1章 10
「ここの大学に?」
サトルは鸚鵡返しにたずねた。
「そうだ。教育学部や人文学部の国際が似合うと思うが。英語教師の資格もとれるから、ゆくゆくはここで働く道もある」
奏の表情は生き生きとしていた。
「かくいう俺も、ここを継ぐのをやめて、フランスの実家に帰ろうと思ったこともあった。だけど、ここに居ることで、俺は春から教師になる。この組織も守れる。だからここに残ったんだ。ここの法人で働くことを狙いつつ、学生からはじめるという方法もあると思うんだ」
「フランス?跡を継ぐ?」
そうたずねてから、サトルは大変重要なことを思い出した。彼もあの冷淡な青年も、苗字を「ほずみ」といった。そしてここは「八月一日学園」なのである。上司から聞いた話では、この学校法人は外資のようなものだ、と。そして彼らは兄弟で、二人とも日本人離れした顔立ちをしている。
「あ、あの・・・・・・ここの学校法人の、関係者さん、ですか?」
「ああ、父が理事長なんだ」
サトルはコーヒーカップを取り落としそうになった。弁償できない額だったら、とひやりとした。
「じゃあ、その、非科学的・・・・・・というのは」
「代々、そういう体質で生まれてきたんだ。なんでだろうな。だけど、ほかにもそういう人たちが居ると知って、父が立ち上げたんだ。君も俺たちとの家系とは関係がないだろうが、やっぱり似た力を持ってる。それで困ってる人を助けたり、悪用しようとする奴らの企てを阻止したり。それがここの組織の活動だよ。やり口はおかしいが、聖の見る目は本物だ。君も相当力が強いんだろう。我々にとっては大きな戦力だ。君にとっても、公には言えない悩みを解決する糸口になるかもしれないよ」
指を組んで語る奏の姿は、時期経営者を思わせるものがあった。聖はといえば、カウンターでコーヒーのおこぼれに預かっているが、そんな気配はまったくなかったので笑いそうになった。そんな雰囲気ではないが。
「話が脱線したが・・・・・・利害の一致というやつだ。どうだろう」
「でも、学費が」
「特待生の枠がある。だから人文か英語の教育を勧めたんだよ。それからこの組織の件もあるし、その情報はどちらにしても親父の耳には入るんだ。・・・・・・完全な実力で挑みたいなら事後報告にするが」
ルーツを探るための足場をここで作る。この気持ちを固めるのに、奏の説得力は大いに役立っていた。サトルは心を決めた。立場が安定するほうが、両親も安心するだろう。
「どちらでもかまいません。やらせてください。この体質も僕には謎でしたから、損はありません」
「決まりだ。よろしくな。試験の要項を渡すよ。それから、この組織には俺の権限で前倒しで入ってもらう。いいかな?」
サトルは大きく頷いた。