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第10話 行動の影響

「ねぇ、やったの……?」

 川原に倒れた男の首元に指を当てたジェイクを見て、近くの森の中に身を隠していたルチルは恐る恐る声をかける。

「あぁ。あまり出てくるな、目立つぞ」

 ジェイクの右手に握られた剣は大量の血で濡れており、刃の一部は小さく欠けた跡が見られる。それはジェイクが今命を奪った者を仕留めるために剣を振るった証拠だ。

 カーセム城の近くで目撃した、多くの帝国兵を謎の力で殺害した王国軍の一味である一人の男を、彼は斬殺したのだ。

 赤く染まった川原の上で動かなくなった男が不意に視界に映ったのか、ある程度ジェイクに近づいたところでルチルは表情を一気に曇らせ露骨に視線を逸らす。

「っ……ほんと、すごいわね。落ちてきた敵を狙うって、あんたの言った通りじゃない」

「正直運が良かった。『標的』の人間が他にも落ちてきていたら逃げるつもりだったからな」

「あれだけ頑張って罠を仕掛けたのに、あっさりしてるのね」

 敵である王国軍の少年達、便宜上ルチル達は『標的』と呼ぶ事にした連中がここに訪れる少し前、ジェイクは予め渓谷に架かる橋に火薬を仕掛けた。持っていた剣で橋の足場を繋ぐ紐に傷を入れて脆くし、小さな爆発で簡単に崩落するよう工夫を施す徹底ぶりであった。

「……でも、全然関係ない人が巻き込まれたらどうするつもりだったのよ」

「どうもしない。罠が反応してしまったら苦労が水の泡になるのは惜しいがな」

 誰かを巻き添えにしても構わない、そうきっぱりと言い切るジェイクには相変わらず抵抗を覚えて気分の良くないルチルであったが、彼のお陰で標的のうちの一人はこうしてあっさりと倒す事が出来たのもまた事実だ。

 標的、この地域に侵攻する王国軍の戦力の一つであり、カーセム城を陥落させ駐留軍を壊滅させたのが、ジェイク達が今朝確認した異質な力を使う者達の事である。

 そのうちの一人の少年は剣から強力な火炎を生み出し操り、もう一人の奇抜な服装の少女は杖を使って人の姿を見えなくさせるといった、通常では考えられない『力』の持ち主であるのを、ジェイクもルチルもその目で確かに見た。

 ジェイク達が見た彼等の異質な強ささと、道中であったカーセム家の男の証言を合わせて考えると、少なくともこの地域に侵攻している王国軍の戦力の中では彼等が中核的存在であるのは明らかであった。

 王国軍を退ける事で徴兵されたルチルの村の人間を戦闘から救うのならば、まずは特異な力を持ったあの『少年達』を仕留めない限り達成は出来ないだろう。

 だからこそ、ジェイクはあえて正面からぶつかっては瞬殺されるであろう彼等に、罠という形で攻撃を仕掛けたのだ。

「早く逃げないとまずいんじゃない? 上にはまだ敵がいるみたいだし……」

「分かってる、だから出てくるなと言ったんだ。それに、注意を逸らすための囮がいる」

「囮?」

 ジェイクの言葉の意味が分からずオウム返しをするルチルに、彼は顎で川原の遠くを指す。

 何気なくそちらへ視線を向けると、ルチルの目に川の畔には似合わない物体が映った。

「……っうぅ!?」

 直後、抑え込んだばかりの嗚咽が再び喉へと駆けあがってくるのを感じ、口元を手で塞いでその場にしゃがみこむ。

 はっきりとは見えないが、見間違う彼女が目で捉えたそれは、動きもせず息もせず、一部は醜く損壊し、それでもかろうじて人の形を保っている、血潮に塗れた亡骸であった。

「な、何よあれ、あれが囮って、どういう事よ!」

「正しくは囮の一つ、だがな。剣一本であのおかしな力を使う王国の連中に勝てる訳がない、

 正直あの連中だけなら俺は今でも様子見を決め込んでいただろう」

「もっと分かりやすく説明しなさいよ! あれは誰!?」

 囮、という物騒な言葉に不安を煽られ、ルチルは意図せず取り乱して問い質していた。

「農奴だ」

 その言葉を聞いた瞬間、ルチルは頭の中が真っ白になっていた。

 体全体を気持ちの悪い寒気が包み込み、急激に起きた震えを、拳を握りしめて耐える。

「は? なにそれ……」

「お前も見ただろ、あの連中が連れていた、徴兵義務を放棄した農奴だ」

 王国の精鋭である『標的』は徴兵された帝国の農奴を殺さず、王国の拠点や元いた村へ戻す事で保護する対応をとっていた。例えここが帝国の領土だとしても、王国軍が支配してしまえば実質的にこの辺りは王国のものとなる。王国軍に投降し帝国の命令に背いた農奴達にとって既にここは『徴兵』などという戦いを強いられる法の及ばない地域、ならばと本来いるべき村に戻る事を選んだのだろう。

