第21話 夜の決戦
夜、人が立ち入る事のない山林は月光以外に明かりらしいものはなく、生い茂る草木は闇夜の黒色に染められて不気味さを増していた。
そんなろくに足下もはっきりと確認出来ない夜の山の中を、ジェイクは重いリュックと剣を背負って駆け抜けていた。
洞窟で王国兵である『標的』の一人、様々な超常現象を操る少女マリーンとの戦闘の後、帝国軍のグード隊に彼等の仲間のウイナを殺そうとしたところを見られ、その場から逃走した。
ルチルがジェイクの仲間だと知られれば、ルチルもグード隊に敵として認識されるだろう、だからジェイクは彼女に危害を加えて敵対している事を見せてから逃げ出した。
グード隊の兵士数人が死に、仮にも兄妹のフリをしていた以上、全てジェイクが悪くルチルは巻き込まれただけ、と都合良く解釈してもらえたかは不明だが、逃げる直前にウイナが見せた表情から、彼女はジェイクの魂胆を見抜いていたように思えた。
何にせよ、もう戻る事は出来ない。
敵対者として顔が割れた以上、ルチルの傍にいる訳にはいかないからだ。
とにかく走って走って、走り続けた。
夜を迎えるまでは逃げるために、夜が明けてからはある人物を探すために、人が通るべきでない野山を突っ切り、足が疲労で鉄のように重く固くなっても止まりはしなかった。
探している人物がどこにいるのか、どこに向かっているのかを予測した上で、その人物がいそうな所を手当たり次第に探し尽くした。
そうしてルチルと袂を分かってから迎えた二回目の晩、ようやく彼の足が休まる時が訪れた。
「っ……はっ……くそ、寄り道し過ぎだろ」
彼が探していた、『標的』の一人である剣を持った少年は、ジェイクが身を潜める山の麓に存在する質素な村にその姿があった。
暗闇の中で灯っていた焚き火やランプの光がぽつぽつと消えていくのは、村にいる人間達が眠りに就いたからだろう。
ここはレチオンに近い地域で、チサーラ丘陵とは距離が離れている。ジェイクがグード隊と遭遇し一晩共に過ごした宿屋より若干北上した位の地点であり、『標的』が二日間進み続けたにしてはあまりに遅いものであった。
理由ははっきりとは分からないが、『標的』は帝国の農奴達を保護している。そのせいで進軍速度が遅くなっているのだろう。
現在村に滞在しているのも、保護した農奴達が以前住んでいた村落なのだろう。
「さて、奇襲するにはこれ以上ない頃合いだが……」
さすがに疲れた、逃げる際に食料や水をリュックに詰めたまま持ってきたため空腹に苦しむ事はなかったが、ただただ疲れが限界に達していた。
足先が、足首が、ふくらはぎが、太ももが、溜りに溜まった疲労で激痛を伴い、体を支えるために両足で立っているという行為すら辛く感じてしまう。
木陰に尻餅をつき、べとべとに粘りついた顔面の汗を腕で拭って口から熱い息を吐き出してから、ジェイクは久しぶりに体を休ませる。
「なーにやってんだろうなぁ、俺は」
もう、ルチルと行動を共にする事はない。
ジェイクは本来盗賊であり罪人であり処刑人だ、その顔が軍の人間にも知られた以上、彼女との協力関係なんかとっとと放棄して、何も考えずひたすら遠くまで逃げてしまえばいい。
そもそも、レチオンの街から抜け出した時点でルチルを見捨てておけば良かったのだ。
ルチルの持つ資産が欲しいなら、その場で奪い取っておけば良かったし、その気になれば一人でもレチオンを抜け出せた。
なのに、彼は彼女へ協力する事にして、今まで命を張ってきた。
今考えてみればおかしい話だ、ジェイクは自らがしてき行動を思い返し、整理する。
あの少女は農奴であり、身分は低く金も持たず世間知らずだった。帝国人の階級の底辺に位置するという点では似た者同士だったが、決定的に違う点も存在した。
ルチルは自分だけが生き延びるよりも、他の人間の身を案じるような人間だ。父が隠した金を使ってひっそりと生きる道を選ばなかったのだから、余程の馬鹿だとジェイクは思った。
一方のジェイクは自分だけが生きるために行動してきた人間だ、ルチルとは人格を構成する根本的な部分が違う。
