第12話 帝国軍との交流
ルチルが想像していたよりもあっさりと、帝国兵達は簡単にルチルとジェイクを疎開民として受け入れてくれた。
彼等は北西部の領地から援軍要請を受けてカーセム城塞へ向かっていたらしく、既に陥落した報せを敗走兵から聞かされたため次なる前線拠点として指定されている、都市レチオンの南西にあるチサーラ丘陵を目指している途中だという。
「そうかそうか、トーリアの街からレチオンの街に向けて北上の途中でどこへ向かえば良いか分からなくなってしまったか」
「はい、この地域は初めてで、土地勘に疎くて……」
「案ずる事はないぞ君達。我々の目的地はチサーラ丘陵、君達の向かうレチオンに続く道と途中まで重なっている。道が分かれるまではこのグードと配下四十九人の兵で成るグード隊が、帝国兵士の誇りを持って君達をお守りさせてもらう。安心したまえ!」
五十人の兵士達、グード隊という名を冠しているらしい男達ですっかり満員になった宿の中で、彼等の隊長であるグードと名乗った四十前後くらいの男が暑苦しい笑顔と大声で宣言する。
「本当なら、最後まで送り届けたいのだが、前線へ遅参した上に撤退も遅れてしまっては上に面目が立たなくてな……」
「お気になさらないでください。村の外で僕達兄妹二人ではさすがに不安でしたので……」
向かい合って木の椅子に座るジェイクは『好青年』を装った丁寧な口調と涼しげな作り笑いでグードに頭を下げ、隣でそれを黙ってみていたルチルも真似をして小さく礼をする。
建物一階、かつては受付として使われていたであろうフロアの一角にて、ルチル達はこの宿に滞在していた経緯をグードから問われていた。王国の人間や盗賊といった敵性対象かどうかを探る軽い尋問のようなもので、最初こそ警戒心を容赦なく浴びせかけられていたものの、武器を持っていなかったせいもあるのか、隊長が疎開民として保護する事を決めると隊員達もそれに従ってくれた。
そうして今はテーブルを中心にして、壁を背にした一辺にはルチルとジェイクが、反対側には隊長の男グードと数人の部下が左右に並んで座り、軽い談話にふけっているところである。
「余所の領地から援軍に来なければならない程、前線は苦しいんでしょうか」
「いやいや我々は万が一の時の備えのようなものだよ。後ろに兵力が充実していれば、前線の
兵士は安心して全力で戦えるからなぁ!」
「そうですか。では疎開勧告が発令されているのも、万が一なんですか?」
「そう思ってもらって構わんぞ、帝国軍に敗北の二文字はないが、帝国国民の命を守る事もま
た大切だ。前線が落ち着けばすぐにでも故郷に戻れる筈だ!」
本人は普通に喋っているつもりのようだが、グードは基本的に声量が並外れて大きいようだ。周りで手持ちのひもじい夕食にありつきながら談話している彼の部下達の野太い声も、グードの一言の大きさで一瞬にして掻き消されてしまう。
ちらりと横目で見たジェイクの表情は作った笑顔のままだが、屋外にも平気で響いているグードの大声に内心は苛ついているに違いない。
「お嬢ちゃん」
「っ、あ、はい?」
会話はジェイクに任せていたので少し気を抜いていたルチルは、急なグードの問いかけに声を上ずらせてしまう。
「むさ苦しい男ばかりですまないなぁ!」
「い、いえ……」
あまり知らない人間とは話したくない、後この人と長く喋ると耳が痛くなりそうだ、そう思って目を逸らしたまま適当に返事をする。
「だが安心してくれ、我々の隊の中にも一応女は一人いる、話し相手に困った時はいつでも
使ってくれていいぞ!」
「え、女の人がいるの? ……ですか?」
が、意外な情報を耳にして、ルチルは思わず聞き返していた。