 恩情か哀れみか、投降した帝国の非戦闘民には比較的温厚に接する方針らしい。それ故に白旗を降ったとはいえ敵国の人間の行動を規制せず、望み通りに帰郷を許していたのだろう。

「弱い所を突いただけだ。盗賊ってのはそういうもんだ」

「突いたって……あそこで農奴の人が死んでるのは、あんたの仕業だってって事!?」

「そうだ」

 当たり前だろう、といった風にジェイクは素っ気なく答えた。

「なんで、どうやって!?」

「襲わせたんだ、盗賊に。この地域には盗賊と呼べる奴等は腐る程いるが、組織だった活動を

 している力のある連中は数える程しかいない。その中の一つに木につけた傷の深さや形で仲

 間に指示を出すのがいる。『獲物の数と使用する道』を教えただけだが、確実に仕留められ

 る道幅の狭くなる橋の手前で襲撃するあたりは実力のある組織だな」

 大した事でもないように、まともに目も合わせず手にした剣を眺めて刃こぼれを確かめながらすらすらと説明していくジェイクに、ルチルは自身の胸の中に感じの悪いむかむかとした熱さを覚え、口元を噛みしめる。

「単なる野盗ではなくある程度統率のとれた戦い方をする盗賊だから、『標的』相手でも少し

 は時間稼ぎにはなるだろう」

 渓谷の上、橋が崩れた崖からは空気を震わせるような轟音や閃光の瞬きに混じって、喧騒や悲鳴らしき声が入り混じったものが微かに聞こえてくる。『標的』の力による桁外れに大きい音や光もので殆ど掻き消されている無数の声の主は、おそらく彼等が連れていた農奴達だろう。

 遥か上の高さからでも聞こえるような叫びからは、彼等が今危険な状態に陥っているのだろうというのが安易に想像できた。

「あそこで死んでるのは、橋が落ちて足止めを食らっている間に盗賊に襲われて、その拍子に

 足を取られた奴なんだろう」

 そしてその原因が、目の前にいるジェイク……自分の協力者であるという事実を思い知らされたルチルは、全身にどろりと重苦しい空気が纏わりつくような不愉快な気分に包まれていく。

「とにかく目的は達した、さっさとここから離れるぞ」

「……っ!」

 剣を腰に戻し、近くの森へ足を進めようとするジェイクの正面に回り込み、ルチルは無言のまま小さな拳を彼の胸元へと突き付けた。

 飛び出しそうになった感情を押し殺すように、ギリギリと歯を食いしばりながら。

「……なんだ、何が言いたい」

 一際冷めた視線で見下ろしてくるジェイクに、キッと強い視線で見返すルチル。

「……っ!」

 それでも、彼にぶつけたい感情の込められた言葉を発するのは直前で留める。

「分かってるわよ……『標的』を倒すためには、あれくらいの事しないと駄目って事なんで

 しょ、あんたの力じゃ」

「……そうだ」

「分かってる……私だって認めて、覚悟した、していたつもりだったのに……」

 胸が四方から押し潰されるように苦しい。

 罪悪感、嫌悪感、あらゆる負の感情が体を襲い、心を犯してくる。

 人が死ぬのは珍しい事ではない、ルチルも村の大人が病気によって亡くなるのを何度か経験していたため、人が死ぬ悲しさは知っていた。

 だが今回はそれとは百八十度違う。

 ただ死んだのではなく、その原因を作ったのはジェイクであり、作らせたのはジェイクの協力者であるルチル自身であったからだ。

「人を殺したり関係ない農奴を殺させたりしたあんたを責めたい訳じゃない、あんたは私の我

 儘を叶えるために私に付き合ってくれてるんだから……でも、それでも、あんたに対しての

 怒りが湧き上がってくる自分が、情けなくて……」

 自分の村の人間を戦いから救うために、戦いの原因である敵を倒すために、出来る限りの手段を行使してくれたジェイクに、自分は不快な感情を抱いている。そんな自分にルチルは腹が立っていた。

 言葉で汚い手段を容認しながら、心で汚い手段を否定している中途半端な自分に対する苛々をどうすればいいか分からず、しかし押し黙るには有り余るその感情を、唯一の協力者であるジェイクにぶつけてしまったのだ。