彼女の秘めた、良心的な空気のようなものをジェイクの心身は寄せ付けない。
最初から分かっていた筈なのに、強制された訳でもないのに、彼は彼女に協力していた。
(やる事がなかったから、ってのもあるか)
盗賊仲間は皆死に、弱者から搾取する事も一人では手間がかかって骨も折れる。少なくともレチオン周辺の軍には盗賊ジェイクの顔は知られていただろう。
だから生きるためには逃げるしかなかった、ただ社会の中に溶け込むように隠れるしか。
そんな選択肢しか残っていない時に、ルチルに協力を持ちかけられた。
ルチルの持つ資産はたかが知れていたし、彼女の願いを叶える苦労の見返りにしてはあまりに少ない。
それでも彼女と行動を共にし、彼女の願いを叶えるために強力な超能力を使う敵の化け物を相手にしてまで奮闘した。
割に合わない苦労なのに、途中で投げ出そうと思わなかったのは、
「……群れてないとダメなのかもな、俺は」
情けない、と溜め息を漏らしていると、頬に冷たい感覚を感じてジェイクは視線を上げる。
夜の空をさらに黒く染め上げるように、どんよりとした雲が多く頭上に集まり出していた。
「思いの外遅かったな」
日が沈む前から空模様は芳しくなかった、山の天気は変わりやすい以上いつ降り出してもおかしくないとジェイクは思っていた。
そして雨が降り出した今こそ、ジェイクの目的を果たすために打って出るまたとない機会でもあったのだ。
夜というだけで視界が効かない状況で、降雨が重なる事で聴覚の点でも相手に気付かれる可能性が低くなる。遠くからでも敵を見つけ出す力なんてデタラメなものがあるなら話は別だが、確実に敵を仕留めるには単純かつ最適な行動選択だろう。
崖同然の斜面を滑り降り、服を泥塗れにしながら麓の村まで近づき、四つん這いに近い体勢で草木の合間に身を隠し、様子を伺う。
案の定農奴達は皆建物の中にいるらしく、人の姿のない村は閑散としている。
山中で生きてきた事で鍛えられた夜目を凝らし、目的の人物がどこにいるかを探る。
「……どこにいる」
圧倒的な力を持っているとはいえ、『標的』にとってここは帝国のど真ん中。無警戒で眠りに就くとは思えない。
加えて彼等はジェイクが数日前に目撃した頃に比べて人数が減っている。
言うまでもなく、その数を減らした原因はジェイク自身だ。
単身でも兵士の大軍を蹴散らす桁違いの力を持っているとはいえ、味方の人数が少なくなる事はそのまま戦力が減る事を意味する。
ジェイクの知る限り、『標的』の人数は三人。その内二人はジェイクが自らの手で葬った。
つまり残る『標的』は一人、帝国軍を蹂躙し続けてきた王国軍の超能力者も、着実に弱体化しているのだ。
(……いや、待て)
そこでジェイクはある場面を思い出し、表情を曇らせた。
グード隊と一度別れた直後、鹿の姿に偽装したライオンに襲われ、ルチルを連れ去られた。
あの後ルチルが『標的』の一人のマリーンに捉えられていた事を考えると、あのライオンの襲撃も彼等の仕業によるものだろう。
だが洞窟で交戦した際には、マリーンはライオンを使役するような力は使用してこなかった。
単なる気まぐれだったのかもしれないが、何かがジェイクの胸に引っかかる。
そう疑心を抱き、思案に意識を割いていたせいだろうか。
「っ!」
決して遠くない距離から、何者かによる眼光が自らに向けられている事に気付くのに遅れてしまった。
触手のように地面から生える草の根を薙ぎ払うようにして、ぬぅっと巨大な影が眼前に飛び出してくる。身を隠そうと思ったが、ソレが明らかに自分に向かってきていると気づいたジェイクはすぐさま迎え撃つ事を選択した。
剣を手に取りながら、近づいてきたものの姿を確認してジェイクの表情が露骨に歪む。
ソレは人間より数倍の大きさはある四本足の肉食獣で、獰猛な牙を覗かせて見る者の腰を竦ませるような睨みを効かせて猛進してくる。
「ぐっ!」
強烈な腕力で振るわれた爪を、体を翻してギリギリで回避し、剣を両手で振り払って獣の首元を一閃する。
鮮血を雨でぬかるんだ地面に散らして動きを鈍らせる獣に、もう一撃加えようと腕を動かすジェイクだったが、
