第13話 違和感
「敵に遭遇したんですか?」
今後に役立つ情報を何か得られるのではないかと、へりくだった姿勢を崩さないまま会話を続けていたジェイクは、グードの口から出たある言葉に目を険しくする。
「そうだ! カーセム城に向かってる途中にな。偶然橋が脆かったのか崩れてしまって連中は
向こうへ引き返していったがなぁ。しかしあの辺りまで王国軍がいるという事は、既に防衛
線は突破された証であろう。『最前線の要塞が陥落した場合、即座に最寄の要塞に拠点を移
転する』という命令に則り、今は後方拠点であるチサーラ丘陵へ向かっていのだよ」
「……もしかして、結構この近くまで敵が来ているんですかね」
『標的』を追ってこの宿まで来たのだから、王国の人間が付近にいる事をジェイクは知っている。問題はグードがそれを把握しているかどうかだ。
(こいつらが遭遇したのは、俺が『標的』と称している奴等を指している可能性が高いな)
「安心したまえ。橋は完全に崩壊した、こちら側に渡ってはこれないだろう!」
自信満々にグードは言ったが、それで彼がこの辺りの地域に疎い事がはっきり分かった。セラーラ川には他にも橋があり、ジェイク達は『標的』がそれを使ったのを目撃しているからだ。
本気で敵がまだ川の向こうにいると思っているのか、『疎開民』であるジェイクに不安を与えないように嘘をついているのかは不透明だが。
「……前線は近づいているんですね」
「いやいや安心したまえ、君達がいたトーリアの方面が陥落した訳ではない、あくまでカーセ
ム城周辺を支配されただけだからなぁ!」
声の張りの割に言っている事に説得力がないのは、彼等が戦場に参じておらず、前線を把握出来ていないからだろうかと、ジェイクは予想する。
グード隊はカーセム城の援軍として遠征してきたようだが、敵に出会った回数は一度だけ、それも剣を交える前に向こうが撤退したというのだから戦いはしていないのと同義である。駆けつける先の城がもう敵の手に落ちていた事で彼等は次の拠点へ目的地を変えるという判断は賢明だが、結局のところ彼等は前線の情報を殆ど持っていないらしい。
(アウトローと戦うのに慣れてる方の兵士か。あんま役に立ちそうじゃないな……)
「そうですよね、ありがとうございます。安心しました」
心の中では低評価をしながら、ジェイクは気持ちの良い笑顔を見せて礼をする。
「しかし君、なかなか良い体つきをしているじゃないかぁ!」
と、グードは幾分声量を引き上げて、唐突に話題を切り替えてきた。
「え? そうですか?」
「あぁ! パッと見はそうでもないが、四肢が引き締まっていて力強く感じる。それに余計な
肉がなく非常に俊敏そうだ、わしの昔にそっくりだぞ!」
ハッハッハと笑い声をグードが上げると、離れた場所にいた兵士の一人がこちらを向いて、
「なーに言ってるんですか。隊長は俺が入隊した時もう不摂生で腹が出てたましたよ!」
「なんだとォ! わしが言っとるのはお前が入るよりももっと前だ! それにジョーンズ、上
官侮辱だぞ貴様ァ!」
一気に顔を真っ赤にするグードだが、茶々を入れてきたジョーンズと呼ばれた男を含む部下達は揃ってゲラゲラと笑っていて、隊長への遠慮が感じられない。
軍人は完全な縦社会であり、位が下の者は上の者に常に従い、不敬な態度を取ってはならない。盗賊時代に目撃した奴等の言動からそう判断していたジェイクは、グードと部下達の間にあまりそういった階級の溝が感じられない事が少し不思議に思えた。
「そりゃー毎日ヤケ酒してたら太りもしますよねぇ。ただでさえ外で食べ過ぎるから小遣い減
らされたってのに」
「ヤケで飲んでおらん! そもそもなぜ小遣いが少なくなった事を知っている、ルイス!」
「前に隊長が弁当を忘れた時に奥さんが届けてきてくれてたじゃないですか? あの時隊長が
他の隊の人と話してる間にこっそり愚痴ってたんですって」
「大丈夫ですかー隊長? もう五年くらいしたら熟年離婚とかやめてくださいよ?」
