幕間 聖月騎士団
主人公に対して他の登場キャラクターがどのような印象を持っているのかを、解説していくエピソードです。若干勘違いもののテイストが濃くなるかも、といった感じがします。
聖月騎士団。団員は女性のみで構成されており、剣術・魔術の両方においてBランク以上の高い実力と、一定以上の容姿の美しさが要求される。また、10人以上の集団でのみ行使できる『集団魔術』の中でも高度な部類に属し、術者に対して敵意を持つもの全てに苦痛と圧力を与える『聖女の帳』を行使するために、全団員が純潔を守る、清廉なる騎士団。その名声は内外に響き渡っており、彼女たちに護衛を努めてもらえることは、他国の王族にあっても一つのステータスとして認識されている。そんな、美しさと神聖さを兼ね備えたような騎士団の面々は今…
「「「おろろろろろろろろ…」」」
大海に向けて、盛大に吐瀉物をぶちまけていた。もしも、この光景を長年のファンが目撃してしまったら、おそらく寝込んでしまうだろう。それくらいに、凄絶な光景だった。
「う…ぐふ…さすがに、一睡もせずに行軍した上で、この高速船というのは色々と堪えるな…」
柑橘系の果実と水を合わせた飲料で口をゆすぎながら、レオナはうめく様に座り込んだ。事の始まりは、昨日の夕方のことだ。かつて、多くの大国を滅ぼした災厄級の魔物『破滅の果実』それを独力で討伐するという神話のような偉業が成された。宰相や各省庁の長官、そしてギルドの長たちは『破滅の果実』への対策会議を件の偉業をなした『黒騎士』への対応会議へと切り替え、5時間にわたって議論を重ねた。
結果として、まずはどのような人物なのかを探るためにも、面識をもつことから始めよう、ということになった。また可能であるなら、来賓としてガルフレイクを来訪していただき、女皇陛下とも面識をもってもらいたい、とも。では、その為の特使はどのような人物が適当か。この議論は非常に難航した。普通に考えれば、外交庁の文官がその任を担うのだが、今回は場所が場所である。
文官に暗黒大陸に赴け、とはあまりに酷な命令だ。さすがに命令を拒否する文官が多発するのは目に見えているし、また本当に命令拒否が多発した場合、組織としての体裁に、容易に拭い去れない傷がつく可能性がある。
仮に命令を受諾する文官が現れたとしても、1人の文官を守る為に、暗黒大陸を行軍するのに必要とされる通常戦力…1000人規模の軍隊を送り込むというのは、あまりに不自然過ぎる上に、召集に時間がかかってしまう。そうした動きから、他国に『黒騎士』の存在を気取られ、先に面識を持たれてしまうのは、最悪の展開だった。更に言えば、いかに丁寧な言葉で感謝し、もてなしたとしても、1000人の軍隊に囲まれた状態では脅迫以外の何物にもならないだろう。
つまり、命令を拒否せず、暗黒大陸に向かったとしても他国に対してある程度の言い訳が可能で、且つ少人数で暗黒大陸に赴くことが出来る武力を率いている上に、使節として一定以上の礼節を弁えた人物。それが今回の任務には適当であるという結論に至ったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが聖月騎士団の長を務めているレオナ・ラインハルトである。彼女が『黒騎士』に対して並々ならぬ興味…というか熱意を持っているのは会議中に『黒騎士』の偉業を熱っぽく語っていたことから察することが出来たし、前回の開拓で犠牲になった人々の慰霊という体裁をとれば、この時期に暗黒大陸に赴くという不自然さもある程度は払拭できる。
また、彼女が率いる聖月騎士団ならば『聖女の帳』を行使することで少人数での行軍が可能である。『黒騎士』が男であれ、女であれ、見目麗しい女性に来訪を乞われた方が良いだろう、という意見もレオナの選出を後押しした。
もちろん『黒騎士』がこちらに敵対的だという可能性もあるのだから、国の顔の一つとして数えられる聖月騎士団を使節とするのは危険ではないか、という意見もあったのだが、それを言い始めたら、このまま『黒騎士』の偉業を見なかったことにするのが最善ということになりかねない。さすがにそれは礼を失する対応だし、まずは相手の事を信用すべきだ、というガルフレイク商人の大原則が説かれるにつれ、そうした意見は消えて行った。
