空飛ぶ船
活動報告にも書いたのですが、色々ありまして投稿が遅れました。申し訳ないです。
ガルフレイクは、商業国家である。俺が元いた世界でも、重商主義を掲げる国家が我先にと水運・海運技術を発達させていったように、ここ、ワークスブルグも大規模な港湾設備と、クランク状に帝都を貫くパルフェ運河を備えており、造船技術においては他の追随を許さないレベルに達しているらしい。そんなガルフレイクでも『空飛ぶ船』は随分と胡散臭い代物として見られているのか、ロッカが案内してくれた彼女の職場は、研究特区の端っこ、パルフェ運河に面した倉庫街のような場所に位置していた。雑然としつつも、小奇麗だった他の研究施設に比べて、かなりうらぶれている。端的に評するなら、黒ずくめの男が、いけないお薬を取引してそうな感じ。
「あの、本当に見ていくのかい?その……あの……」
入口に手をかけながら、苦笑いを浮かべるロッカ。まぁ、周囲の雰囲気から、国賓に見せるような場所ではないのかもな、ということは察せられるけど。
「ぜひ、見せていただきたいです。空飛ぶ船なんて、言葉を聞いただけでもワクワクしてきますからね。もちろん、ロッカさんがどうしても嫌だ、ということなのでしたら、無理にとは言いませんが……」
「……嫌、ではないんだけどさ。うぅむ……それにしても、嬉しいことを言ってくれるなぁ。分かったよ、もう迷わない!!」
俺としては、空飛ぶ船なんてスゲー!!と素直に思ったからこその言葉だったのだけど、ロッカにとってそれは、かなり嬉しい言葉だったらしい。頬を赤らめ、笑い出してしまいそうなのを、無理矢理抑え込んだような表情になりながら、ロッカは扉を開いた。
ロッカが所属している3804技術開発部は、広々とした乾ドックのような場所だった。まず目を引くのは、目の前に停泊している、巨大な船だろう。迎賓船とは違って、帆船ではない。黒と金色を基調としたデザインで、船と言うよりもSF小説なんかに出てくる宇宙船みたいだ。アニメに出てくる宇宙戦艦みたい、と評しても良い。近付いてよく見てみると、表面にはびっしりと文字が刻み込まれているのが分かった。また、衝角戦も想定しているのか、前部底面には鉄槌の王を巨大化させたような突起がある。
うん、これはカッコいい。第一話で敵勢力に鹵獲されそうなデザインなのが気になるところだけど『主砲、撃てェ!!』みたいな台詞を、ついつい言ってみたくなるくらいに、胸に来るものがある。戦艦と、ドリルとロボットに興奮しない男がおらいでか。そんな俺の反応に気を良くしたのか、ロッカは隠しようもない程に破顔しながら、その船について解説をしてくれる。
「こいつがアタシ達が建造した、飛空護国戦艦ガルフレアさ。単独で災厄級の魔物と対峙することを想定して、作られたんだ。火砲は全て魔術式の大口径砲になってて、特に船の先端部に装備された主砲は、計算上あの『破滅の果実』すら一撃で葬ることが出来るんだぜ!!そいで、推進部やその他諸々にも、潤沢に魔道具が組み込まれていてな、一度起動すれば、ほぼ補給なしで稼働する、自己完結型船舶でもあるのさ!!」
一息に、そこまで話しながら、満足げな笑みを浮かべるロッカ。お、おう……。少し圧倒されてしまった。さて。この手の人とは、同程度とまではいかなくても、こちらもそれなりの熱を持って相対するのが経験上、良かったと思う。分野に限らず、オタク気質の人が一番嬉しく思う瞬間って、自分が好きな分野の事を、驚きと興奮でもって肯定してもらえた時だと思うんだ。
「それは、凄いですね!!これが実際に運用されるようになれば、大技術革命じゃないですか!!そんな船を見ることが出来て、とても興奮しています!!」
なので、自分でも少しオーバーかな、と思うくらいに、身振り手振りを交えながら反応してみる。喜色満面、といった感じの笑みを浮かべるロッカさんを見る限り、正解選択肢だったようです。
さて、なにはなくとも、戦艦ガルフレアである。本当に、凄いものだとは思う。『飛行』という概念は、少なくとも俺がいた世界では戦略すら塗り替えてしまうような、革新的な技術だったはずだし、それが可能な船に、自然災害と同一視されるような存在を、一撃で葬ってしまうような武装が搭載されていると言うのだから、俺が言うのもなんだけど、チートじみている。
しかし、ロッカが語ってくれたカタログスペックが、詐欺師の手帳よろしく、嘘の羅列ではないとするならば。そうした利点を、ことごとく打ち消してしまうようなデメリットが存在しているのだろうな、という考えが、頭の片隅で、存在感を増していた。
「あー、ロッカよ……。盛り上がっているところ申し訳ないが、この船が抱える問題点に関しても、クロノ殿に話してくれないか?この船を心底愛している、お前にこのような事を言うのは酷な事だとは思うが……」
俺の言葉に興が乗ったのか、組み込まれている魔道具についても、ノリノリで解説を始めていたロッカをたしなめる様に、レオンが割って入る。すると、まるで太陽を見失ったひまわりのように萎れてしまうロッカ。うーん、やはり相当な問題点を抱えているのだろうか?
