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こんな夢を観た

こんな夢を観た「夕焼け空」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/11/11

 その町では、もう長いこと夕焼けを見た者がないという。

「最後に見たのは、ありゃいつだったけかな、ばあさん」縁側で番茶をすすりながら、おじいさんが声をかける。

「そうですねえ、震災前には、毎日のように見られましたよ」おばあさんの言う「震災」とは、関東大震災のことに違いない。となると、かれこれ90年ほど昔になる。

 おじいさんは、湯飲みを傾け、残りをずずっと飲み干してしまう。年期のいった盆の上に、タンッと置き、

「そうか、そんなになるか」とだけつぶやいた。


 わたしは、この町に来てまだ日が浅い。言われてみれば、確かに夕焼けを見た覚えがなかった。

「これでは、町の人があんまりだ。何とかしてあげられないかなぁ」つい、気の毒になってしまう。

 糸口はないものかと、インターネットで調べてみる。キーワードは、「夕焼け」「関東大震災」「ずっと」「見ていない」。

 すると、この町に関する情報ばかり、数えきれないほど上がってきた。

 たいていはブログで、「夕焼けのないわが町」だとか、「関東大震災と共に失われた空模様」などといったものである。

 いくつか閲覧してみると、どれもどんよりと濁った夕方の風景写真ばかりが載せられていた。たまに夕焼けの写真があったと思うと、それはよその町で撮られたものだった。

 「これがかつての夕焼け空」という写真も、数枚見つけた。ただし、当時はカラー写真が珍しい時代で、当然のことながら、どれもモノクロだ。


「検索の仕方を間違えたなぁ。この町の人達は、それが当たり前のことだとして暮らしてるんだもん。あきらめちゃってるんだよ、とっくに」何だか、悲しくなってきた。

 夕焼けはどうしてできるのだろう。まずは、それを確認しておこうと思った。入力した単語は、「夕焼け」「なぜ赤い」。

 結果わかったのは、日が傾くと、光が大気を通過する時間がその分長くなり、青いスペクトラムが吸収されてしまうということ。

 さらに、朝よりも夕方の方が赤く見えるのは、赤方偏移によるものだという。沈んでいく太陽は、回転する地球から見て、遠ざかっている。ドップラー効果で、波長の長い赤色がよりよく観察されるという理屈らしい。

「夕焼けって、考えていたより、ずっと複雑な仕組みだったんだ」ちょっと、びっくりする。


 興味が湧き、次々と夕焼けに関する情報を集めていると、あるトピックに当たった。

「『夕焼けの作り方、お教えします』だって?」たぶん、ジョークで書いたのだろうが、気になって、読んでしまう。「『とにかく、高いところへ登ります。できるだけ高くです。太陽に触れそうなほど近付いたら、こうつぶやきましょう。わたしは50億年生きてきた。太陽が生まれたばかりの頃もよーく、知っている。何しろ、太陽のおむつを替えていたのが、このわたしなのだからね、と』」

 ばかばかしい。それが、何の役に立つと言うのか。怒るのを通りこして、呆れ返ってしまう。


 昼下がりに買い物へ行った帰り、隣の部屋の旦那さんとばったり出くわす。引っ越してきたばかりの頃、あれこれとお世話になった方だ。

 さっき、ネットで見つけた記事をふと思い出し、話題にした。すると、たちまち目を輝かせる。

「ほう、高いところに登ればいいんですか。そして、つぶやけばいいのですね? やってみようかな。ほら、町外れのゴミ処理場。あの煙突は高いですよ。210メートルもあるんですから。そこのてっぺんまで登れば、間違いなく太陽のすぐそばまで行けますよね。夕方まで、あと1時間か。今から行って登れば、余裕で間に合いますね」


 慌てたのはわたしの方だ。

「そんな、待って下さい。インターネットに流れている情報なんて、いい加減なものが多いんです。それに、これは書いてる人も、冗談のつもりでしょうし」

「いやいや、そう何でも疑ってかかるのはよくありませんよ。まあ、試してみようじゃないですか。ダメで元々、うまくいけば、この町にも夕焼けが戻ってくるわけですし」

 決心は固いようだ。わたしが無理に止める筋合いでもない。内心、つまらないことを話してしまったなぁ、と後悔しつつも見送るよりほかなかった。


 後日、その人から聞いた話によれば、日没の30分前、煙突のてっぺんまで登り着いたという。

「手を伸ばしてみると、あんまり太陽に近すぎて、もう少しで大ヤケドをするところでした」旦那さんは語った。「ぼく、むぅにぃさんからうかがった通り、『太陽のおむつを交換していたのは、他でもない。このぼくだ』そう言ってやったんです。大きな声でねっ」


 ちょうどその頃だった、西の空が夕日に染まり始めたのは。

 わたしは窓から身を乗り出して、沈みかけた太陽を眺めた。後にも先にも、あんなに赤く、あれほどまで鮮やかな夕焼けを見たことがない。

 戸締まりをしていた向かいのおばあさんが、驚きと喜びの入り交じった声で、家の中に向かい、大声で呼ぶ。

「おじいさん、おじいさんってばっ。ちょいと、表に出てきて下さいな。ほら、夕焼けですよ。何十年ぶりですかねえ」

「おおっ、これはこれは……。見事な夕焼けだ、何て見事なんだ。真っ赤になって、まるで恥ずかしがっているみたいじゃないかね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 微笑ましいお話ですね。太陽にも、ちゃんと小さい頃の記憶があって、恥じらったりもするなんて、可愛らしくてほっこりしました。きっと震災の後は長らく、心が冷え切っていたのでしょうね。 昨日ちょう…
[一言] オチににやりとしてしまいました。なるほど、だから太陽は赤くなるんですね♪
2014/11/11 08:03 退会済み
管理
[良い点] とても可愛い太陽ちゃんですね。 そうかぁ夕日って恥ずかしくて赤くなってるのかあ 妙に納得できますね(笑)
2014/11/11 00:13 退会済み
管理
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