次々に出てくる挑発にも似た部下の言葉にグードは「ええい黙れェ!」と老朽化した木造の建物を震わせる程の大声で怒号を放つも、その場の空気が悪くなったりはしない。むしろ朗らかとした温かさが強まっているように感じた。
「……っ」
その様子に、ジェイクはいつの間にか好青年の皮を被っていた表情を若干引き攣らせていた。
「すまんなぁジェイク君。部下が上官を敬わん醜態を見せてしまって」
「いえ、仲が良くていいじゃないですか。兵士ってもっと怖い人達かと思っていました」
「はっはっは! 兵士も結局人間だ、商人や牧師と同じような、職種の一つだと考えてくれ」
グードの言うとおり、兵士は職業の一つであり、被支配地域の人間でないのならば、強制的に兵役に就く必要はない。
ただ、内地での軍事力を保つために通常の職種よりも給料等待遇が良く、手柄を上げればその分地位も向上し、平和を守るという点で帝国民からの評判も高いため、成り上がりを目指す低所得者を中心に兵士を志願する人間は少なくない。
「……常に命の危険が付きまとう仕事を、よく続けられますね」
兵士と敵対する立場であった自分がよく言えるわねとルチルにつっこまれそうだと思いながら、ジェイクは呟く。
「まぁ大抵は高給目当ての連中が集まって、その中でたまたま腕っぷしの立つ奴がなってるよ
うなものだがなぁ。頭も大事だが、やはり力がなければ悪党を挫く事など出来んさ!」
「悪党……盗賊なんかと戦った事はあるんですか?」
「当然だよ、毎年十回近くは討伐に出ている。村々を回って異常がないかを確かめたりといっ
た見廻りが普段の任務ではあるが、盗賊が確認されれば他の隊と協力して出陣しているぞ」
ジェイクが盗賊の時も、本来人が通らない筈の山の中で大人数の兵士を目撃したり、遭遇したりする事は何度もあった。
そして彼が罪人としてレチオンに連行されていたのは、グード隊と同じように盗賊を捜索していた兵隊に偶然寝込みを襲われて無様に捕えられてしまったからだ。
だからといってグード隊に恨みがある訳ではない、しかし悪い印象を抱かないようにするのも難しく、ジェイクはギリと奥歯を軋ませる。
「怖く、ないんですか? 戦う以上やっぱり……」
「そうだなぁ。正直楽しい事は何一つないさ、あんまり休暇は取れんし、我々のような辺境の
下っ端兵士は給料もそこまで高くない、それでいて命を懸けて命を奪う仕事なんだからなぁ。
毎年何人かはヘマ踏んで死んでしまう奴もいる、その度に苦しくなる」
けどなぁ、と付け加え、グードは続ける。
「嫌だから止める、怖いから投げ出すなんて出来ない、仕事なんてなんでもそうだぞ?」
「なんでも……ですか」
「おぅそうだ。ジェイク君は建設作業の手伝いをしているんだったなぁ?」
トーリアの街での身の上を説明する時に、ありふれた青年らしさを出すためにジェイクがついた嘘が、ここに来て話題に上がってきた。
「はい。大して長くはやってませんが」
「石や木を運んだりするのは大変だろう? 高い場所で重い物を組み立てて作業するのは怖い
だろう? 危険のない楽な仕事なんてないのさ、危険の種類が違うだけでなぁ」
「はぁ……そういうものですかね」
「おぅそうだ、安全で楽に儲けられる仕事なんてこの世には存在せんよ、はっはっは!」
なぜか楽しげに笑い声を上げるグード。
「あまり苦じゃないように見えますけど」
「そんな事はないさ。だが苦は苦でも、やりがいのある苦だとは思っているぞ」
「やりがい、ですか?」
「部下の半分くらいは金を稼ぐために兵士を続けていて、国への忠誠なんて大してなかったり
するのだよ。それでも兵士をやめないのは、皆目的があるからだと思うぞ」
訝しげに目を細め、ジェイクは首を傾ける。
「はっはっは、少し考えればすぐに分かるだろう。そうだな、ジェイク君にとってのルチル
ちゃん的なものだよ」
「? 年下の女、ですか?」
「はーっはっは! そう返してくるとは思わんかったな……家族だよ、家族」
あぁ、と生返事をするジェイクだったが、その言葉にピンと来てはいなかった。