「あぁ! 君とそこまで年も変わらんだろう。おぉい! ウイナァ!」
ただでさえでかいダミ声が叫び声に変わり、ルチルも近くの兵士達も皆露骨に顔を引き攣らせて片耳を押さえる。
少しして、あちらこちらでランプの灯りの中の無数の人影の中から、すっくと立ち上がるスラッとした体型の一人の人間の姿がぼんやりと見えた。
「も~うるさいッスね~、あたしの貴重な睡眠時間を奪わないでくださいッスよ~」
手にランプを持って近づいてきたその人物は、まだ十代半ばぐらいのうら若き少女であった。背丈は小さいながら体はそれなりにしっかりとしているようだが、肩まで伸びた茶色い髪を指でいじり、眠たそうに眼を半開きにしながら猫背の姿勢のせいでだらしのなさが見て取れる。
「馬鹿者、睡眠と監視の人員を振り分けるまでは待機しろと言っただろォ!」
「いや~寝れるうちに寝とかないとやってられないッスからね~」
グードの大声にも慣れているのか、ウイナと呼ばれた少女はゆらゆらと頭を揺らしながら彼の一喝を受け流す。
「ったく……ルチルと言ったな、お嬢ちゃん。こいつがウイナだ、見ての通りひょろひょろし
た奴だが、同じ女の子同士仲良くしてやってくれ」
「あ、はい!」
「ウイナ、チサーラに着くまで彼女が安心して過ごせるよう、話し相手になってやれ」
「話し相手ッスか? あたしが?」
ウイナは首をコクリと傾げ、生気のない目でジロリとルチルを見回す。
「分かったッス」
嫌がられるのではないかと変に緊張するルチルだったが、一応承諾はしてくれたらしい。
「んじゃとりあえず違う所に連れてって良いッスか? こんだけ男共がいたら安心なんて出来
ないッスよ」
「それは構わないが、無理はさせるんじゃないぞ? 彼女は民間人なんだからな!」
「分かってるッスって、それじゃ行こうッスか、ルチル」
そう言うとウイナはルチルへ近づき、自然な感じで手を取って立つように促してきた。
「え、あの、えーっと……」
焦ってジェイクの方を見るルチルだったが、彼が特に制止しようとする様子はない。
「宿の外には絶対に出るなよォ!」
グードの忠告を背に、ルチルはウイナに連れられるがまま、たむろする隊員達から少し離れた客室へと足を踏み入れた。
「ふぇ~久しぶりに解放されたッス。悪いッスね、むさ苦しい男共ばかりで」
他の兵士達が見えなくなると、常に倦怠感を帯びていたウイナの顔が数段温和になった。
「い、いえ、大丈夫です」
「敬語使わなくていいッスよ。ルチルだっけ? 何歳?」
「え、と、十五」
「お~同い年ッスね~、同年代の女子に出会ったのは久しぶりッス」
喋り方は緩いまま、若干声に元気さが増しているのを見ると、ルチルに悪い印象を持ってはいないようだ。
それよりも、ルチルはウイナがさらっと口にした事実に少し遅れて目を丸くした。
「えっ、ウイナさん十五歳なんですか!?」
「さんは無しッス。そんなに変ッスか? 老けて見えるとか?」
「い、いやそうじゃなくて……」
自分と同じ女で、同じ年なのに、当たり前のように兵士の一員になっているウイナの姿に、ルチルは驚いていたのだ。
「戦ったりしたん……したの?」
「さっき隊長が話してたッスけど、行く先だった要塞がもう陥落してたッスから王国軍とは今
んとこ遭遇してないッスけど、元の勤務地だと月一ぐらいで盗賊とかと戦ってたッスねぇ」
「戦ったって、生身で? 剣で? 斬り合って?」
「ま~そうッスね」
テーブルにランプを置いてベッドの上で寝そべり、背伸びしてくつろぐウイナの緩んだ姿からは想像がつかないが、屈強な男達と一緒に武装して行動しているという事は、彼女が帝国のために戦う兵士である事を意味している。
「十五で兵士やってるって、すごいね」