「っ、逃げた?」
敵意を剥き出しにしていた猛獣は、背を向けて草木の向こうへあっさり逃げていく。
「……やっぱり、もう一人いるな」
ライオンと比べると一回り小さく、容姿は狼に近かったが、体の各所の形状の異様さからやはり自然界に存在する野生の動物ではない。
となると余計に、異能を操る『標的』の人間によるものだと考えられる。
「察知されたか」
だとすれば今の獣は見張りでもしていたのだろう、そう考えたジェイクはしくじったと顔をしかめる。
出来得る限り腰を低くし、四つん這い同然の形で息を殺しながら、やがて村の建物の一つに近づき陰に背を預ける。
静寂というよりは虚しさに包まれた村落は、本当に人がいるのかと疑いたくなるくらいに静かであった。
耳を澄ませば建物の中で会話する農奴と思われる人間の声が微かにするが、雨の音に掻き消されて何を言っているのかは聞き取れない。村のどこかにいるであろう『標的』の一人の所在を探るため意識を研ぎ澄まし、目や耳で何か違和感がないかを探る。
炎を自在に生み出し操る、彼等の中では隊長格らしき少年。
何人もの人間を一瞬で焼き殺せる強力な能力者と、真正面からぶつかる訳にはいかない。
足音を潜めて幾つかの家屋の様子を確認ところで、ジェイクは遠方の建物の屋根の上に立つ人影らしきものが見えた気がして、家屋の陰越しに伺う。
頭はせわしなく左右に動いて辺りを見回しているようで、腰には太く長い剣らしきものも確認出来る。農奴に見張りを任せているようには見えない、ならばあの人影こそジェイクが探していた人物の可能性が高い。
(……一撃で決めないとな)
不意打ちは、二度は出来ない。
そしてあの超能力者を仕留め損ねるという事は、自分への反撃が待っているという事だ。
人の体を一瞬で消し炭に変えてしまうような威力の炎に襲われれば万事休す、実力では桁違いに向こうの方が上なのだから。
ただあの位置にいるとこちらの攻撃が届きにくい。雨音が常に聞こえる状況とはいえ年季の入った木で出来た屋根に上って背後に近づくまで音を全く出さずにいられるとは思えず、かといって残った矢を投擲したところでこの暗闇の中直撃させられるかどうかも怪しい。
まだ動く時ではない、そう感じてただ黙視するジェイクだったが、
「……ん」
その矢先、屋根の上に立つ人影が突如橙色の火の粉に包まれたかと思うと、一度瞬きする間には風に吹かれるようにして消えてしまっていた。
何が起こったのか分からなかったジェイクは、それが超常現象であると理解した瞬間、背筋を冷たいものが這い上がってくるのを感じた。
「しまっ……!」
続けて彼が感じ取ったのは、肌に触れる雨で冷えていた大気の温度が肌がヒリヒリするくらいに急激に高まっていく異変であった。
それが背後で起きていると気づいて反射的に飛び退きながら、剣を抜いて体の向きを反転させるジェイク。
「……感の良い侵入者ですね」
対峙するように彼の傍に突如現れたのは、おそらくは先程まで遠くの屋根の上に姿が見えていた筈の、長剣を手にした少年であった。
王国軍の象徴でもある青と黒の色合いの服と肉厚の刃を持つ剣、そして若いながらも落ち着き払った雰囲気と淀みのない眼光は、カーセム城塞付近で目撃した『標的』の炎を操る少年の姿と同一のものであった。
「向こうにいたと思ったんだが」
「あなたが見たのは幻影です。炎は人の目に映る景色を歪ませる、それを応用しただけです」
「あぁそうかい、器用な事だ」
剣の柄を両手で握り直し、臨戦態勢に入るジェイク。
「迷い込んだという訳ではないようですね」
「フン、他国に侵入しておいて、ここが自分達の土地みたいな言い方だな」
「……かつてこの一帯は我々ユストア王国が支配していました。この度の戦争はオスティム帝
国からの領地奪還が目的であり、この地も本来は王国が持つべき地域の一部なのです」
「知るか、昔話も世間の情勢も俺には興味ない。用がデタラメな力を使う奴だけだ」
その言葉でこの薄汚い身なりの男の目的が自分にあると察したのか、『標的』の少年は眉間の皺を深めて目付きを鋭くさせる。
