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第14話 嘘と友人

「ズバリ、トーリアの女子の間ではあえてボロく見せる服が流行っていたんスね!」

「そ、そうなのよ。飾らない素朴な感じが逆に良いって理由で……」

「なるほどッスねぇ。貧相な衣服も発展した街の中では華美なドレスと変わらない価値を発揮

 すると、これは田舎者のあたしには思いつかない発想ッスねぇ。さすがは都会っ子ッス」

 ぼんやり輝く橙色の光に包まれる小部屋の中で、ルチルはウイナとの歓談に興じていた。

 ルチル達が住んでいたという事になっているトーリアはウイナにとってかなり発展している都市として認識しているらしく、服装や食事、音楽や催し事など街の中で流行している事柄について次々と質問を投げかけてきた。

 無論ルチルはトーリアという都市がある事さえジェイクから聞かされた程度で流行など知る由もないが、幸いウイナも彼女が住んでいる地域以外についての情報は疎いらしく、レチオンにいた時見聞きした市民の会話などを適当に並べてそれらしい返答でなんとか乗り切ってきた。

「食べ物は? 噂だとカステラっていうお菓子が最近帝都の方から普及してるって聞いたけど、

 やっぱそういうお洒落なものを紅茶と合わせて頂いたりするのが最先端なんスか?」

「カス……? あーあれね、あれ。確かに知り合いで食べてる人はいたけど、私はそんな豪華

 なもの食べた事ないかな」

「えーそうなんスか? 甘みが女子に人気って、帝都近くから飛ばされてきたリカードさんが

 良く言ってたッスけど」

「そうなの? えーっと……ほら、女子って体重を気にするじゃない? あぁいうお菓子って、

 太りやすいって話だから……」

「本当ッスか!? 確かに帝都育ちのリカードさんの奥さん、中々ふくよかな体つきしてたッ

 スから、納得ッスね~」

 ウイナはルチルの言葉を彼女なりに勝手に解釈して勝手に都会への憧れを強めているようだ。

「服はボロめで食事は体重に注意して少食で済ませる、音楽だと北方出身の吟遊詩人が人気に

 なってて、女子の心を震わせる甘い音色が魅力的と……うーんまさに女子って感じッス!」

 心を弾ませて嬉しそうなウイナを見ると、彼女を騙しているようで悪い気がしたが、身分を偽った上で彼女と接触したのだから仕方がないと割り切って笑い返すルチル。

「大袈裟過ぎるって。トーリアも、ウイナ達の勤務地の女子も、大した違いないでしょ?」

「何言ってるッスか! クホウスなんて田舎過ぎて地味過ぎて、新しいものに敏感な年頃の女

 子にとっては変化のないつまらな過ぎる地域ッスもん!」

 自慢するように自分の住む地域を痛烈批判し、くわっと顔を近づけて訴えかけてくるウイナ。

 グード隊の本来の勤務地であるクホウスは、ここから北西部、チサーラ丘陵よりもさらに内陸へと入ったところにある盆地で、立地上他の地域との交流が比較的少なく、結果経済的にあまり発展しなかったという。

 正直、周囲には野生の動物があちらこちらに生息し、強風が吹けば軋みを上げる家屋といくつかの畑しかなかった農奴の村の中でしか生きてこなかったルチルにとっては、街というものが存在する時点で立派に思えるのだが、そこでの生活に慣れたウイナにとってはそうとは思えないらしい。