「成り行きでなったようなもんスよ。高給料で、治安の悪くない都市部だと女の兵士も結構い
るッス。自分は出稼ぎで村から出て、たまたま兵士になれたようなもんッスから」
「村……」
村出身の点まで一緒だと言いそうになったところで、トーリアの街出身と偽っていた事を思い出して言葉を止める。
うーんと天井を仰ぐウイナの背丈はルチルとあまり変わらないが、鎧を纏っていても重さを感じさせない軽やかな動きから、彼女の体がひ弱でない事が見て取れる。
そう思ったルチルは、彼女が自分より大きく見える。身体的にも、精神的にも。
「ルチルとルチルの兄さんは、疎開してくる前は何やってたんスか?」
「え、えーっと……ふ、フツーの市民で、私は家事手伝いで、兄は大工の見習いしてて……」
前もってジェイクから教えられた設定が嘘だと見抜かれないように気をつけながら話す。
「そッスか、なんか良い感じッスね。あたしの家族は全員が全員畑耕すばかりでつまらなかっ
たッスからね~~」
ウイナの返しに、ルチルはギクリと嫌な寒気を感じてしまった。
村から出る事を公言するあたり、農奴ではなく普通の村出身という訳ではないのだろうが、決して裕福な環境で育ったようでもないらしい。そんな中で、ウイナは出稼ぎのために一人で都市へ行き、兵士という厳しい仕事に身を置いているという。
自分はつい先日初めて村から飛び出し、偶然出会った一人の罪人に縋り付いてなんとか自分の目的のために動けているというのに、彼女は既に自立をしている、それを思い知らされてルチルは惨めな思いに苛まれてしまった。
「ま~そんな事より」
ルチルの口から知れずに重い溜め息が漏れたのを、それをどう思ったのか、ウイナはビンと上半身をベッドから起こして話を切り上げる。
「ちょっとこっち来てッス」
「?」
言われるがまま近づくと、ウイナはぐっと両腕を伸ばしてルチルの頭を優しく掴んできた。
「ちょっ!? なにを……!」
「金髪って初めて見たッス。ちょっと触らせてッス」
わしゃわしゃと指の腹で髪を掻き乱され、どう対応すればいいか分からず中腰のまま棒立ちになってしまうルチル。
「同じ兄妹でもお兄さんは黒髪なのにルチルはブロンドなんスね~」
「ジェ……兄さんは父さんに似て、私は母さんに似たのかも?」
怪しまれた訳ではないのだろうが、ジェイクとルチルの関係が兄妹でない事が何をきっかけにバレるか分からないため、慎重に言葉を選んで答えていく。
「なるほどッスね~。年が近いルチル達と会えて、実はすっごい嬉しかったんスよ~~? あ
たしの周りにはむさ苦しい連中ばっかでつらいッスよ」
「あはは……でも、女の人はウイナだけなのに、結構馴染んでるように見えるわね」
髪を乱してくるウイナの手から逃げるようにやや距離を置いてベッドの上に座るルチル。
「長く一緒に仕事してれば、一応話すくらいは出来るようになるッスよ。ただ、やっぱ話題が
合わないッスからね~」
「私、大した話題持ってないけど……」
「良いんスよ。あたしは女子と話すのが夢だったんス。あんまり任務について詳しい事を口外
しちゃいけないんスけど、実はさっき結構死にかけたんスよ。運が良くてなんとか生き残っ
たッスけど、そん時思っちゃったんスよね、もっとやりたい事をやっておかないとって」
「はぁ……」
「だから年が近いルチルに会えて、すごい胸が高まったんスよ。あ~あの時運良く助かったか
ら、同世代の女子と言葉を交わす機会がやってきたんだって」
嬉しそうに話すウイナの目は光り輝いていて、映るランプのオレンジの灯りが彼女の高揚している気分の明るさを現しているように見えた。
(この人は……私に会って喜んでくれてるの?)