「あ……はい……分かりました。えぇと……単純に説明すると、この船は、おおよそ1万程度の魔力と、3804に所属している研究員全員の承認を起動キーとして、内蔵された魔道機関が稼働するように設計してある。魔道機関が起動した後は、自動的に魔力が生成され続け、その魔力でもって、空を飛ぶ為の魔術を起動させるんだ。……建造途中までは、ちゃんと魔道機関は稼働していたし、数分程度なら、空も飛んでいたんだ。なのに、実用段階に入った瞬間に、どちらも全く稼働してくれなくなって……」
言いながら、ロッカはしおしおと肩を縮め、うなだれてしまった。その瞳には、隠しようのない涙の気配があり、ドキリ、とさせられる。女の子が泣いている場面ほど、精神衛生上よろしくない場面も、そうそう無い訳で。ついでに言えば、普段元気印の人が塞ぎ込んでいる状況ってのは、冷水がしみ込んだ荒縄の如く、こちらの心を締め付けてくる。
こめかみに手をやりながら、深呼吸など一つ。冷静さを呼び戻してから、ロッカが今話してくれた事態について考える。つまり、日本語がおかしい気がするけど『完成したら機能しなくなった』ということだろうか。出力不足やら、バランスを崩してしまう、っていうのなら分からないでもないけど、曲がりなりにも、実験段階ではある程度機能していたものが、全く稼働しなくなってしまう……というのは解せない話だ。
魔道具とは、基本的に魔晶石と呼ばれる特殊な鉱石に、魔術式という魔力で構成した魔法陣のようなものを打ち込むことで、特定の機能を発揮するように加工した物を指すそうだ。組み合わせ次第では、様々な効果を同時に発動させることも出来るらしく、その魔道機関とやらも、様々な試行錯誤の上で生まれた発明なのだろう。『そう在る物』として加工された魔道具が、その機能を変質させることはまずない、と聞いていたけど。
「なるほど。実験段階では機能していた機構が、全て機能してくれなくなってしまった、ということですか。原因は、分かっているんですか?」
「……心当たりみたいなものは、あるんだけどね」
その心当たりとやらを、問うてみる。心当たりがあるのに、打開策を講じることが出来ていないのであれば、それは恐らく、彼女達には解決不可能なものなのだろう。うーん、なにかしらの助け舟は出せないものだろうか。そんな俺の考えを読み取ってくれたのか、口の端に少しだけ笑みを乗せたロッカが、口を開こうとした瞬間。研究施設の扉が開き、一人の男性が入ってきた。
黒々とした相貌と、スポーツ選手を思わせるようなシャープな体躯。髪型は金髪のベリーショートで、右側頭部にはガルフレイクの紋章が剃り込まれている。服装は上質な仕立てであることが窺える黒のスーツだけど、その奥に着込んでいる深紅のジャケット、そして大きく開いた胸元が、見る者にカッチリした印象よりも、遊び慣れている洒落者、といった印象を抱かせる。誰だろう。研究員にしては、服装があまりにも実用性からかけ離れているように思えるけど。
「もぉ、随分と案内に時間がかかると思ってたらぁ、やっぱりここにいたのね?まぁ別にいいけどぉ」
えっ!?目の前の偉丈夫から放たれる、女性然とした猫撫声。ただし体の芯に響くような、野武士ボイス。沸々と湧き上がってくる嫌な予感を噛み締めながら、野武士ボイスをみつめる。彼?はシャキーン、とばかりにこちらを見つめ返すと、不気味な笑顔を浮かべながらこちらに近付いてきた。回れ右したくなるのを気合で抑え込みながら、対峙する。
「あ、所長。すみません、クロノ殿がアタシの職場も見てみたい、と仰ったので、寄り道をしてしまいました」
「んもぉ、自分の職場を寄り道、なんて卑下するもんじゃないわよ?ワタシは貴女達の研究ってロマンがあって素敵だと思うわ。だからこそ、ちゃんと予算を割いてるんだしね。そして、そこにいるのが噂のクロノちゃんよねぇ?ハァイ、技術研究特区の所長を務めさせてもらってる、ラギィ・アクトレシアよ。よろしくね?」
