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第17話 悪夢の予兆

「どこへ行ったというのです、マリーンは!」

 夜がすっかり明け、小鳥の囀りが辺りに響き渡る森の中で、異国の兵士ルークは堪えていた苛立ちを言葉に乗せて漏らした。

 本来彼は他二人の仲間と共に、保護した帝国の農奴達を故郷の村に返し、他のユストア王国軍と合流して次なる帝国の前線拠点への攻撃準備をするために出立する予定であった。

 しかし実際には出発するどころか、朝になってから殆ど移動すらしていない。

 ルークが憤っている理由は、本来の予定を狂わせた仲間の一人に関してであった。

「あの……ルーク様」

 普段の落ち着きある性格を乱した彼に、農奴の内の一人である顎鬚を蓄えた老人が遠慮がちに話しかけてきた。

「何か良くない事でもあったんでしょうか? 我々に手伝える事があれば、遠慮せずに言って

 いただいて構いません」

「あ、いえ……周囲に敵がいないか、仲間に確認しに行ってもらっているのですが、予定より

 戻るのが遅いのです。一応我々は軍人ですので、規律には厳しくしなければなりません。深

 刻な事態があった訳ではありませんよ」

 棘のある空気を出さないように気を払いながら、ルークは優しく微笑みを返す。

 見れば他の農奴達も、今日一日まだ動いてすらいない現状に違和感を覚えているようで、動揺しているのが見て取れる。

「お節介さんねぇ、焦ってるのがバレバレよぉ?」

 老人が離れてから、そんな彼をおちょくるように声を漏らして、サブリナがゆったりとした歩みで近づいてきた。

「……サブリナさん、どうですか」

「ツヴァイもドライも、駆け回ったり飛び回ったりで頑張っては貰ってるのだけれどねぇ」

 にやけ混じりだが若干気難しそうに顔をしかめるサブリナ。彼女も予定を消化出来ていない事にあまり良い気分ではいないようだ。

「どっちかって言うと自分から動きたがらない人間だと思ってたんだけどねぇ、あの子は」

「……怠けた腰を上げる理由があったという事でしょう」

 言いながら、ルークは昨晩のマリーンとの会話を思い出す。

 彼女は近くにいるという帝国軍の部隊を攻撃すべきだという趣旨の言葉を口にしていた。

 それは帝国に支配された領地を取り戻すために進軍している王国軍の一員としてではなく、殺された部隊の仲間のダグの仇討ちをしたいという欲求に駆られた故の言葉であった。

 目についた帝国軍を片っ端から殲滅するのではなく、帝国側が失えば一番効果的な戦力を優先して攻撃し、残りを後退させるのが今回の『領地奪還戦』を発動したユストア王国軍の基本方針であるため、ルークはマリーンの進言を却下した。

 マリーンはそれに対して納得した様子ではなかった、ダグを殺した人間への仕返しの念を隠す事なく、それを帝国軍へ攻撃を仕掛ける事で晴らそうとする意思に支配されていた。

 ならば、いつの間にかこの場から立ち去った彼女が何を目的に行動しているのかは想像するに容易い。

「接近する人間を目視せず感知出来るのはあの子だけなのにねぇ、アインまで駆り出さないと

 いけなくなっちゃったのは困るわねぇ」

 常に召喚獣に身を任せて行動している筈のサブリナは今、自らの足を地に着けている。腰を下ろす虎の召喚獣アインが今、いなくなったマリーンの代わりに周囲に敵がいないかを探っているからだ。

「仲間を殺された恨みを晴らすなんて馬鹿げた選択はしないでくださいよ……!」

 傍にいない仲間に静かに警告するルーク。

「やはり僕も探しに……」

「だめよぉ、君は農奴の人達の心の支えみたいなものなんだからぁ。それに私のアインちゃん

 だけじゃ、出来ない事はないけど農奴全員を確実に守れる保証はないわよぉ?」

 ルークの進言をあっさりと却下してしまうサブリナ。こういう予想外の事態になって、どちらが隊長か分からない落ち着きっぷりの差にルークは情けなさを感じる。

 帝国兵が寄ってたかって襲ってきても蹴散らす自信も実力もあるが、百十人近くいる農奴を一人残らず守りきれると、絶対とは言い切れない。

 こちらから村に返すと言っておきながら、勝手に姿を消した仲間を探すために農奴達を危険に晒す訳にはいかない。

 歯がゆさが掻き立てられ、ルークの口元がギリギリと音を立てて噛みしめられていく。

 マリーンは能力だけでならルークやサブリナを圧倒的に上回るものを持っている。火や雷、氷などを操った高い攻撃力のみならず、姿を消したり相手に催眠をかけて行動を制御する事も出来る、剣や弓矢で武装した兵士ごときにやられるような人間ではない。

「それでも過信は駄目なんです、能力者であっても、致命傷を負えば死んでしまうのです」

 にも関わらず、ルークの心中に渦巻く不安や焦燥感は気持ち悪いくらいに心にこびりついて拭われはしなかった。

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