第22話 彼の元へ
「王国軍に、ジェイクを!?」
ルチルが裏返った声を漏らして驚いたのは、地上から遥かに上で夜の空を羽ばたく巨大な怪鳥の、分厚く硬い鉤爪の中でだった。
彼女は今、丸太のように太い鳥の爪に立ったままの状態で、包まれるように締め付けられるように身動きを封じられ、夜の静寂に支配された山や大地を眼下に抵抗出来ずにただただ運ばれていた。
といっても抵抗すればなんとか隙間から抜け出せそうなのだが、それは地上への落下を意味するため実行に移せない。
「王国軍にとって、私達みたいな能力者は貴重なのよぉ? 戦力としてもそうだし、雑兵達の
戦意高揚や国民の戦への恐怖の緩和のための良い広告塔みたいなものでもあるのよぉ。君の
ナイト様は王国軍快進撃の象徴を二人も殺したの、彼も能力者って訳じゃないのにねぇ?」
「……手段を選ばないってところが、能力かも」
ルチルの返答に、鳥の口から『標的』の一味である女のくすくすとした笑い声が漏れる。
ちなみに彼女曰く、『標的』とルチル達が呼んできた集団は帝国領侵攻作戦に於いて各方面に投入された超能力者による先遣隊の一つらしく、隊長の名を冠したルーク隊という名称があるようだが、ルチルにとってはあくまで村の皆を助ける目的の上で倒すべき相手なのは変わらないので『標的』と呼び続ける事にした。
「そぉ、その手段を選ばない彼は、二人の能力者を殺した。それは常識を覆す力無しで、常識
を覆す超人を倒すだけの何かを持っているという事になると思うのぉ」
「何かって?」
「君は彼がどうやって私の仲間を殺したか、見てないのぉ?」
「……見たけど」
「その時の殺し方は、真正面からぶつかっての一騎打ちとかじゃない筈よねぇ? 普通の人間
に正面からの勝負で負ける程、王国の英雄は情けない訳ないものぉ」
確かに、ジェイクは『標的』の人間に真っ向から勝負を挑む愚策は取らなかった。
相手が常軌を逸した能力を有しているからこそ、ジェイクは相手を観察し、罠の設置や相手を煽って冷静さを欠かせるなどの小技を駆使し『標的』を仕留めてきた。
その際にダグという剣士を孤立させるために『標的』が保護していた農奴を盗賊に襲わせたり、必要な道具や馬を遭遇した人間から奪うなど他人を巻き込んだ乱暴な方法ではあったが、それら全て彼が『標的』を倒すために必要な行動だった。
能力者相手に勝つための、最低限必要な方法を、彼は探して実行したのだ。
「彼は君のナイト様をしてるみたいだけど、傭兵か何かかしらぁ?」
「……協力者よ。一時的な」
「へぇ、一時的ねぇ。にしてはかなりのゾッコンぶりよねぇ? 今も君のために私達を殺そう
としているんだからぁ」
そう、彼女の言うとおりならば、ジェイクはまだ『標的』を殺す事を諦めていない。
協力関係を保っていてくれていると、最初は嬉しさも感じたルチルだったが、それ以上に想像したくない結果が現実味を増した事に恐怖を感じていた。
「私達の部隊、もう私と隊長のルークって子しかいないのよねぇ。でもルークの強さは、正直
言って桁違いよぉ? 能力だけならマリーンちゃんの方が上だけどぉ、ルークは剣技とか思
い切りとか冷静さとか、色々含めて純粋に強いわよぉ?」
「っ、だから何だって言うのよ」
「だからぁ、頭の良さと勢いでなんとかなる相手じゃないって事よぉ」
そう言われたルチルの背筋に、ザラザラとした冷たい感触が駆け抜けていく。
あのマリーンも相当強力な能力を乱用した危険な人間だった、ジェイクも即死を免れない攻撃を紙一重で避け続け、有利な立場にいると油断していたマリーンの隙を突いて仕留める事が出来たが、苦しい戦闘には変わりなかった。劣勢ながらも、命のやり取りでは辛くもジェイクに勝利が舞い込んだ、そんなギリギリな展開だった。
だが『標的』の生き残り、ルークという名の炎を操る剣士はそれよりも格上だと女は言う。
ハッタリかもしれないが、化け物じみた能力者を統べる隊長を任せられているのなら、それにふさわしい実力を持っていたとしても不思議ではない。