「親、兄弟、恋人、子供、人によってそれぞれ違いはあるが大事な存在を養ったり喜ばせたり
するために兵士という仕事を止める事は出来ないのだと思うぞ」
「はぁ……」
「君だって、先立たれた両親の代わりにルチルちゃんと二人で生活して来れたのは、君が真面
目に働いてきたからじゃないのか?」
「え、えぇ、まぁ」
「根本的には兵士もそれ以外の職業も同じさ。我々は兵士という職業で身内を養ってきた、だ
から簡単にその生活を変えて身内に迷惑をかける事は出来ないのだよ」
詰まる所、連れの人間を食わせるため、と言いたいのだろう。
「……ご立派じゃないですか、皆さん」
そこでジェイクは、彼等と出会ってずっと心の隅に滞留する感情をはっきりと理解した。
(居心地が悪い、ここは)
少なくとも、盗賊だった頃には味わった事のない空気だ。
しかも、体が拒絶を示す、嫌な空気。
盗賊の一員として、ひたすらに人を傷つけ物を奪う生き方を強いられ彼は育ってきた。
仲間はいて、略奪という共通の目的を持って協力して行動する事はあった。
だが行動は全て私利私欲に塗れた、自分以外の人間を犠牲にする事を前提としたものであり、それ以外をしようとする考えも余裕もなかった。
話す事と言えば、次の獲物は誰が良いか、どこが襲うのに適した場所か、奪った金目の物や連れ去った女をどう使うか、そんな下劣で聞くに堪えないものばかり。それをジェイクはいつも目の当たりにして育ってきた。
まだ若く戦いも先頭を切ってやっていた訳ではないが、奪った食べ物で命を繋いできたのは事実であり、自分もそんな下種な連中と何一つ変わらない存在であるのは分かっている。
だからこそ、このグード隊と共にいるのは体がむず痒くなってきてしまう。
嫌だとかそういう問題ではなく、彼等の持つ暖かい雰囲気に体が嫌悪を示しているのだ。
(……アイツと一緒にいるせいか)
会ったばかりの自分を頼ってきた、世間の事を丸っきり知らない農奴の少女。
逃亡に必要な資金を貰う代わりに彼女の村の人間を徴兵から解放する、そんな無謀な条件を受け入れたのはジェイク自身だ。
どっちにしろレチオンの街を出る必要はあった。騒ぎが収まってから戻って彼女の父が残したという金を手に入れれば良いし、もしもの時は彼女を人質にするなり売り飛ばすなり使い道を考えての承諾だった。
しかしそれ以外の何かがジェイクに彼女の協力を受けるように突き動かしたような気がしてならなかった。
彼女は村の中で仲間と呼べる者に囲まれて育った、故に今も彼等を助けようという強い意思を持っている。
ジェイクにはそれがない。盗賊仲間が死んだとしても、それを気に病む事はなかった。死んでしまう奴が悪い、自分には関係ない、あくまでも『略奪』のためだけに同じ組織として生きていた、脆い協力関係で成り立っていたのが彼の育った環境だ。
だから誰かを助けるために無茶をするルチルの考えは理解が出来ない。それは今も同じだ。
(なのに、俺はなんでアイツに協力している)
しかし自分はそれに付き合っている。付き合いたいと思っている。
その理由を、ジェイクは考えていた。
今まで関わってきた他の人間と、ルチルとの違いは何か。
ルチルの資産を手に入れ軍から逃げる、それ以外の理由があるような気がしてならない。
「どうしたジェイク君、呆けているぞ。眠いのなら遠慮せずに言ってくれ、寝具を渡すが?」
「ん、いえ、何でもないです」
好青年を演じているのを一瞬だけ忘れそうになっていたジェイクは、グードの問いかけに僅かに声色を乱しながらも冷静に返す。
自らの一部であり言動を司る体の中核に潜む、いくら考えても見えてこない感情。ルチルに協力しようという欲求。
確実に自分が持っているにも関わらず、その意思に至った理由が分からない、そんな自身の中にある矛盾の源がいる方へと、ジェイクは視線を流す。
小部屋の奥に姿を隠した、盗賊であり罪人であり処刑人である彼とは真逆の環境で生まれながら彼と同じく社会の下層に位置する人間であり、本来関わる筈のない関係である協力者を。