内心の動揺を必死で噛み殺しながら、表情をなんとか取り繕う。ううむ、研究者の親玉ってことで、もっと学者肌というか、気難しい感じの人物を予想していたんだけどな。こんなタイプが来るとは、正直予想外だ。
「あ、はい、よろしくお願いします。この度はこのような素晴らしい場所へ招待していただき、感謝しております」
差し出された手を握り返しながら、ラギィとちゃんと目を合わせる。多少、変わった人だとはいえ、初対面の相手に対して視線を逸らしてしまうのは、失礼だろう。……しかし、こういう人が要職に就いているあたり、レオナが語った『解明なる国』なんていうフレーズは、決して手前味噌な言葉ではないのかもしれない。割と普通に握手に応じた俺を、興味深そうに見つめながら、ラギィはニコリ、と微笑む。白い歯が輝く、良い笑顔だった。警戒感、少し減少。
「クロノ殿、こいつインキュバスだからな。背後に気を付けろよ」
警戒感マックス。背筋が少し冷えると同時に、締めてしまった。
「んもぅ、レオンったらイジワルなんだから!!私の特質が、オンナノコにしか効果ないって知ってて言ってるでしょ!!しかも、本人が乗り気じゃなければ効かない程度の、カワイイものだし、80年も前に抑制出来るようになってるわよぉ!!」
苦笑を浮かべながら、ラギィをからかうレオン。やりとり一つ取っても、昔からの馴染みなのかな、ということが察せられる気安さだった。というかこの世界ってインキュバスとかいるんだ……。まぁ、エルフがいる世界で何をいまさら、って感じではあるけど。それと、否定するのはそこじゃなくて、背後に気を付けろ云々の部分にしてほしかったな……!!
「あの、ところでこの船が動いてくれない理由について、ロッカさんから説明をうけていたのですが……。話半分では、とても気になってしまいますので、それだけは教えてもらえませんか?」
このまま所長とお話し、という流れになった場合、ロッカが語ってくれるはずだった『心当たり』とやらを聞きそびれる事になるかもしれない。なので、少し強引ではあるけれど、話題を移すことにした。決して、話を逸らすことで、その手の話題をぶった切りたかった訳ではないです、ハイ。
その言葉に、ラギィは意味深な笑みを深め、レオン達は意外そうな様子でこちらをみつめていた。ロッカは鼻をすすりながら、へへへ、なんて感じ微笑む。少しだけ、心が軽くなった。
「ふぅん?おっけー。一応、私の研究分野に被ることだし、解説しちゃうわよぉ」
そんな訳でロッカに代わり、イーゼルと小さい黒板を持ってきたラギィが、解説を始めてくれる。
「解説の前に。クロノちゃんは、もうルビーライフルとゴーレムを見たのかしら?」
ルビーライフル……さっきレオンが見せてくれた、流麗王国製のボルトアクションライフルのことかな。えっと、レオナとシロディール、そしてロッカがいる状況であれらの武器のことを話してもいいんだろうか。レオンに視線をやると、腕を組みながら頷いていた。
「流麗王国から流れてきた武器の情報を、レオナ達に聞かせても良いのか、って憂慮しているのなら、問題ないぞ。午前中に行っていた引継ぎ作業には、そうした情報制限を解除する手続きも含まれていたからな。ロッカは、元々研究者として、あらゆる研究情報にアクセス出来る権限を持ってる」
こちらの意を汲んだ言葉を返してくれたレオンに頭を下げながら、ラギィに向かって頷く。
「なら話は早いわねぇ。実を言うと、あの手の魔道具や銃火器は、かなり昔から開発自体はされていたのよ。ただ、実用段階に入った瞬間に、火薬は『炸裂しなく』なるし、ゴーレムは『動かなく』なってしまうの。技術流用をしても、流用先の道具に不具合はほとんど起きないにも関わらず、ね。つまり、特定の道具に対してだけ、この世界の基本法則が、正しく適用されない事があるってワケ」