 再び視線を落とし、目尻を潤わせながら歯ぎしりを鳴らして己の怒りを抑えるルチルをジェイクはしばらくの間表情一つ変えず黙って眺めてから、

「不愉快になるのは、お前が真っ当な人間な証拠だ」

 ルチルの頭を片手で掴んで首を上げさせ、強引に目を合わせさせてきた。

「人を殺す事を簡単に受け入れられる人間ってのは多くない。それは農奴でも市民でも兵士で

 も、盗賊だって同じだ」

「えっ、でも……」

「人殺しが人殺しをなんとも思っていない訳じゃない、単に慣れているだけだ。自分が生きる

 ために、利己的に行動しようとした結果他人を犠牲する。それで自分が食いつなげば、また

 自分のために他人を犠牲にする。それを繰り返した連中の集まりなんだ、盗賊ってのは」

 あくまで俺の経験上ではな、と付け加え、ルチルから目を離さずジェイクは言葉を続ける。

「慣れているから俺は『標的』共と一緒にいる農奴を襲わせた。お前が怒ると分かりきった上

 でやったんだ。お前の協力者として、俺が目的達成のための有効な方法としてな」

 冷えきった眼光の奥に、胸を射抜く程のはっきりとした強い意志が、その言葉を聞いた時だけ垣間見えた気がした。

 彼はルチルのためにとった行動によって、ルチルに不快感を抱かれてるのを知って尚、ルチルの協力者である事を自称したのだ。

「わ……私は……」

「押し殺せ」

 ジェイクは頭を掴む手に力を入れて、ルチルに短く訴えかける。

「今の俺とお前は弱い。弱いから目的のために望まない行動を取っている、これが正しいのか

 どうかも分からない。それでも目的を果たす事だけを考えて動け、例え心が拒絶しても必要

 なら我慢してそれを押し殺せ。弱者の俺達にはそれしか出来ないんだよ」

「……っ」

「お前が今持っている怒りを忘れるな。持っている限り、お前は毒される事はない。村の人間を助けたいという、無謀な望みを叶えようとするお前のままだ」

 彼の声色に、僅かな抑揚が生まれたのをルチルは感じていた。

 その時彼が怒っているのか嘆いているのか悔しがっているのか、どのような感情が現れたのかは分からないが、彼が何らかの強い気持ちを持っているのだけは伝わってくる。

「いいな?」

 終始彼の迫力に圧倒されたルチルは、未だ治まらない体内の怒りという熱さと罪悪感という寒気に必死に耐えながら、ゆっくりと首を小さく縦に振った。

「行くぞ、『標的』に顔を見られる訳にはいかん」

 ルチルの頭から手を離し、すれ違うようにしてジェイクは今度こそ森へ向けて歩みを進める。

 ルチルは気を取り直すように深く深呼吸して、一瞬だけ川原に横たわる二つの死体を視認してから、少し離れて彼の後をついていく。

「気にするな、お前が殺した訳じゃない」

 木陰に踏み入ったところで、ジェイクは振り返らないままルチルにそんな言葉を告げる。

「お前の望みを叶えるために出来る行為の選択肢が、俺には他人を巻き込んで犠牲にする事し

 かなかっただけだ。お前が責任を背負う必要はない」

 慰めとも取れるジェイクの言葉に面を食らうルチル。

「……気休めにしか聞こえないだろうがな」

 再び足を進め出す彼の背中を眺めながら、ルチルは彼が自分にかけた言葉を反芻させる。

『押し殺せ』

 彼女の胸中を浸食する、関係のない農奴を巻き込んだジェイクとそれを容認したにも関わらず拒絶反応を示す自分へのどうしようもない怒りを、彼は抱いて行動しろと言った。

(あいつ、一応私の気持ち考えてたんだ)

 叶う可能性の少ない望みをルチルに諦めさせるのではなく、途中で投げ出さないように釘を刺されたような気分になった。

 二人の協力関係は確固としたものではない。ジェイクはその気になればいつでもルチルを見捨てて逃げる事が出来た。

 そもそもレチオンの街で出会った時点で、ルチルの父が隠していた財産を強奪して逃げるという選択肢もあった。それをルチルが泣き寝入りで引き止め、切り捨てられるのを覚悟で協力してもらっている関係なのだ。

 それでも、ジェイクは途中で投げ出さず、『標的』を倒すために全力に尽くしている。

(なんで他人の願いのために、そこまで真剣になれるのよ、あんたは)

 ルチルは自分で巻き込んでおいてこんな事を考えるのはおかしいと思いつつ、ジェイクの揺らがない行動力に驚きと不思議さを覚えた。

 とはいえ彼がルチルにとって唯一の協力者であり、頼れる相手である事に変わりはない。

「……ごめんね」 

 川原に横たわる二つの遺体に対し、『標的』を仕留める過程で巻き込んでしまった事を詫びてから、ルチルもその場を立ち去った。

 事切れた彼等が目に映っただけで再燃する心の中の熱い感情を、しっかりと感じながら。


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