「……僕に用があってここまで来たと?」
「そうだ」
「それは、物騒な目的と受け取ってもよろしいですか?」
口振りから、ジェイクの発する殺気で自分の命を狙っている事は読み取っているようだった。
「……農奴の連中を連れまわしてるのはどういう訳だ?」
質問への返答を端折り、質問を返す。
「彼等は帝国軍によって徴兵され、人権を無視した哀れな扱いを受けていました。聞けば帝国
の農奴の多くは支配される前からその土地に住んでいた人間との事、ならばこの地域に住ま
う農奴は本来我々王国の民として扱われる筈の存在です。我々は帝国の悪行から彼等を保護
しているのです」
「フン、ご苦労な事だ。奴隷なんて無い国の方が少ないだろうに」
「人は人として扱われるべきです。他人のために見返り無しで働く事が義務付けられた人間な
どいません。我々ユストア王国は歪な思想で侵略を続ける帝国から、民と土地を取り戻す聖
戦を行っているのです」
聞いてて背中が痒くなるような堂々とした演説だ、とジェイクは不快感で顔を歪める。
「後続の正規軍が戦後処理を終えれば、彼等はユストアの民として本来の人権を取り戻します。
我々は帝国から彼等を救い出す役割も担っているのです」
「我々って言うが、お前以外に兵士らしい武装した奴はいないようだが?」
ジェイクの言葉に、冷静さに固められていた少年の頬が若干引き攣る。
「……訳ありましてね、今は別行動中です」
「そうかよ。能力者は一人で何百人も殺せるから、敵地でも単身で堂々と居座れるって訳か」
ジェイクが能力の事を知っていると分かった少年は、示していた警戒心をさらに強めて、
「……どこまで我々について知っているのですか、あなたは」
「最低限の事だけだ。帝国の軍人を殺しまくって、お前の仲間も二人死んだって事ぐらいだ」
ここで取り繕っても意味はない、もう相手は自分を敵として認識している。
ならばと、あえて包み隠さずにジェイクは告げた。
当たり前のように、それが紛れもない事実だと示すように。
「っ……! あなたは、僕の仲間の死について知っているのですか?」
「知っているも何も、やったのは俺だ。鎧姿の騎士と、杖を持った女のガキだろ?」
直後、とてつもなく強い感情を押し殺すような猛烈な歯ぎしりと共に、少年の持つ剣の刃が真紅の炎に包まれた。
灯り一つなかった村全体を照らす強い光と瞬間的に熱くなる空気にジェイクも口元を歪めてたじろいでしまう。
「……失礼ながら、あなた一人で異能を持つ彼等に打ち勝つ事が出来たなど、にわかには信じ
がたいものですが……」
「色々考えて、死にもの狂いで何とかな」
「……あなたは、帝国軍に協力する傭兵か何かですか?」
燃え滾る炎剣の切っ先を地面に向けたまま、下手な動きをすればすぐに切りかかってきそうな圧迫感のある言葉に、ジェイクはさらに一歩後ずさって、
「そんな大層なもんじゃない、その辺にいる盗賊の一人さ」
苦笑いを浮かべて怯えを見せないように答える。
「盗賊が、なぜ我々に攻撃をするのです」
「偶然だ。金儲けの話が偶然舞い込んで、そのためにお前等を殺そうって事になっただけだ」
「偶然、金儲け……そうですか」
手にする炎剣を胸の高さにまで掲げ、その光に照らされた少年の表情は、冷気を纏うような落ち着きのある表情の皮の下に溶岩のように湧き上がる激情が渦巻く、見るだけで寒気のするようなものであった。
ジェイクは確信する、自分に向けられていた敵意がこの瞬間から殺意へと変化したのを。
「ならば、あなたが殺した人間の仲間である僕の前に出てくればどうなるか、分かっていますよね?」
「さぁな、俺はお前を殺しに来ただけだ。お前がどうするかは興味がない」
「……いいでしょう。あなたは王国軍へ危害を加えようとする敵勢力と認識し、然るべき対処
を行います」
「殺すのか?」
「投降しないのならば」
ジェイクは知っている、この少年は敵と見なし自分に与しない者は容赦なく炎で焼き剣で切り捨てられる人間だという事を。
(チッ、ここまで真正面からぶつかるつもりなんてサラサラなかったっての!)