方針が決まれば一瀉千里。放たれた矢の様に迅速に行動するのがガルフレイクの流儀である。各省庁は歓迎式典の準備やその他雑務、またそれに伴う予算準備にとりかかり、ギルド長たちは情報操作に奔走を始める。特使として選ばれたレオナは速やかに人員選出を行うと、一睡もせずに、早馬を何頭も使い潰しながら暗黒大陸に最も近い港町であるシーフォートへと向かった。
そして高価な推進用魔道具が搭載された高速船に乗り込んだのだが…その強行軍と凄まじい波揺れに団員達は耐え切れず、死人のような顔で船の欄干によりかかる破目になったのだった。もちろん、レオナもその例外ではなかった。しかし、こみ上げる吐き気を噛み殺しながらも、その眼には燃え上がるような生気がみなぎっている。
「やっと…見つけた。私の全てを捧げるに値する人を…どうか、待っていてください…今、迎えに行きますから」
その情念と憧憬が入り混じった様な呟きを聞きながら、彼女の幼馴染であり、同僚でもあるシロディールは苦笑を浮かべた。彼女は非番の日に呼び出されたので、睡眠時間などに余裕があり、他の団員の様に悲惨な状態にはなかった。なので、目の前のレオナに対して冷静に思考を巡らすことができた。
レオナは幼馴染という贔屓目を除いても、非常に優秀な人物だ。『黒真珠の姫君』と称される際立った美貌とガルフレイク内でも10指に入る剣術と魔術の技量。そして学業においても当然のように主席の座をずっとキープし続けるという、明晰な頭脳の持ち主でもある。年頃の女の子が『こうなりたいなぁ』と思い浮かべるような姿を、実際に体現している女性と言えるかもしれない。
しかし、優秀過ぎるが故に、レオナは自分以上か同等程度の実力がある人物以外を一定以上に近づけないところがあった。見下したりはしないのだが、知り合い程度には扱っても、決して友人としては扱わないのだ。そんな彼女だから『年齢=異性に好意を持ったことがない歴』になるのは自明の理だったのかもしれない。
純潔を第一義としている聖月騎士団に置いて『年齢=彼氏いない歴』になる人物は、そう珍しくない。だが、好意を持った者すらいない、というのは流石にレオナくらいのものである。その対象が近所のお兄さんであれ、社交界で出会った美男子であれ、普通は思い返してみれば、好きだったかも、くらいの人物はいるものだ。だが、レオナにはそうした人物すらいなかった。
『どんな人物がタイプなのか』と問われれば真面目な顔で、英雄譚の中の英雄を挙げる様な女性…それがレオナだった。そんなレオナを見て、彼女の父であるレオン・ラインハルトは『レオナの孫はあきらめた方がいいかもしれない…』とたびたび酒をあおっていたとか、いないとか。
そんな生暖かい視線で見られていた彼女だが、今回の豹変振りはなんとも微笑ましい印象を周囲に与えていた。シロディールは思う。彼女は今、全力で恋をしているのだろう。今までそうした想いとは無縁だった分、揺り返しがきている、ともいえるかもしれない。ちなみにレオナが特使として選ばれた一要因として、彼女を幼い頃から知る人々の老婆心めいた思惑が、多少なりとも介在してもいた。
しかし、シロディールはそれ故に、今のレオナの在り方に若干の危うさを感じていた。彼女は、恋に恋している状態である。唐突に、自分の理想に適合する人物を見つけて、我を忘れている面がある。まだ、会ってすらいない人物に、期待を込めすぎている。幼馴染として、レオナの恋は応援したいのだが、行き過ぎた好意は得てして相手に枷をはめ、悲劇的な結末を呼び込むことすらある…らしい。前に見た演劇でそう言っていた。
だからこそ、私は彼女のフォローに回るとしましょうか。こう見えてキューピッド役には定評があるのだから。そう決意も新たに、シロディールは顔を青くしながらも微笑むという壮絶な様相を呈しているレオナを見つめるのだった。
色々とぶっ飛んでいるレオナさんですが、普段は非常に理知的な人物だったりします。それと、シロディールは訳知り顔で色々と語っていますが、ちょくちょく相談を受けたり、恋愛モノの演劇が好きなだけで、色恋沙汰には案外疎いです。
それでは次回、主人公が適当に流した出生譚が彼女たちにどのような印象を与えたのか、というのを勘違い成分120パーセントでお送りいたしたいと思います。