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ちぇんぢ!!  作者: 草加人太
暗黒大陸編
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幕間 ガルフレイク商業連合の人々

 このエピソードは難産でした。最初はいつも通り一人称で書き進めていたのですが、主人公とヒロイン候補の性格が混同してしまい、残念な出来に仕上がってしまいました。なので8000文字まで書き進めたものの、全没という結果になりました。これから幕間は3人称を活用しながら書いていきたいと思います。

 会議室は、静寂に包まれていた。遥か遠くの光景を映し出すことができる魔道具『遠見の水晶』に映し出された、ありえない戦い。まるで神話の一節のような、その戦いに皆が口を閉ざしていた。


 ここはガルフレイク亜人商業連合の議事堂。会議室には、この国の指導的な立場にいる人々が集合していた。理由は、国家非常事態宣言が勧告されたことにあった。『破滅の果実』と呼ばれる、街を破壊しつくしたあとに根を張り、周囲を植物系の魔物が跋扈する人外魔境へと変えてしまう非常に厄介な魔物。それがこの大陸へと向かってきているという情報が、絶えず暗黒大陸を遠見の水晶で監視し続けている魔術ギルドからもたらされたのだ。


 この種の災厄級の魔物は嫌忌剤を多用することで、大量の大砲が設置されており、尚且つ戦術級の大魔法を使用できる魔法使いが常駐している防衛線へと誘導し、地形が変化するほどの攻撃を加えることで討伐する。そうした大規模な討伐作戦を行うために、各省庁と代表的なギルドの長たちが、議事堂の会議室へと集まっていた。


 会議室は先程まで、さながら戦場のような騒然さで満たされていた。此度の討伐で算出せねばならない特別予算、嫌忌剤の手配、大砲や弾薬、更に兵士や兵站といった物の管理。そうした諸々の事態に対処するために、全員が死力を尽くしていた。そしてようやく『第3次災厄級魔物事象討伐作戦』が一応の完成を見ようとしていたときに、それは起こった。


 その異変に最初に気が付いたのは、ガルフレイク陸軍省の将軍であるレオン・ラインハルトの息女、レオナ・ラインハルトだった。浅黒い肌と、金細工めいた長髪。そして肉感的な体躯と夜会では女神にすら例えられる美しさを併せ持つ彼女は、その日父の秘書として、会議に参加していた。


 最初はなにかの見間違いかと思った。それもそうだろう。どのような大規模な開拓団を送ったとしても、1か月足らずで退却せざるを得ない状況へと追い込まれるという暗黒大陸。そこに悠然と佇む漆黒の甲冑は、異質過ぎた。


 レオナの言葉に、まず彼女の父であるレオンが遠見の水晶を訝しげに眺めた。そしてその表情が、驚愕へと変わる。その驚きは、次第に室内にいる全ての人々に伝染していく。しまいには、その氷のような冷徹さとポーカーフェイス、そして合理性でもって冷血宰相とすら称される宰相ヴィルヘルム・アイスバーグすら、驚きのあまり表情を大きく変えて、黒き甲冑の騎士へと視線を注いだ。


 獣王の黒龍鎧と鉄槌の王。この国の建国者でもあり、亜人最強の武人でもあった初代皇帝ガルフレア。彼の英雄が装備したとされる超重剛金製の鎧と矛を身に着け、我が国の砦であった場所に立つ何者か。…鎧と矛自体は、主要な砦に式典用として全く同じ素材、様式で作成した物が配置されているため、そう珍しいものではない。


 しかし、素材の名前からも推察できるように、この鎧は力自慢の獣人でも身に着けるだけで疲労してしまい、ましてや身に着けたまま動き回るなど、冗談としか思えないような代物なのだ。それを身に着けた何者かは、まるで部屋着を着ているかのような軽やかさで、森林を疾駆していた。


 しかも、なお信じがたいことに、黒き甲冑の騎士は傍らに龍を従えていた。龍を従える。そのような恐れ多いことが許されるのは、少年の夢想の中か、神話の中だけであることを、この部屋にいる者全てが知っていた。頑強な体躯と鋭利な爪と牙。そして背中に生えそろった立派な棘から見て、さぞかし名のある龍なのであろう。


 黒騎士と龍は、歴戦のスカウトすら舌を巻くような速度で密林を駆け抜け『破滅の果実』の背後へと回った。いかな強力な騎士とあっても、空中要塞めいた魔物には手が出ない。そうした推測をまるであざ笑うかのように、黒騎士は虚空に頑丈そうな石でできた足場を一瞬で生成し、軽やかに飛翔する。


 この事態に、魔術ギルドの長があやうく気絶しかけた。通常、魔術とは触媒と呼ばれる魔力の籠った杖や宝玉といったものを用いて、相応の魔力と詠唱を捧げた上でようやく発動させることができる。だというのに、黒騎士は触媒など用いずに、尚且つ詠唱している素振りすら見せずに土系統の上級魔術に匹敵するような魔術行使をしてみせたのだ。それは魔道に身を置くものなら、一笑に伏すのが当然であるはずの異常事態だった。


 『破滅の果実』に挑みかかる黒騎士。しかし『破滅の果実』とて災厄級の魔物だ。ぐるり、と回転するとその不気味な眼を真紅に染め、城壁すら砕く威力を持つ魔力弾を黒騎士目掛けて発射しようとした。室内にいた女性陣が、いやぁ、と悲鳴めいた声をあげる。しかし黒騎士の突貫を助けるように、龍が目も眩むような爆炎を吐きかけた。


