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ちぇんぢ!!  作者: 草加人太
ガルフレイク編
36/37

黒の少女(2)

 心理描写と矛盾を避けることに、随分と時間をとられてしまいました。このあたりもちゃんとできるように精進していきたいです。

「そういえば、なんで君の名前はクロコっていうの?白い子にでも名付けられたのかい?」


「ちがうよー。ボクは、常識とか名前なんかの知識を持って生まれたみたいなんだ。我ながらフツーじゃないよねー。生物学的な意味でのボクのお母さんは、きっといないんだろうな」


 そう答えながら、なんでもないことのようにクロコはカラカラと笑った。うっ……喫茶店を出て、デパートへと向かう道すがら、何気なく口にした疑問だったのだが。ゆるゆるとしたキャッチボールの最中に、鉛のような重さの剛速球を投げ返された気分。初対面の人との会話って、闇鍋めいてるよなぁ。初手で鷹の爪とか引いちゃうことだって、ありえる感じが。


「うん?どうして気まずそうな表情してるのん?キミだって、両親がいないことを誰かに知られたとしても、別に気にしてにゃーじゃない。ボクだって、同じなんだよ」


「うーん、それはそうなんだけど……」


 彼女の言う通りだった。俺の両親は、もう二人ともいない。で、それを誰かに説明せざるを得ない状況なんかも、人並みに雑談をしていれば生じることがある。これが中々に厄介で、どんなに気にしないでくれと前置きをしたとしても、知らなかったごめんなさい気まずい空気、という恐怖のSGKコンボが発動してしまうのだ。このコンボが決まってしまうと、その後の会話に困ることおびただしいのである。こちらは全く気になんかしていないというのに。


「というか、俺の両親が二人とも他界してることを知ってるんだね。それもデフォルトの知識だったりする?」


「うーん。半分アタリで、半分ハズレって感じかな。ボクが生まれた時には、キミに関する知識はなかったと思う。だけど、真っ暗な場所からここに流れ込んでくる時に、キミがどんな人なのか、ってことを少しだけ理解出来たんだ。だからある意味、デフォルトの知識って言えるし、違うとも言えるかも」


 なるほど。生まれた時から備わっていた知識ではないけれど、本を読んだりして身に付けたのではなく、ここを訪れたことで追加された、と言う意味においてはデフォルトの知識である、と言える訳か。ふむ。その追加された知識とやらは、どの程度まで網羅してるんだろう。結構気になるんだが。


 顎に手をやりながら考えていると、そんな俺の考えを察したのか。クロコは邪悪な笑みを浮かべて、こちらの瞳を覗き込んできた。クリクリとした瞳が光を放つ。そりゃあもう、ビガッビガと。ひえぇ、再び嫌な予感が……。


「色々知ってますよー。キミのローカルディスクCの中身とか。レオナちゃん達には紳士然とした対応をしてるけど、案外業が深いよね、キミ」


「おいばかやめろ、いえやめてください……!!男の心にだって、パンドラの箱はあるんだぞ……!!」


 にゃふふ、と。イジワルなデブネコを髣髴とさせるようなニヤニヤを唇に乗せながら、俺の肘先に絡みついてくるクロコ。ぐぬぬ、こやつまさか耳年増キャラなのか。げっそりしながらクロコを睨め付けてやると、そこにはダイジョーブダイジョーブ私は引いてないヨー、なんて心の声が聞こえてきそうな、慈母ライクな微笑を浮かべる少女がいた。


「ふふふー。まぁ程度としては、3年間一緒に過ごしたクラスメイトになら話せるくらいの、キミ知識って感じだよ。両親の事とか、クラスメイトに聞かれれば答えてたでしょ?逆に、それ以上の事柄……キミの心の最奥に仕舞われているようなものに関しては分からないから、安心してほしいかも」


「未だかつて、クラスメイトとローカルディスクCの中身について語り合ったことはないけどね……」


「それじゃあボクと語り合おうか?あのね、ボクは『4番フォルダ』がベストだと思ったよ。あれは良いものだね。こう、下から見上げる様なのが多かったけど、ああいうのが好きなの?」


「頼むからやめて!!というかなんで、自然フォルダに隠しておいたはずのフォルダについて熟知してんの!?」


 傍から見れば、少女に己の性癖について滔々と語られる大学生、という謎の場面なのだけど。元いた世界の常識を基盤にして会話をするのは、やっぱり楽しかった。この世界で生きていくと決めた……はずなんだけどね。望郷の念というのは、遠ざけることは出来ても、捨て去ることは容易じゃないみたいだ。