そう言いながらラギィは、黒板に古くなって黄ばんでしまっている、2枚の紙を磁石で張り付けた。その紙には先程見たライフル、そしてゴーレムと非常によく似た絵が描かれており、その絵の下に『世界制限により実用不可』と赤い判子が押されていた。世界制限?また新出単語だろうか。
「この手の現象は魔道具に限らず、特定の道具が実用段階に入った瞬間に、発現するの。発現例自体が稀有なせいで、一般にはあまり知られてはいないんだけど……こうした現象を、ワタシ達技術屋連中は『世界制限』なんて呼んでいるわ」
優れた技術を律する、何かが存在する……という事だろうか。なんだか、ものすごくキナ臭い感じだ。暗黒大陸にいた頃に、魔王をバランサーみたいなものなんだろうか、なんて仮説を立てたけど。いよいよもって、その可能性が高まってきたような気がする。異世界人の俺からすると『世界制限』と『大破壊』は、この世界の人々が、一定以上の文明水準を持つことを、防ぐ為に存在しているように見えるんだが。
あと『世界制限』を司っている存在に意志があるのなら、そいつ絶対に性格悪いだろ。実験段階では手を下さずに、さぁ実用化だ、というタイミングで制限をかけるなんて。人様の努力を横合いから台無しにする、って時点で相当アレではあるけれど、労力や財力といったリソースを使わせてから、叩き潰す辺り、底意地の悪さみたいなものが透けて見えるようだ。
それと、もっとちゃんとこの世界の人と話さないといけないな。俺はてっきり、工業力的な意味で、流麗王国は優れているのかと思っていたけど。そんなことは、なかったわけだ。ルビーライフルを『作る』ことは、ガルフレイクにも問題なく出来る。しかし、それを『実用可能な』武器とすることが、今のところ、流麗王国以外には出来ていない、ということだったのか。こうしてラギィに解説してもらわなければ、ルビーライフルに対する認識が、ズレたままになるところだった。
あの時は流麗王陣営の事を気にするあまり、ルビーライフルについて、レオンにほとんど聞き返していなかったけど。この世界では、旧式にして新型、という一見、矛盾するような存在もあり得るのか……。気になった点は相手に迷惑をかけない範囲で、どんどん聞いていくべきかもしれない。深呼吸を一つしてから、ラギィの解説に意識を戻す。
「この船の場合だと、どうも魔道機関と、空を飛ぶ、っていう効果が『世界制限』に引っかかってるっぽいのよねぇ。『世界制限』を無効化するには、膨大な量の魔術式によって、『この道具が世界に存在する理由』を対象となる道具に組み込む必要があるんだけど。残念なことに、今のガルフレイクには……正確に言えば、ガルフレイクという国家が知り得る範囲内には、魔術式をそこまで自在に操れるような人材はいないの」
ふぅむ。俺が元いた世界で例えるのなら、必要なパーツはあるけど、それらを駆動させる為のプログラムがない状態……とでも言えば良いのだろうか。
『世界制限』を理不尽だ、と思う反面。魔術と言うアドバンテージがあるこの世界において、そうした制限はむしろ順当と言えるのかもしれない、という考えが、一瞬だけ、思考の片隅をよぎった。魔術と科学。もし仮に、その両方を自由に使えたとしたら、この世界の人類は、どのような歴史を刻んだのだろう。まぁ、イフの話なんて、考えても詮無い事か。
「なるほど……ちなみに『世界制限』が発現する技術は、やはり高度なものが多いのでしょうか?それとも、なにか法則性のようなものが?」