 自分を、囮にした。会議室にいた武官や騎士達が、その勇猛さに唸る。そして陸軍の長たるレオンはそのような戦法をとることができる黒騎士の勇猛さと、龍との間に存在する深い信頼関係に戦士として深い憧憬を覚えるのだった。


 鉄槌の王が奔る。『破滅の果実』は下手な魔術や剣撃など、その表面を覆う魔力で容易く弾いてしまうほどの防御力を持つ。特に、膨大な魔力が集中している瞳の部分は、仮に大砲が直撃したとしてもさしたるダメージを与えることはできない。できない、はずなのだ。しかし、黒騎士が放った一撃は、深々と『禁断の果実』の瞳を貫いた。


 黒騎士の蹂躙はまだ止まらない。軽業師めいた跳躍で、黒騎士は『破滅の果実』を踏みつけるようにその上に降り立つ。そこからは、完全な虐殺が始まった。黒騎士は次々と名剣、名槍、宝斧を虚空から生成すると、まるで手慣れた屠殺者がするように『破滅の果実』を挽肉めいた肉塊へと変えてしまった。魔道を修める者、剣武の巧みさに生きる者。両者が、そろってその武勇に溜め息を吐く。それには、憧憬と感嘆の色が多分に含まれていた。


 一国の軍隊を以て討伐しなくてはならない、災厄級の魔物『破滅の果実』それをいとも容易く屠ってしまった黒騎士は、あわれな肉塊と化した『破滅の果実』から鉄槌の王を引き抜くと、まるで凱歌を挙げるように武器を掲げる。その凱歌を祝福するように、傍らに侍る龍もまた、咆哮を挙げた。


 その瞬間、黒い騎士の双眸が、確かにこちらを見つめた気がした。誰ともなしに、ヒッ、という声を上げる。まるで、こちらの存在に気が付いているかのような仕草に、緊張が高まった。しかし、それを察知するかのように遠見の水晶に映し出されていた映像が断絶する。



「これは…どういうことなのでしょうな…」


 沈黙を最初に破ったのは、レオン将軍。次いで先程まで沈黙していた人々が、まるで窒息寸前で水中から顔を出した遭難者のように、深呼吸をすると、思い思いにしゃべり始めた。


「災厄級の魔物を、単独で討伐するだと!?そんな話、神話の中でしか聞いたことがない!!」


「一体、どのような魔術体系を修めておるのだ、あの黒き騎士は…!!そして遠見の水晶の効果を単純な魔力放出のみで無効化するとは…どれほどの魔力量を持っておるのだ!!」


「おい、見たかよ!!あのバカみたいに重たい鎧と矛を装備したままで、あの動き!!笑うしかねーな!!」


「うむ…!!ぜひともあの黒き勇者と語らいたいものだ…!!今から酒の準備を始めねばな…!!」


「ニャー!!ごろごろしたいニャー!!」


「…素敵…とうとう見つけたわ、私を捧げるべき王を…」


 口々に黒騎士を称賛する人々。しかし、その渦中にあって、宰相として政治分野を取り仕切るヴィルヘルムは冷静に思考を巡らすと、部屋に響き渡るような低い声で、人々に語りかけた。


「待つのだ。彼の黒騎士が、我が方にとって味方である保障など、まだどこにもない。彼の者の行いは確かに称賛されるべきだ。しかし、我々はこの国を率いるべき立場にある者。いたずらに彼の者を迎合する空気を生み出すべきではない」


 その言葉に、再び室内は静寂に包まれる。室内が静まったことを確認してから、ヴィルヘルムは言葉を続けた。


「我々は、知るべきだ。彼の者がどのような者なのかを。我々に力を貸してくれる勇者であるという可能性もあろうが、逆に敵対すべき運命にある者…魔王と同様の存在であることもまた、前提としては考えておかねばならぬ」


 魔王、という言葉に緊張が走る。しかし、その緊張を和らげるように、ヴィルヘルムは珍しく苦笑を浮かべながら更に言葉を重ねる。


「そう強張らなくてもよい…あくまでも仮定の話だ。そこで提案なのだが…この災厄級魔物事象に対する会議は議題を変更し、黒騎士殿について議論を深めることを目的にしたいと思う。黒騎士殿へと派遣する使節や我々に手を貸していただける場合に掲示できる条件について話し合いたいと思うのだが…賛同頂けるだろうか?」


 その提案は、全員の賛意を以て迎えられた。こうして、黒騎士が奇妙な舞踏を舞っている最中。彼が預かり知らないところで、世界は動き始めるのだった。

 ようやく主人公以外の人間が登場してきました。


 ちなみに主人公とディノが今まで遠見の水晶に発見されなかったのは、水晶による警戒網が大陸の深部に向いていたからです。ですが、破滅の果実がガルフレイクに向かって進行してきたことにより、警戒網が引き下げられ、結果として砦の前にいた主人公とディノが発見されたという流れです。


【破滅の果実】

 本作品における最初のボスキャラ。そして噛ませという役割を与えられた可哀そうな魔物。イメージとしては目玉が付いた紫のボール。大きさは大きめの気球を思い浮かべてもらえば、分かりやすいかと。本編ではミートボールにされてしまった彼ですが、大魔法と大砲の集中運用という戦術が確立されるまで、多くの国々を滅ぼし、魔物が跋扈する領域を拡大してしまう恐ろしい存在でした。

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