「いいッスよね~ルチルは。住んでる街が発展してて、髪は帝国じゃ珍しいブロンドだし、

 ちっちゃくてかわいいッスし!」

「あはは……」

 ここまで面と向かって誉められるのはさすがに照れる、ルチルの顔は自然と蕩けたような笑顔になってしまう。

「それになにより、本当良いお兄さん持ってるのが羨ましいッスよね~」

 だがその直後、ウイナから発せられた耳を疑う言葉に、その笑顔を凍りつかせた。

「はっ? 羨ましい、の?」

「そうッス。だってかっこいいじゃないッスか~。言葉遣いは丁寧ッスし、育ちの良さが顔や

 雰囲気から滲み出てるッスし、隊長のうるさい大声にも顔色変えずに相手する大きい器の持

 ち主ッスし、背丈は高くてたくましい体つきで、うるさくて汗臭い隊のおっさん達とは全て

 が別格にイケてるッスよ!」

「いやいやいや、丁寧? 育ちが良い? 器が大きい? 絶対ないって、全然そんな良い人間

 じゃないから!」

 気づけば必死になって全否定してしまっていた。

 猫を被ったジェイクが好青年であると本気で信じ込んでしまっているウイナを目の当たりにして、仲の良い兄妹という設定も忘れてしまっていた。

「なんでッスか? まだ会って少ししか経ってないッスけれど、今のところ欠点が見当たらな

 いッスよ? ルチルの兄さん」

「見せてないだけだよ。私の前じゃいつも命令口調で素っ気ないし」

「ん~、じゃあ例えばどんなとこッスか?」

 ウイナに言われ、ルチルは顎に手を当てて少しだけ考えた後、道中でのジェイクの言動を思い出してから、

「ここまで来る途中、用を足したいって言ったら、『時間の無駄だから垂れ流せ』って」

 それは間違う事なき事実であった。

 いくら摂取した水分が少なくても、生きているなら尿意は催す。馬に乗っていた時、最初ルチルはある程度恥じらって躊躇しながら、その旨を伝えて立ち止まって欲しいと提案したが、ジェイクは振り向きもせず馬を止めようともしなかった。

 結局言い争いの末、髪を引っ張ったりして無理矢理に馬を止めてもらい、見られないよう木の陰に隠れてなんとか事を済ませたのだが、ルチルが怒っているのはジェイクの素っ気ない対応にであった。

「うわっは~、斬新な返しッスねぇ……」

「気遣いがないだけだから。それ以外でも常にそんな感じて冷たくて、ウイナ達の前でするよ

 うなヘラヘラとしてないんだから」

「いぶし銀って奴ッスねぇ」

「ちょーっと知ってる事が自分の方が多いからって、私の事無知だ馬鹿だって散々貶してきた

 りもするんだよ?」

「うーん、つまりは賢いって事ッスね」

 『都会住みの好青年』という印象が既に定着しているのか、誇張とも曲解とも取れる反応を繰り返すウイナに、いちいちジェイクの本性を教える気も失せてしまった。

「でも、楽しそうに話すッスね」

「えっ?」

 だが次に聞こえてきたウイナの言葉に驚いて、ルチルは豆鉄砲を食らった鳩のようなひょうきんな顔をしてしまう。

「ルチル、兄さんについて話してる時だけ、取り繕った感じがなかったッスから」

「取り繕うって……そんなつまらなそうに話してた? 私」

「そういう訳じゃないッスけど、なんか言葉を選んで話してたって気がしたッスよ。一定の距

 離感があったような感じッス」

 本当は農奴出身である事を悟られないように気を付けて喋っていたのが、ウイナには堅苦しく見えていたらしい。

 ジェイクについて話していた時、ルチルは楽しい話をしているつもりはなかったが、他とは違って嘘ではない点で、ウイナの受け取り方に違いが生まれたのかもしれない。

「それだけスラスラと兄さんの事を話せるって、やっぱり好きって事じゃないッスか~~?」

「す、好きぃ!?」  

 ウイナが口にしたそれは、ジェイクという人間への印象として一番連想しにくくかけ離れた言葉であった。

 ルチルはジェイクの事を協力者として、今の時点で自分が唯一頼れる人間だと思っていた。無謀な望みに付き合ってくれた事、それを容赦なく実行している事、なにより自分が今立たされている状況が危ういと教えられ、それでも目的を諦めるなと釘を刺してくれた。

