない農奴の保護をしている間に、同じ部隊の仲間を失ってしまったのだから、本末転倒だ。

「……議論は無駄、ですか」

 刃に映る自らの顔を眺めた後、ルークは視線をジェイクへと向け直す。

「確かに、あなたは僕の行動を非難はしませんでしたね。僕が僕のしてきた事に疑念を抱いて 

 きた、ただそれだけの事でした」

「……」

「ですが、やはり僕は農奴の皆さんを保護してきた事を後悔はしません。僕の部隊の任務は王

 国領土奪還、帝国の人間全ての殲滅ではないのですから」

「フン、上手い理屈だな」

 それで結構です、とルークは剣に朱色の火炎を纏わせて、その灯りに照らされながら言葉を続ける。

「僕もまた、僕のしたいように今まで行動してきたに過ぎません。力を使って戦に参加してく

 れと言われ、見返りがあるから応じました。農奴の皆さんを戦から解放したくて、自ら保護

 しました。ただそれだけの事だったんですね」

 独り言のようなルークの呟きに、盗賊の少年は無言で耳を傾けている。

「そして、これは表に出すべきではないと思っていましたが……今の僕はもう一つ、したい事

 があります」

「ハッ、何だ?」

「……仲間の仇を討つ事です」

 今まで任務への責任から胸の奥に抑え込んでいた感情をようやく受け入れ、ルークの心は見えない枷が外れた解放感に満たされる。

 純粋且つ苛烈な、仲間を殺した相手への恨みという感情。

 それに促されるように、ルークは敵意を研ぎ澄まし、燃え滾る炎剣を頭の高さに構える。

「身勝手だな」

「君に言われたくはないですが、否定はしません。僕は自分に正直になります」

 その時のルークの眼は、彼自身でも分かるような明確な殺意に染まっていた。

 だが激情に支配されている訳ではない、憎しみという過激な感情を戦闘に必要な感覚や力に変換するために、精神は水を打ったかのように静寂に包まれていた。

「あなたを斬る、今はそれしか考えません!」

 高らかに宣言し、ルークは自らの敵であり、何より仲間の仇である襲撃者を見据える。

 相手も臆する事なく、冷たく鋭利な殺意を抱いたまま、斬りかかる準備を整えている。

「僕の名はルーク、命のやり取りをするのなら、名乗るくらいの礼儀に応じてくれても良いの

 ではないですか?」

「……盗賊の名なんて価値はないと思うが」

「僕はあなたを盗賊ではなく、斬るべき仇として捉えています。是非教えていただけると嬉し

 いのですが」

「……ジェイク」

 襲撃者の少年はそう名乗り、剣の切っ先をゆらりと揺らす。

 ルークもそれに応えるように、一度小さく息を吐く。

 それから少しの間を置いて、二人は互いに一歩踏み出し剣を振り払った。

 ルークの剣に迸る炎の猛りは、ルークの心に渦巻く感情の投影。

 怒りと恨みと、国の勝利のため民を守るための使命感、全てが混じり合って殺意となり、無駄のない全力の攻撃に昇華される。

 辺境の地、名もない寒村の中央にて、ルークは隠しきっていた感情を爆発させる。

 幾万もの帝国兵を焼き払い、幾万もの王国民を救ってきた男の、使命感から解放された本来の戦いぶりが、そこにはあった。


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