ガルフレイク技術研究特区
夏はまだ終わっていなかった……って感じでした。うーん、早いところ、投稿ペースを週一に戻したいですね。それではお待たせしました、投稿になります。
「……婚姻派がもうしかけてきた、ということか……相変わらず腰の軽いおばさまだ」
陸軍省のロビーで、レオナ達と再会した俺とレオンは、あまりにも早い婚姻派の攻勢に、絶句していた。古今東西、商人とは利に聡く、そして動きが早いものなんだろうとは思うけど、それにしたって昨日の今日でここまで動ける、というのは尋常ではないと思う。指導力というか、なんというか。そのメリーさんとやらは、組織の中心に立つ才覚や力量が、並外れた人物なのかもしれない。
「はい、こちらとしても、そうしたことをされると困ります、といった形で説得したのですが……。交渉の結果、どこまで信用して良いかは分かりませんが、不特定多数の縁談を紹介したりすることはしない、との確約をいただけました。ただし、彼女が紹介する一人の女性が、クロノ殿と面識を持つことは許してほしい、ともおっしゃっていましたね」
事前にクロノ殿にお話を通します、とのことでしたが。そう言葉を区切るレオナを見つめながら、ふぅむ、と腕を組んで考える。その一人の女性、とやらは一体どんな人なんだろう。候補を一人に絞ってきた以上は、半端な人物ではなく、派閥内の他の人々も『彼女とは争っても勝てない』と自身がプレイヤーになることを断念するレベルの人物……つまりメリーの『秘蔵っ子』とでも言うべき存在なのであろうことは想像できるけど。
悪意は感じられないし、本来なら俺みたいなのに、そうした縁談を紹介してくれるのはありがたいことではあるんだけど。正直なところ、頭痛のタネだ。
ライトノベルとかでよく、ヒロイン候補が次々と現れて、主人公があたふた、なんて展開を見たおぼえがあるけれど、リアルでやられると、嬉しい反面、結構きついものがある。一読者としては、早く行き着くとこまで行っちまえよ、じれったい、なんて感想を読みながら抱いたものだけど。いやいや、行き着くとこまで行くなんて、そうそう出来るもんではない。
人慣れしていない野良猫すら、舌を巻くような、警戒感に満ち満ちた牛歩戦術以外、選択しようがねーですよ。
まぁ、俺が多少なりとも甲斐性のある性格をしていたのなら、むしろご褒美です、って感じだったのかもしれないけど。どうも、自分がそれだけの親愛を受けるに足る人物なんだろうか、なんてことが頭をよぎってしまって、それが前に踏み出す一歩を鈍くする。
……性根というものはそう易々と変えられるものではないし、レオナの好意にどうやって、なにをもって応えるべきなのか。独り身を謳歌したツケは、案外高くついたなー、なんて事を思いながら、溜め息混じりに後頭部を掻く。
「私のせいで苦労をかけてしまったようで、申し訳ありません、レオナさん、シロディールさん」
男としては、なんとも情けなくて、お粗末な一連の思考を断ち切って、頭を下げる。なにはともあれ、権勢を誇る副宰相と、その仲間に囲まれた状態で交渉を行う、なんて考えただけでもお腹が痛くなるような目に会わせてしまったのだ。俺があずかり知らぬ場所での出来事であるとはいえ、ここは謝罪しておくべきだと思った。
「いっ、いえ!!私は、クロノ殿に協力する、と約束しましたから!!えっと、だからその……謝ってもらう必要なんて、ないです!!」
「うんうん。レオナが言うように、気にすることないよー。遅かれ早かれ、こういう問題は噴出するだろーなー、って思ってたからさ」
左手を胸に当てながら、右手を振って、恐縮するレオナと、カラカラと微笑むシロディール。火の粉をかぶせてしまったというのに、こうして柔和な笑みを向けてくれる二人に、もう一度頭を下げてから、視線をレオンに遣る。
「やれやれ……色々と気を揉ませてしまってすまんな、クロノ殿。手前勝手な理屈かもしれんが……それだけクロノ殿への期待が、国民を含めて強いのだ、と理解してもらえると助かる」
「はい、存じていますよ。もちろん、全てにおいて皆様の期待通りに動けるわけではありませんが、それでもこの程度のことで気分を害するようなことはありません。……ただ、レオナさん達にご迷惑をかけてしまったことが、申し訳ないですね」
あまり恐縮するのも、相手に気を遣わせてしまうだろう。なので、あえて軽い調子で肩をすくめ、少し困った風に苦笑してから、3人を見まわすように視線を動かした。レオンはごめんなー、みたいな感じで右手を顔の前に構えている。なんか約束の時間に遅れた友人みたいで、本当に気安い人だなぁ、なんて感想を抱く。
レオナはこちらの視線に気が付くと、ぼん、なんて音が鳴りそうなほど急激に赤くなって、シロディールの肩に顔を埋めてしまった。シロディールはやれやれ、なんて心の声が聞こえてきそうな調子で、頬を掻いている。そんなレオナを見て、表情が緩むのをどう頑張っても抑え切れそうになくて、視線を逸らした……のだけど、逸らした先で、顎に手をやりながらニヤニヤしているレオンと目があった。くそぅ、なんか悔しい……。
「……メリー副宰相は、確かに油断ならない人物ですが、こと男女の仲介においては、嘘のない人物だったはずです。面識を持ってもいいか、クロノ様にお伺いを立てると仰っているのなら、信用しても良いでしょうし、候補を一人に絞るのであれば、派閥内にその情報を伝達し、徹底させる為の時間が必要になるものと思われます。ですので、まずは今日の予定を消化いたしましょう」