 まだ村の人間を救えてはいない、だが救えるかもしれないという希望を持ったままここまで来れたのは間違いなくジェイクのお陰である。

「好きって、ちょっとやめてよ!」

 協力者としての信頼は間違いなく彼に対して抱いている。

 しかし同時に、自分に協力するために行動する彼を見れば見る程に、同じ地位の低い人間でありながら彼と農奴である自分が『違う』人間であると思い知らされもしてきた。

 そう思うと、好きという前向きな感情とは類の違う、言葉では説明し難いもやもやとした想いが湧いてくる。

「またまた~~、照れなくて良いんスよ。兄妹で仲が良いのは恥ずかしい事じゃないッスし」

「からかわないでってば! もう……そういうのじゃないから」

 ルチルとジェイクの関係は、信頼こそ強まっているものの近づいているとは言い切れないように思えた。

 むしろ、農奴と盗賊、元々相容れない者同士であるという事実を、考え方の違い等で見せつけられているような気さえしていた。

「あたしは一人っ子ッスからちょっと憧れるッス。頼れる人がいるってのは」

 ウイナの弾んだ声音の中に、僅かながらもはっきりとした陰りがあるのをルチルは聞き取る事が出来た。

「グード隊の人達は、頼れないの?」

「仕事仲間としては悪くないんスけど、やっぱ年も性別も違うッスし、故郷の身内みたいに馴

 れ馴れしくは出来ないッスよ」

 そこでルチルは彼女の気持ちを少しだけ理解出来た気がした。

 彼女は出稼ぎのために故郷の村からクホウスという街に単身で出てきたという。

 ルチルも住んでいた村を出て一人で知らない土地へ足を踏み入れる心細さを知っている、もしジェイクを頼れなていなかったら、ちゃんと一人で目的のため行動出来たのか自信はない。

 ユイナはその誰にも頼れない状況をルチルよりも早くから経験し、女性ながら力と度胸のいる兵士という仕事を担っている。

 自立しているとはいえ、同胞のいない環境に彼女も苦労したのだろう、だからこそ兄がいる事を羨望しているのかもしれない。

「大事にすべきッスよ、友達とか同僚よりももう一歩踏み込める、親しい間柄の人間は」

「親しい、ね……」

 まだ完全にジェイクを信頼できるとは言い切れない。いくら協力者とはいえ、彼は盗賊であり、他人を傷つける事に何の抵抗もない人間なのだ、怖くないといえば嘘になる。

 もしかすると突然裏切られるかもしれない、そんな暗い想像が常に頭の中にちらついている。

「そうだよね、こんな時だもんね」

 だが、自分が彼を頼りにしているというのは、あえて自分の心に尋ねなくても分かる。今の自分の行動であれ心情であれ、拠り所にしているのは紛れもなくジェイクという少年だ。

 すぐ近くに『標的』が潜んでおり、敵の王国の支配下に於かれつつある状況の中で、ルチル一人では生き抜いていけない。

「そうッスよ、大事にすべきッス。戦争中の今なら、尚更っす」

 ウイナの言葉には重みがあり、温かみがある。

 自分に似た境遇でありながら、自分と似つかぬ強さと気丈さを秘めている彼女の言葉だからこそ、そう聞き取れるのかもしれなかった。

 ジェイクを信じて行動する勇気を与えてくれたウイナ、そんな彼女と巡り合えただけでも、村の外に出たのは正しかったと思えた。

「でも、私はウイナともっと親しくなりたいけどね!」

 村の外では一度も感じた事のなかった、心の安らぐ心地の良さにかられるように、ルチルはウイナに今まで以上に馴れ馴れしく抱きつきにかかる。

「うおっ!? あたしも勿論仲良くしたいッスけど、突然過ぎッスよー」

 それをウイナはやや面食らいながらも受け入れながら、常に緩めだった笑顔を数段明るく開放的なものへと変えた。

 村の皆以外でも、こんな暖かい気持ちになれるものなのかと、一種の幸福感を味わいながら、ルチルはその後もウイナとの歓談に興じた。

 辛さ、苦しさ、心細さ、暗く冷たい様々な感情ばかりに苛まれ続けた『村の皆の救助』の道のりの中で、初めて警戒心から解放されたルチルの心には、村の中でしか感じなかった清々しさが広がっていた。


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