「下胸と脇のトライアングルが素敵な一枚が沢山だったねぇ。あのさ、やっぱ男の子は大きい方がいいの?小さいものにも味わいと言うか、趣と言うか。そんなものがあると、ボクは思うのですが」


 襟元を引っ張って、中を覗き込みながらぶちかましてくる絶好調のクロコさん。楽しい会話ではあるんだけどさ、野郎にそういった話題を投げてよこすのは、勘弁願いたいです。


……そんな俺の願いとは裏腹に、メロンがどうだ、桃がどうだという素敵なパラダイストークは、俺達が目的地に到着するまで続いたのだった。余計なお世話かもしれないが、話を聞いてる限り、お前さんの業の深さもなかなかのもんだと思うぞ、お天気幼女よ。



 駅前のデパートは、いわゆる老舗というヤツだ。江戸時代から続く豪商の流れを汲んでいるそうで、往時には一日十数万人の人々が訪れたこともあったらしい。けれども、ネット通販が隆盛を極めるのと反比例するように客足は遠のいて行き、今ではお世辞にも繁盛しているとは言い難い様相を呈していた、と記憶している。


 俺としてはデパート特有の、上質な演劇のような華やかさが好きだったので、上層階の書店に寄るついでに、よくブラブラしていたのだけど。かつての花形の凋落は、素人目にも明らかだった。次第に数を減らしていくテナント(演目)。退廃とくすみに浸食されつつあるフロア(舞台)。店内に響く上品で、しかし寂しげな音楽は、かつて一世を風靡した女優が漏らす嘆息めいていた。こんなはずじゃなかったのに、と。


「うおおおおお!!デパートよ!!ボクは帰ってきたあああ!!」


 しかしそんな事は関係ねぇとばかりに、ぴょんぴょん飛び跳ねながら快哉を挙げるクロコだった。いやホント、元気だね。こうやって大声をあげて、全身を使って感情を表したことって、果たして俺にはあったかな。


 そんな彼女の歓声にあてられたのか。斜陽に染まった暗幕に閉ざされかけていた劇場は、再誕する。たった二人の。けれども、掛け替えのない観客の為に。……と言うのは詩的に過ぎるか。


 要は俺の記憶……というか願望による補正なのか、古びたデパートは磨き抜かれた大理石の床と、星を飾ったような装いを取り戻していたのだ。板で封鎖され、改装中、なんて墓標を張り付けられていたテナントまで、最盛期の在り様を取り戻している。


 ……ここが俺の心、あるいは記憶に根差した世界らしい、という可能性がやや高まった格好だ。少なくとも、俺が飛ばされる前のそれを単純に再現しただけ、って訳ではないのだろう。よく分からん世界だけど、久しぶりに良い物を見れたなー、なんて感想を抱く。それがどんなものであれ、朽ち果てようとしていた物が再生する様というのは、見ていて清々しい。それが自分にとって好ましいものであるのなら、尚更のことだ。


「ねぇねぇ、どの香水がボクには似合うと思いますか!!あなた色の香りに染まりたいお年頃の、ボクです!!」


「テンション上がり過ぎて日本語変になってるぞ……。それと君くらいのお年頃は変に香水なんか付けるよりも、石鹸とシャンプーの香りで勝負した方が良いと思うよ」


 とは言っても、最近は小学生ですら香水と化粧が当たり前だったりするらしいけど。事実とは若干異なっているかもしれない俺の返答に、クロコはそーなのかー、なんて素直に頷いた後、今度はアクセサリー売り場へと駆けていく。弾む心に乱されて、フォームは不格好なことこの上ない。けれども、花のような笑顔を伴った、全力のスプリント。


 そんな彼女を追いかけながら、随分と昔。ほんの一度だけ、両親と一緒にいて幸せを感じることが出来た一日を思い出していた。俺にとって両親と一緒にいる、ということは安らぎや笑顔といったものを放棄しなくてはならない事を意味していた。


 けれども、あの日はどういう星の巡りだったのか。多分、海の底で眠りこけている邪神が身動ぎでもしたんだろう。


 ラジオから流れてくるのは、当時流行っていた優しいポップス。母はいつもの、癇癪でささくれ立った表情を浮かべてはいなかったし、父も言葉遣いや、茶碗の持ち方一つで胸ぐらを掴みあげてくるような、交通事故めいた怒りを帯びてはいなかった。


 それは、降ってわいたような幸福。もう少しだけ記憶を手繰れば、そこには車に乗って、デパートに出かけていく情景があった。とある漫画で、幸せとは幼少期の後部座席にある、なんて話があったけど、きっとそれは真理だったんだと思う。……その記憶の遠さに、一瞬の眩暈が頭蓋を刺す。痛みにも似たそれは、けれども同時になにか、とても暖かな物を注ぎ込んでくれた。


