序章
これは、高校生の頃から10年近く練り続けてきた、ある意味我が子のような物語です。
どうか読んでやって下さい。
「来るな・・・・・来るな!」
日本国内、某所。薄汚れた古臭いマンションの一室で、事件は起きていた。この中年男が上ずった叫び声を上げたのが平日の日中であるから、普通は周囲が怪訝に思うことだろう。幸い、ここは三階であり、基本的に殆どの人間が勤めに出ている。野次馬はなかった。
人目をはばかるようにカーテンは締め切られているので、薄暗い室内だった。もちろん、「事件」であるから、人目をはばかるつもりで締められているのであろうが。
男は後ずさり、握り締めた拳を更に固くしていた。指の間から、黒い小石が僅かに姿を覗かせていた。男は続ける。
「これは誰にも渡さない!」
次に男はもう片方の手で背後に隠し持った刃物を振りかざした。
それと対峙するのは青年と若い女。室内にも関わらず、靴を履いていた。今日が雨であれば、畳が泥まみれになって管理人を激怒させていたことだろう。青年は男と刃物を冷めた目で見つめていた。その後ろに立つ女が口を開いた。
「もう一度聞きます。あなたは片桐智雄さんですね?」
その女は、むしろ少女と称してもおかしくはないようだ。長い黒髪をゴムでハーフアップにしただけのヘアスタイルと、まるですっぴんのようなシンプルなメイクアップが素朴さを醸し出しているからかもしれない。それとも、日本人の典型と言われる整ったアーモンド型の目の瞳が、オリーブを思わせるグリーンの輝きを見せているからだろうか。しかし、その堂々とした言動たるや、外見から予想される年齢からはひどく大人びていて、並んで立つ青年のふてぶてしい態度をよりだらしなく見せるほどだ。
その青年の方はといえば、顎を上に持ち上げ、男を見下していた。男より背丈が勝っている上にこの態度である。青年は女より幾分年上のように見える。女の存在感とは違い、特徴的なのは外見であった。黄色人種にしては、いや、もしこの青年が仮に白人であったとしても一際目立つであろう白い肌である。光の加減によっては顔色と体調を気にかけられそうなほどである。重ねて、深いブルーグレーの色をした瞳が、肌の青みを一層際立たせていた。まるで大輪の花のように丸々とした瞼の中心に、まるで宝石のように鎮座した瞳は、無造作に垂れた栗色の前髪から垣間見える。冷たく棘のある、鋭い視線で男を圧倒しているようだ。
実は入室からこの場面に至るまで一度たりとも口を開いたことのないこの青年が、ついに痺れを切らした様を言葉にした。
「返事は。」
追い詰められた男は、この静かな一言に込められた、激しい敵意を非常に敏感に感じとったようである。手に握った刃物――出刃包丁なのだが――それを青年めがけて振りかぶった。二対一で勝ち目がないと悟ったのか、悪事を働いたことを認めないつもりなのか、どうやら眼前の二人の命に目を付けたようだ。
あっという間に、決着はついた。男は刃物を持った手を背に捻られ、動きを封じられていた。封じたのは青年である。表情一つ変えず、まるで流れるような所作だった。女は見慣れているが、第三者として男がこの一連の動きを見たならば、美しいと感じたことであろう。
「闇属性の物質所持で魔術管理局まで連行致します」
女の声が、現状とは正反対に、事務的であった。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
彼らは全て私であり、彼ら自身でもあります。
これからも、私と読者の皆様とで大事に彼らを育て、あたためてゆきたいと思う次第です。
この先も読んで頂けますと幸いです。
何卒よろしくお願いします。