「ワタシの研究分野は『世界制限』全般でねぇ、かれこれ半世紀以上も、様々な例を俯瞰しながら研究を続けているけど。今のところ、確固たる法則性のようなものは、見出せてないわ。私見を言わせてもらえば『世界制限』は技術的に云々、っていうよりも、軍事分野に大きな影響を与えるような物品に、発現しやすいように思えるわね。逆に民生分野の物品に発現した例は、聞いたことがないわ」
やはり、人類に『大破壊』を踏破させない為の、現象なんだろうか。それにしても、やっぱりひどい話だな、これ。人類が繁栄するのも、根絶やしになるのも、そのよく分からない制限次第って話になるのだから。人類を滅亡させたいのなら、魔王なんて必要ない。魔術も、製鉄技術も、なにもかもを、制限してしまえば良い訳だし。
「お隣のレーム神聖同盟なんかは『世界制限』を神のご意志だ、なんて言ってるみたいだけど、ワタシからすればちゃんちゃらおかしい主張よ。人の努力を自分勝手な尺度で測って、律する。そのくせ『大破壊』で蹂躙される人類を傍観するなんて……人を救わず、足を引っ張り続ける神に、存在価値なんて、ありはしないわ」
それはまた、随分と刺激的な神学観だけど……何度も目の前で、技術者達の嘆きや、絶望を目にしてきたであろう、彼の心中には、いわゆる神様というヤツへの、憎しみのような感情が根付いてしまっているのかな。
明確に、ここまでいったら『世界制限』に引っかかる、という線引きや法則性があるのであれば、それを潜り抜けて色々と工夫出来るのだろうけど。その判断を下している存在を暫定的に『世界』とでも定義しておくとするのなら、世界はかなり恣意的に『世界制限』を使用しているようだ。
……ただ、そうなってくると、一つの大きな疑問が鎌首をもたげてくる。即ち『俺が作成した武器や電化製品が普通に機能しているのは何故なのか』というものだ。
ボルトアクションライフル程度で、制限をかけてくる世界が、AKやらパソコンやらを見逃してくれているのは、道理に合わない気がする。暗黒大陸にいた頃に、AKを二丁携えて、トリガーハッピーごっこをしたり、パソコンにインストールされた歴史戦略ゲームで遊んだりしたもんだけど、どちらも問題なく動いていたはずだ。……ふむ。仮説は、取り敢えず3つくらいなら考えられるかな。
その1。被召喚者である俺、及び俺がいた世界の物品は、そもそも異世界の法則や制限といったものに影響されない説。個人的には、これが一番ありがたい。無制限に作成魔術を行使出来るし、作成した物品を他者に贈与出来るのであれば、いざという時の可能性が、大きく広がる。
その2。影響はされているけど、なんらかの原因でそれらを無視できている説。例えば『世界制限無効化』みたいなチートが、俺にだけ、セットされているとか。この場合、俺が作成した物品は……少なくとも『世界制限』に引っかかるような物品に関しては……俺以外の人物が持った瞬間に、模型か漬物石へとランクダウンしてしまう事になる。
その3。実は影響されていて、その影響を特定の条件下でのみ……例えば、暗黒大陸にいる間だけ……無効化出来ている説。ガルフレイクに来てからこちら、周囲の目を警戒して、電池式のランタンくらいしか使用してないし。もしかしたら、既にAKはモデルガンに、パソコンは漬物石になってしまっているのかも。帰ったら、パソコンだけでも起動できるか試してみようか。……夜半に、こっそりパソコンを起動させるなんて、思春期の男子学生みたいだけどね……。
「全く、相変わらずこちらの肝が冷える様な物言いを平気で言うやつだな……。ガルフレイクでは、信教の自由が保障されちゃいるが、かといってそれを聞いたヤツの内心までは縛れんのだぞ」
「ふんだ、ワタシだって神殿参りをしてるコを指さして、嘲笑したりはしないわよ。だけど、私は人の努力を台無しにするヤツが、何者であろうと、大嫌いなの。3804研のコたちが、どれだけ頑張ってこの船の建造に漕ぎ着けたのかを、ワタシは知っているもの。そして、不要プロジェクトとして切り捨てられるのを防ぐ為に、他の技研のお手伝いなんかに走り回っているのもね。いじらしいじゃないの、他の技研に恩を売ることで、自分たちの研究を守り抜こうなんてさ」
