2章 1
春、四月。
サトルは三月に、初めて日本での進学を果たした。八月一日学園大学人文学部国際経営学科の一回生に、特待生の枠での入学を果たした。残念ながら就職の報告ではなかったものの、両親も喜んだ。
トモは停学処分が出たが、退学せずに今月から復学することになった。サトルは、トモは一生徒であるから、個人的な付き合いを避けるために塾のアルバイトを辞めることに決めた。新たな環境に飛び込むのだから、身辺整理もしたいと思っていた。掛け持ちしていたアルバイトを同時に辞めることにリスクや寂しさもあったが、新生活に心を向けるため、サトルに後悔はなかった。賃貸マンションも更新を断り、大学の寮に入居することにした。
社会的ステータスの高い家柄が多いという噂どおりに、長期休暇を海外で過ごす学生が多く、生徒の出入りがなかった。三月は奏や氷上に必要知識を習い、就業に備えた。聖は二月の下旬から姿を消していた。一緒に部室で昼食をとりながら尋ねると、雪代は「今、日本にいないの」と言っていた。
「あいつも旅行?もっと根暗そうだけど」
「そういうより、用事があって」
「へえ。聖は先輩なの?友達?」
「うーん。恩人」
「お、恩人?」
サトルは驚いた。
「私と妹も、聖くんに誘われたの」
実は氷上 雪代には妹がいた。双子の妹、風代だ。春に二回生になる、二卵性双生児の姉妹だ。だから実際に会っても双子だと気づかなかった。雪代は黒髪の長髪をストレートにセットし、いつもハーフアップにしていた。メイクアップはいつもナチュラルで、すっぴんなのか最低限の化粧にとどめているのかも分からないぐらいの薄化粧である。それで十九歳に見えないほど大人びているのだ。元が非常に美しい顔立ちなのだろう、とサトルは感じていた。
一方、風代は化粧栄えする顔立ちだった。彼女ももともとが美人だからだろうが、華やかでかわいらしい出で立ちをしている。姉より彼女のほうが、年相応の楽しみをしているようにサトルには見えた。髪形を気分や服装でアレンジしたり、時にはシンプルな出で立ちで現れたりもする。
二人ともに共通しているのは、「芯が強い」ということだった。二人とも穏やかな振る舞いだが、気丈な内面であろう表情をよくしていることにサトルは気づいた。
「父を闇の魔術で亡くしたの。そのときは聖くんとリーダーの先輩が来てくれたのだけれど、父は結局助からなくて。元々父子家庭だったから、そうしたら彼が、一緒に来ればいい、って。そのあとはリーダーが稽古と知識をつけてくれたわ」
「そんなことがあったんだ・・・・・・大変だったね」
「学費の工面も必要だったけれど、学園の奨学金制度を使う立場を提案してくれて。だから、私たち、ここで生きていられるの。八月一日家はみんな恩人なの」
八月一日に貢献したいという姿勢こそ、彼らが精神的に非常にタフであれる証拠なのだろうか、とサトルは思った。
「それもそうだけど、他にもあるでしょう」
紅茶を淹れながら、風代が雪代にちょっかいを出し始めた。
「恋の相手を他に取られたくないものね」
「違うわよ」
雪代が冷静に言った。しかし、眉間にしわがよっていた。これが兄弟げんかか、とのんきにサトルは眺めていた。
「あんただって同じ癖に。でもそもそもあの人はもう人のものでしょ」
「あの人って?」
一人っ子というのは、大抵一度は「空気は読むものでなく吸うもの」と思ってしまうのだ。睨み合いの間に挟まれつつ、サトルが尋ねた。二人はそそくさと食事を再開した。