2章 4
八月一日兄妹が帰宅したころ、園芸部室には暗い沈黙が漂っていた。
沈黙の渦中にあり、更になにやらその原因を作ってしまったようであるサトルにはどのくらいその状態が続いていたのか、思い出すことができない。そしてもちろん、この沈黙を破る勇気もない。何が聖を苛立たせたのか分からないなりに、この場の空気を悪くしたことにしょんぼりとしていた。
「ま、あいつの地雷なんて誰も話題に出さないもの。知らなくて当然よね」
実際、風代がこの沈黙を破ってくれたが、これでサトルの心が立ち直るわけでもなかった。
「僕なんか悪いこと言った?」
雪代が苦笑いした。それはサトルに向けたものではなかったようだ。次に発した言葉でそれがはっきりして、サトルは少しほっとした。
「みんな最初は彼とはこうなの。他人への警戒心が異常に強いのよね」
「あいつを手なずけられたのなんて裕太さんだけなのよねぇ」
盛大なため息とともに風代がぼやいた。聞き覚えのない名前を耳にしたサトルはつい聞き返す。
「裕太さん?」
「前の園芸部の部長。リーダーのひとつ先輩だったの。兄妹以外で聖が従順だったのはこの人だけよ。何でかしらないけど」
肩をすくめながら風代が答えた。名前しか知らない人物の話題を掘り下げるつもりもなく、次に浮かんだ現実的な疑問を、サトルは氷上姉妹に投げかけた。
「へぇ・・・・・・。そういえば、リーダーといえば、奏部長ももうここの『学生』ではないんでしょ?部長はどうなるの?」
「聖が継ぐわ。表面的な園芸部だけしか知らない人に部長を任せるわけにはいかないし、そもそもそういう部員って、ほとんどが名ばかりの部員なのよね。ただ、超能力的な活動をする上でのリーダーは変わらず八月一日先輩よ」
雪代の返答に対して、風代が「聖ねぇ・・・・・・」とつぶやき、話題を元に戻した。
「とにかく、プライベートなこと聞かれるのをすごく嫌がるのよ、あいつ」
「リーダーか早苗ちゃんに聞いたら?」
「それはちょっと無・・・・・・」
「それは出来ない」とやんわり伝えようとしたであろう雪代の言葉を、非常に強い勢いで風代が遮った。聞きなれない単語を伴って。
「聞けるわけないじゃない!あんたKY?」
「え?けーわい?」
「べつに!」
「えぇ・・・・・・」
塾で教えていたころと似たような会話がここでまた展開されるとは、サトルも思っていなかったようだった。