その言葉に、ロッカはぎくり、と肩を震わせていた。自分たちの工作活動が、敵勢力に筒抜けだった、みたいな反応。ラギィが今言ったような活動は、隠れてやっているつもりだったのかな。
「……無論、彼らが懸命に努力をしていることは評価したいがな。しかし、それだけでは莫大な予算をつぎ込み続ける事が出来ないこともまた、事実だ。特に海軍省には陸軍省に比べて、予算管理が厳しいという一種の伝統があるからな。お前さんが海軍省と丁々発止でやりあっている事は、陸軍省にまで聞こえてきている……あまり、やりすぎるなよ」
レオンの渋面と、レオナ達の何とも言えない表情。そしてロッカの恐縮ぶりから、何故『空飛ぶ船』があれだけ微妙な存在とされているのかが、分かった気がした。恐らく最初は、この船を創るために、海軍省と技術研究特区はがっちりと手を組んでいたのだろう。こんな立派な船を造るのには、相当な予算が必要だったはずだ。予算管理に厳しいらしい、海軍省がそれだけの予算を組んだからには、それに見合うだけの信任が研究特区にあったのだろうし、研究特区もそれに応えようと『努力』したに違いない。
それが今では、海軍省と研究特区の不和を象徴するような存在になってしまっている、と。そりゃあ、陸軍省側の人間からすれば、微妙な表情しか出来ないだろう。無駄な予算はさっさと切りたい海軍省と、大技術改革を目指す研究特区。どちらも間違ってはいないだけに、始末が悪い。
更に言えば、起動するのに1万程度の魔力が必要なら、実験一回あたり、大体4~50人くらいの一流魔術師を連れて来なければならないことになる。仕様を変更したとしても、容易に実験を行う事は出来ないだろうし、失敗した時の申し訳なさときたら、お腹に石を詰められたような重苦しさなんだろうな……例えば、今みたいな……。
「あの……どうでしょうか、その起動実験を今度、行ってみませんか?1万程度の魔力で起動できるのなら、私一人でも都合できるかもしれません。微力ながら、全力で協力しますよ」
あまりにも重くなってしまった空気を打ち消すために、そんなことを提案してみる。最近、魔力を大量に消費したりする機会がなくなっていたから、訓練と言う意味でも丁度いいし、発明家どころか、理数系が苦手であるが故に文系を名乗っている似非文系の、俺が言っても説得力は皆無かもしれないけれど。新しい技術分野の開闢は、失敗事例の山から始まるものなのだと思うから。
「あ、いや、そんなことまでしてもらったら、申し訳な……」
「あらぁ、本当に!?それじゃ、今やりましょう、今!!ありがたいわぁ、余所の部署から魔術師を引き抜いてくるのって、恐ろしく煩雑な手続きが必要だし、お小言で耳にタコができちゃってたのよねぇ!!」
ロッカの遠慮を、ラギィが切り捨てる。えっ、今やるんですか。どうしたもんか、とレオンに視線をやってみる。さすがに今のタイミングで実験に付き合うのは、問題があると思うんだけど……。
はたしてレオンは、顎に手をやりながら少し逡巡した後に、力強い笑顔とサムズアップでもって、ゴーサインを出した。……彼らのフットワークの軽さに関しては、もうお国柄ゆえ致し方なし、と割り切った方がいいのかもしれない。
世界観の説明がうまく出力できなくて、非常に苦戦したエピソードでした。こういう部分を、平素な文体で、さらっと行える筆力が欲しいですね。もしも、そういう作者さんとかがいましたら、教えていただけると、非常に助かります。
一刻も早く投稿したいので、説明コーナーはお休みにして、次の話でまとめて行いたいと思います。