自分より遥かに賢く強いジェイクといえども、今度ばかりは勝てないかもしれない、そんな不安がどんどんルチルの心の中で増殖していく。
「勝てない戦をさせるよりは、もっとマシな生き方した方が良いと思うのよねぇ。彼はみすぼ
らしい格好でお金持ってなさそうだし、またとない就職の機会だと思うけどぉ?」
「っ……あんた達の味方になれって事ね」
帝国民としての誇りなど微塵も持ち合わせていないが、自分達を苦しめウイナ達を殺した者達の仲間にジェイクが入る事を想像すると、とてつもない嫌悪感に襲われて顔が歪むルチル。
「彼は逸材よぉ? 才能は無くても敵を討ち倒す不屈の精神は兵士達の模範にもなるし、戦力
としても戦略家としても素質はあると思うのぉ」
「そんなの、あんた一人が決めて良いの?」
「決定じゃなくて推薦だけどねぇ、私は結構軍でも顔が知れているし、可能性は十分あるわ
よぉ? 今のところ、超能力者の部隊で戦死者が確認されてるのは私の部隊だけみたいだし
ねぇ。唯一王国の英雄が煮え湯を飲まされた相手が味方になるんだから、こっちには利益し
かないと思うんだけどぉ」
「……っ、その話をジェイクとするために、私をどうするつもり」
「彼がすんなりこっちについてくれれば良し、くれないなら君がこっちの手中にある事を教え
てあげようと思ってねぇ。彼、ジェイク君って言うんだっけぇ? 君のために命を張る一途
な子みたいだしぃ?」
つまりは交渉材料、人質って事ね、とルチルは小さな溜息を漏らす。
ジェイクは自分にとって不利益な行動はしない人間だ。もし『標的』、もとい王国軍が本当に彼を味方に迎え入れるのだとしたら、彼にとってこれほど美味しい話はないだろう。
帝国では盗賊として罪人として処刑されるために追われる身分でしかない、この国の中にいては彼に安住の時は訪れないと言っていい。
だが王国ならば、能力者を殺す程の力を持つ戦力として認めてくれる国ならば、彼はまだマシな生活を送る事が出来る筈だ。
帝国の身分階級の底辺と王国の戦力の一部、身の安全を考えれば無論後者を選ぶべきだろう。
「……いいんじゃないの、別に」
自然と、口から本音が漏れていた。
「んん? 未練はないのぉ?」
「だって、あいつは本来もう自由の身よ。どうしようとあいつの勝手、だもの」
自分で言っておきながら、言葉を詰まらせてしまった事を悔いる。
もう彼に頼ってはいけないと思いつつ、心のどこかで彼の助けを求めているのを現しているように思えたから。
「まぁ賢明な判断よねぇ。君も危険な事からは手を引いて、身を隠して生きた方が良いと思う
わよぉ?」
頭ではとっくに理解してはいるが、苦虫を噛み潰したような気持ち悪いさがなくならない。
「じゃあ終わるまでじっとしててねぇ、君は人質として捕まってるだけでいいんだからぁ」
言われれば言われる程、苛立ちと共にジェイクの口にしていた言葉が頭に浮かぶ。
「……どんな手段を使っても、自分の思い通りの結果に繋がれば良いのよね」
「ん~?」
「っ、なんでもないわよ、とっととあいつのところへ連れてって。あいつが手に入ったなら私
は自由にしてよね」
一度唾を飲み込んでから、ルチルは囚われの身でありながら素っ気なく指図する。
「心配しなくても解放してあげるわぁ。何なら一緒に王国に寝返るかしらぁ?」
「生憎だけど、私はこの国から出るつもりはないから」
残念ねぇ、と面白そうに笑うと、女はそれきり声を発しはしなかった。
ルチルも押し黙り、眼下に広がる夜の地上を眺める。
(……私にも、出来る事はある)
ルチルは『標的』の女がジェイクを王国軍に引き込むための交渉に使う材料。
まだ自分にも、何かのために利用される価値があるという意味だと、ルチルは解釈する。
その価値に、希望を見出した。
自分が生き残るためではなく、自分の願いを叶える可能性を引き上げるための希望を。
チサーラ丘陵では手探り状態で浮足立っていた彼女の目に、生気が強まる。
それは彼女を知る人が見たならば、彼女が今までにない強く揺るぎない意思と覚悟を抱いていると感じるものだったであろう。




