2章 2
「兄さんだよ」
「おおぅ!」
突然聖の声がした。ドアの開く音に、一同は気づかなかった。
「聖!入るなら言いなさいよ!」
「部室を占有するなよ」
「気遣いの問題でしょ」
「難癖つける前に話題選んだら?」
「何ですって?あんたが入ってこなきゃ別におかしい話題じゃなかったわ」
「だったら何でそんなに気まずくなるのさ」
聖の入室と同時に、風代との言い争いが始まった。二人は顔を合わせるといつもこうして何かしら言い争っている。雪代と聖はどうもないのに、どこにその違いがあるんだろうか、とサトルはまた傍観しながら考える。
「はじめまして」
そこへ、やさしく語りかけるように挨拶をしてきた少女がいた。明るい赤茶の髪に陶磁器のように肌理の細かく白い肌、そしてエメラルドのように輝く緑の瞳。特徴が全く同じである。予想を直接本人に尋ねた。
「もしかして、君がリーダーの妹さん?」
すると、少女は自分のこともメンバーとしてサトルの耳に入っていることがうれしかったのか、顔をぱっと明るくした。まるで花が満開に咲き誇るように、柔らかで清純な、そしてかわいらしい笑顔だった。
「ええ。奏と聖の妹で、八月一日 早苗といいます」
「僕はフジオカ・サトル。よろしく」
「私こそ」
二人は握手を交わし、友好的な関係を築き始めた。
「日本では始めての学生生活なんですって?とっても楽しいのよ」
早苗の丸くて大きな瞳からこぼれんばかりの緑の光が眩しい。くっきりとした目鼻立ちと丸い目は好奇心に満ちた子犬のように純粋だった。まるで聖の心と顔面をピカピカに掃除したみたいだ、とサトルは思った。
「本当に?それは楽しみだ。いろんなイベントが待ちきれないよ」
サトルも笑って見せた。
「英語教室で教えていたころ、生徒によく話して聞かされたんだ。僕は通ったことがなかったから、ようやく経験できるよ」
「素敵な生活になるわ。楽しんでね」
「ありがとう」
「そういえば、おかえり」
雪代が話の腰を折った。もしこの言葉がなければ、聖と風代の口げんかはさらに激しさを増していたことだろう。サトルが無意識にその話題に乗っかる。
「そうだ。聖、どこ行ってたんだよ」
「フランスよ。兄さんが私を迎えに来てくれたの」
「そうなんだ。君はフランスにいたの?」
「ええ。でも中学からは日本よ。休暇を使って、祖父母と親戚に顔を見せに行ったの」
ようやくサトルは、この八月一日兄妹の顔が日本人離れしている理由に気がついた。自分と同類のようだ。つまり、日本人以外の血が流れているのだ。合点がいったサトルは更に尋ねた。
「君たちはクオーターなの?」
「え?」
「だって、ほら、ご両親が日本にいて、おじいさんおばあさんたちは海外って、そういう計算になるかなって」
「だったら何」
なぜか聖が邪険な顔をして食いついてきた。早苗が「兄さん」と呼んだが、二人は気づいていない。
「いや、僕も混血らしいから、仲間だと思って。それがおかしいかい?」
「詮索もほどほどにしなよ。目障りだ」
「なんだよそれ。自分からここに半ば強制的に誘っておいて。そんな言い方ある?」
「サトルさん!」
早苗の声が響いた。突然名前を大声で呼ばれ、サトルは驚いた。柔和な早苗がこのような緊迫した声色を出せるとも思わず、その意味でも驚いていた。早苗本人も驚いていたようで、あわてて苦笑いした。
「ごめんなさい。兄さんたら、時差ボケになって少し機嫌が悪いの。兄さん、もう今日は家に帰りましょ」
「分かったよ、悪かった」
にわかに落ち着くはずもなく、苛立ちの表情を見せつつも、聖は早苗には詫びた。早苗が変わりにサトルに詫びつつ、二人は足早に部室を後にした。ここで詮索よりも先に思い浮かんでもよかったはずの疑問がようやく浮上した。
「帰るって・・・あの人たち、どこに住んでんの?この間ここが家みたいなこと、リーダーが言ってたけど」
当然のように答える氷上姉妹。
「「この敷地内」」
「な ん だ っ て --------!?」