村から飛び出し、無茶な目的のためにジェイクを付き合わせ、何人かの人間を巻き込んできた。自分の我儘を押し通してここまで辿り着いたが、自分が誰かに褒められる事をしてきたとは欠片も思っていなかった。
だから誰かに、村の外で会った人間に、自分と会った事を好意的に受け取ってもらえると思いもしなかった。
「お……大げさだよ」
「そんな事ないッスよ。あたし愛想は上手くない方ッスから、本音だって信じて良いッス」
にっこりと微笑むウイナを見て、ルチルは心の中にある自らの一つの明確な意思を確認した。
(この人を、私の我儘に関わらせたくない)
村の皆を戦わせない、そのために王国軍を倒す。その過程で生まれる様々な弊害に、少なくとも隣にいるウイナという少女を巻き込みたくない。
セラーラ川でジェイクの作戦により『標的』の一人を仕留めた、それを成し遂げるための囮として利用した盗賊の襲撃によって、自分と同じ身分であった農奴の命を奪ってしまった。顔も知らぬ相手がいつの間にか死んでしまって、ルチルは罪の意識に苛まれた。
目的のために、ジェイクの方法に頼ると決めたならば、その苦しみに耐えなければいけない。誰がどのように被害に遭っても、それを代償として村の皆を救えるのならばと、我慢する気持ちを持ってきた。
それでも、誰かを巻き込みたくないという気持ちを忘れるつもりはない。ジェイクは人を死なせてしまった怒りを持つなとは言わなかった。それは誰かを犠牲にする事を肯定してはいけないという意趣返しなのではないかと、ルチルは彼女なりに受け取っていた。
なら、せめて自分と会えた事を喜んでくれた人間だけでも、自分の我儘に巻き込みたくないと思っても悪くはない筈だ。
「どうしたッスか? キョトンとして」
「ん、ううん。私もあんまり同い年くらいの友達いなかったから、短い間よろしくね」
自分に出来る事は少ない、今まではジェイクに任せっぱなしでここまで来た。
それでも、目的達成を一番に考えて動くとしても、極力他人を巻き込まないように、何らかの努力はしなければ。
ジェイクに言えば甘いと一蹴されるだろうが、抱いた意志を無下にしたくはない。
「ういッス! んじゃ聞いていいッスか? トーリアの女の子の間で今流行ってるものって何
なんスかね。あたしの隊の勤務地は一年に数回来る吟遊詩人を見に街中の人が集まるくらい、
普段何もハマるものが無いッスから、都市の女子らしい何かを聞いて吸収したいッス」
「え、えぇ~っと何かな……」
ルチルが訪れた街といえばレチオンぐらいだ、それも滞在は僅かに一日、都市で流行っていたものが何だったのか、確かめている暇などなかった。
だがウイナに嘘だと気づかれないよう、なんとか適当な事を言ってごまかさなければ、そう思って額に焦りの汗を浮かべながら必死に思案する。
「……処刑」
「ん? 何ッスか?」
「じゃなくてええとええと……乗馬、かな?」
「乗馬? 馬に乗るのがそんなに珍しいんッスか?」
「あっ、うーん、ほら都市は普段壁で守られてて安全だから、移動は歩きなのよ。そこをあえ
て無駄に馬を使って街中で遊ぶってのが最近は流行ってるかなーって……」
「ふーんほんとッスか。あたしはいつも仕事で馬に乗ってるッスけど、ただお尻が痛くなるだ
けだと思うッスけどなー。あれが都市の女子にはイケてるように見えるんスね~。やっぱ田
舎者のあたしとは感性が違うッスか」
デタラメな自分の切り替えしを真に受けて、豊かな表情と感情を見せつけてくるウイナを控え目な笑顔で眺めながら、ルチルは村の外で出来た初めての女子と話せる心地よさを感じた。
笑みの裏で彼女にいつか嘘がバレて傷つけてしまう未来が訪れる事を危惧し、恐れながら。