注意していたというのに、いきなり陥ってはいけない状況を迎えてしまった事に舌打ちするジェイク。じっくりと相手の出方を疑いながら、脳内で持ちうる情報を全て引き出した上で打開策を模索する。
「……っ」
間を取った後、ジェイクはすぐ傍の家屋の壁に飛びつき背を預ける。
「お前、農奴を保護してんだろ? だったら攻撃していいのか? お前の火がこの建物に移っ
ちまうぞ」
「……、ご安心を。僕はこれでも器用な方ですので」
少年はそう言うと、手にした炎剣を構え直し、無駄のない素早い動きで距離を詰め、そして剣の切っ先をジェイクの胸元めがけ神速の速さで突き出してくる。
あまりの速度に息を呑むジェイクだが、反応出来る許容範囲ギリギリだったのが幸いした。
全身の筋肉に力を込めて、当たれば即死の一撃を後方に飛び退いて回避に成功する。
少年は続けて刃を切り返し今度こそ仕留めようとするが、前触れもなく巻き起こった爆音と閃光が彼を遮った。
「なっ……家が!?」
ジェイクが背にしていた家屋の壁には、僅かに刃の炎が掠めただけだというのに木製の壁にあっという間に炎が燃え広がった。
いくら木造でも一瞬で壁一面に火が回る事はまずありえない、明らかに異常な現象だった。
「ハッ、とっとと消さないと死んじまうぜ!」
煽るような言葉を吐いて、ジェイクは背を向け一目散に逃げ出す。
少年はすぐに追いかけようとするが、火に包まれる家屋を放っておけないようで、足止めを余儀なくされた。とっととジェイクを追い討ちすればいいものの、中にいる農奴の身の安全の方を優先したのだろう。
他国の農奴なんかを気にかけるお人好しだからこそ、ジェイクは難を逃れているのだ。
「グード隊の連中からランプの油をくすねておいて正解だったな」
元々は少年の注意を引くために火を点けるつもりだったが、結果的に上手く活用出来た。
さて、ここからどうあの剣士を打ち崩すか。
一先ず別の家屋に身を隠し、心を落ち着かせて脳を回転させ熟考する。
(落ち着け……勝機はある。囮が有り余ってるこの村の中なら……!)
ここで『標的』の少年を仕留めれば、確認した超能力者全員が消える事になる。
少年の話から、彼等能力者は王国軍の先遣隊のようなものらしい。それをジェイクは現時点で二人殺した、それだけで十分王国軍の戦力低下に繋がっていると思われる。
あの炎使いの剣士さえ仕留めれば、区切りがつく。
王国軍快進撃の立役者である彼等がいなくなれば、戦線も停滞する。一般の兵同士の戦争なら、圧倒的物量を今尚保持する帝国の方が分があるだろう。
ならば、徴兵された農奴が解放される可能性だって、多少は上がってくるかもしれない。
元々戦闘で役に立つとは思われていない連中だ、戦局が帝国に傾き戦争の主導権を握れば、農奴は国のために農作業の日々に明け暮れる時が戻ってくる。
そこで初めて、あの少女の願いは叶う。彼女の村の人間が、戦場に駆り出される事なく徴兵から解放される時になって初めて。
「……そう簡単にはいかないだろうが」
建物の一つに忍び込みながら、ジェイクが声を漏らす。
帝国が反転攻勢に出たとしても、疲弊した帝国軍兵士が先陣を切るとは限らない。農奴など余所の地方からいくらでも引っ張ってこれるし、帝国軍の戦力不足を補うために前線に投入される事だって十分ありえる。
「別に農奴全部を助けるつもりはない」
ルチルの願いは、ルチルの村の人間が助かる事だ。
ルチルの住んでいた村は前線からは遠い、チサーラ丘陵とレチオンの間にある村の安全は、この少年を仕留めればある程度確保されるかもしれない。
だからといって徴兵から解放されるかは分からないが、可能性がない事はない。
「それだけ希望があるなら十分だ」
ルチルの願いを叶えるという目的のためにここまでやってきた、叶う可能性が残されていると分かれば、それだけでジェイクが行動する理由としては十分であった。
外からパチパチと家の燃える音と中にいる農奴に逃げるように促す少年の声、逃げ出す農奴達の声が壁越しに聞こえてくる。
まだあの建物から敵は離れていない、他の農奴が起き出す前に仕掛けなければ……。
壁に背を任せ、建物の窓から外の様子を伺う。
『標的』の少年は中の人間を逃がしてから建物自体を壊して火の回りを止めるつもりらしい。
剣を握る両手に力を入れ、意識を整える。
(位置を特定されない限り、奴は不用意に攻撃してこない。だが普通の攻撃じゃ限界がある)
背中のリュックに目をやり、中にある道具を思い出し、対抗策の選択肢を増やす。
どう行動すべきか頭で整理してから、ジェイクはここが正念場と一度深く深呼吸して、この建物の中で眠っている農奴を一瞥する。
外の騒ぎに彼等の眠りも覚めかけているようで、ごそごそと布団の中で動いていて、ずっとこのまま隠れている事も出来ないようだった。
「……またあいつに嫌われるな」
フンと溜め息をついて、農奴達の近くに立つジェイク。
起きたばかりでまだ事態が飲み込めていない彼等を見下ろし、手にした剣を床へ突き刺して、誰に言うでもなく呟いた。
「勝てるなら、なんでもやるさ」