「早く早くー!!さぁさ、ボクに似合うデラックスで美しくて、アトラクチブなアクセサリーを選んでくれたまへよ、キミ!!」


「大正生まれか。そして、その形容詞とことん意味被ってるぞ」


 二度とは戻らない一日。降って湧いた物は、そのまま零れ落ちるのが道理だ。でもまぁ、こうして振り返った時に、ともしびのような温かさが心に残るのなら。……俺は十分に幸せだったのかもしれない。色々あって、あちら側にいる間に、そのことに気付けなかったのが残念と言えば残念だけど。しゃーないわな、人生ってのは無念と後悔と失敗に彩られた無限螺旋なのだ。だからこそ、もう間違わないようにしよう、なんてちょっとひねくれたやる気の出し方なんかもあったりするわけで。


「ねね、この綺麗な指輪をペアで付けてみませんこと?こう、薬指的な場所に付けてくれると、クロコルートが確定するという、すぺしゃるな追加効果があったりするのですが」


「出会って半日の女の子相手に、すぺしゃるな追加効果は必要ないかな。良いか、お天気幼女。恋にまつわる諸々雑多は、ちゃんと時間と言う対価を支払いながら形にするべきだと思うぞ。容易な搦め手神頼みは、失敗の元だ」


 いや、経験値ゼロどころか、マイナスに片足を突っ込んでそうな俺の言葉に、どれほどの真実が含まれているのかは、怪しいところだけども。


「そうなの?それじゃあ、もっとクロコと同じ時間を過ごしてくれる?」


 額をぐりぐりとお腹に押し付けながら、そんなことを問うてくる。相変わらず、こちらの胃を裏返すような質問をナチュラルにぶつけてくる幼女である。


「俺の頑張りでやって来れるようなら、毎日遊びに来たいと思うよ。そのへんどうだろう?」


「……難しいかも。この世界は四方を真っ暗な海に囲まれてて、その上海をある程度進むと、目に見えない壁にぶち当たってしまうんだ。多分白い子の思惑としては、キミとボクは出会わせたくなかったんだろうね。……だから、今回の出来事は夢みたいなんだよ」


 上機嫌な様子でハミングしながら、こちらに背中を預けてくるクロコ。夢みたい、か。そんなセリフを女の子に言われて、奮い立たない男なんて、いないわけで。


「そっか。それじゃあ一つ約束をしよう。君は僕を元の世界に返せるように努力してくれる、って約束してくれた。だから、僕もここで約束するよ。元の世界に帰っても絶対に君のことを忘れない。そしてまた遊びに来れるように、頑張るよ。ぶっ倒れる寸前まで魔力を使わないといけないのだとしても、結構なリスクがあるのだとしても」


 約束と言うか、なんというか。そんな言葉を口に出していた。しゃがみ込んでから視線を合わせ、小指を差し出す。クロコは一呼吸の間、きょとんとした表情を浮かべた後にキシシ、と唇に小指を乗せながら笑った。そして重なり合う小指と小指。約束と言う曖昧な言葉にしっかりとした感触と、暖かさが宿ったような気がした。


「うし、暗い話はこの辺にして、デパート巡りに戻るか。このデパートは子供の頃大好きだった場所なんだ。お店も復活してるようだし、遊び倒すぞ!!ついてこい二等兵!!」


「りょーかいです、隊長!!次はどこにいくのでありますか!?」


 クロコの手を引きながら、広い店内を歩きはじめる。眼前に広がるは、一つの世紀に渡って人々を魅了し続けた至高の劇場。さぁ舞台はまだ始まったばかりだ。

 黒の少女編は一応、次で終わりになりますので、いつものキャラが見たい、という皆様、どうかもう少しだけお待ちください。余暇時間を全部ぶっこむ感じで頑張りますので。


【幸せは幼少期の後部座席に】

 元ネタを知ってる人がいたら、多分同年代なんじゃないでしょうか。ザ・ピーナッツことスヌーピーにある大好きな言葉です。無条件で両親に庇護してもらえ、楽しみを胸に目的地に着くまで眠っていられること。それを安心、と定義していました。一応改変してありますが、ちょっとした引用もいけないようなら修正すると思います。でも、できれば残したいフレーズですね。


【海の底の邪神】

 クトゥルフで検索、検索!!ついでにTRPGについても調べて仲間になりませんか(白目)


【自然フォルダ】

 ナニが詰まってたんですかね。詳細は各自のPCに聞いてみるが吉だと思います。

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