メガネを直しながら、今日の予定を確認するノア。確かに、その女性とやらがどんな人物なのか、ということに関しては、どう頑張っても推測の域を出ないだろうし、婚姻工作についても、究極的な防止策は『俺が自制心を保ち続ける』しかないのだから、これ以上議論を重ねても、益はあまりないだろう。
ついでに言えば、暗殺者を差し向けられたわけでもないのだから、もう少し気を楽にしていた方が、精神衛生上よろしいかもしれない。というか、そうとでも思わないと、胃が痛くなりそうです……。
子供の頃、スーパーヒーローみたいになれたら、なんだって思い通りに出来るのに、なんて夢想をよくしたものだけど、現実はそう上手くはいかないものだ。良くも悪くも、人間っていうのは結局、社会の中で生きていくものなのかもな、なんて脱線した考えを打ち切り、先導してくれるノアの後を追うのだった。
「ここがガルフレイク自慢の、技術研究特区だ。ここの統括理事長が、どうしてもクロノ殿に直接会って話したい、ってうるさ……いや、度々上申を送ってくれているのだ。俺としてもその情熱を無下には出来なくてな。それで、ご足労願った訳だ」
研究員だろうか、白衣を着た人物が通る時だけ口調を正すレオン。一応、対外的にはそういうキャラなんだろうか。キリッ、なんて効果音が聞こえてきそうなレオンの所作に、苦笑を浮かべながら、周囲を見渡してみる。
俺達がさっきまでいた陸軍省の建物から、馬車で30分ほど行った先。技術研究特区は、軍政区と呼ばれる区画の中に存在しており、レンガと木材で作られた建物が林立していた。周囲を歩く人々は、一様に白衣や作業着のようなものを身に着けており、結構な割合の人が、見た目に気を使ってない感じが……いや、知性が香る風貌を、している。世界が違っても、研究職が白衣を着ているのってなんでなんだろう。何か必然性があるのかな。
「案内役をクロノ殿と面識があり、海軍属の研究者でもある、ロッカさんにお願いしてあります。そろそろ来るはずですが……」
周囲を探しながら、驚きの一言を発するノア。えっ。ロッカさん?ロッカさんってあのロッカさんだよな……。なんというか、その、デカメロ……もとい、大人物的な。他にロッカという名前の人物に会ったことがあっただろうか、と脳内を検索してみたが、思い当たらない。ということは。
「やぁ、クロノ殿。船で会って以来だね。今日はガルフレイクが誇る技術研究特区を、アタシが案内させてもらうよ!!」
この世界に来てから、少なく見積もっても、15cm以上伸びた俺の背丈を上回る上背。そしてまぁ、その……驚異的な、胸囲。黒い水着の上から白衣をはおり、下は短パンという、一体何をたくらんでいるんだ、とツッコミを入れたくなるような恰好をした、ロッカ・ダナントさんその人が、こちらに手を振りながら近付いて来ていた。ごめんなさい、STRとDEF極振りだと思ってました……。
「この技術研究特区では、陸軍、海軍、民間の区別なく、そして昼夜の区別もなく、様々な研究が行われているんだ。比喩表現じゃなくて、本当に眠らない街なんだよ、ここは」
そう誇らしげに案内をしてくれるロッカ。なんでも彼女は、迎賓船の船員ではあるものの、そのお役目がない時はこうして海軍属の研究者として働いているらしい。そもそも、ガルフレイクにおいて儀仗隊的な性格が強い部門に所属している人物は、その将来を嘱望されている場合が多いようで、こうして他の部門で働くことで経験を積んだり、昇進の為の勉強を行うことが、むしろ奨励されているそうな。
警察の機動隊や警察学校の教官、といった役職は、出世させたい人物を所属させて、昇進の為の試験勉強に集中させる、という側面を持っている……なんて話を聞いたおぼえがあるけれど、それと似たようなものだろうか。
ロッカに案内してもらいながら、建物の内部を見渡してみる。研究施設と言えば、真っ白なリノリウムの床に白亜の壁、という印象が強いけれど、はたして研究施設は、木造校舎といった感じの建物だった。構造も校舎に酷似しており、教室ごとに様々な研究が行われている、といった感じ。黒板には所狭しと数式やら文字が記述されていて、書籍や書類が机どころか床にまで山積みにされている。
研究特区に存在する全ての建物は、空中回廊で繋がっているようで、あらゆる分野の研究者が、頻繁に往来し、情報を交換しているのが目に入った。こうした技術研究においては、異なる分野の知識が、思いもよらぬブースターになることが度々あるそうだから、これは優れた設計なのかもしれない。
一通り案内をしてもらっての感想。なんというか、この世界ではいわゆる内政チートのようなものはできそうにないな、と思い知らされた感じだ。もちろん、科学技術という面では俺が元いた世界には遠く及ばないようではあるのだけど、魔術や魔道具といった超常の存在が、その差をかなり縮めているような印象を受けた。
例えば、この世界の医療の基本は『いのれ、くすれ』であり、農業技術も種を季節通りに撒いて、水をやる、といった中世然としたものなのだけど、この世界では、ちゃんと回復魔術を使える者が祈れば、傷も病も基本的には治癒するし、飲むだけで様々な薬効を発揮するポーション、なんてアイテムも存在している。
更には土地の魔力を高めることで、収穫を劇的に増進させる魔術や魔道具があったり、豚や牛などの家畜は、生まれてから数週間で、食肉に適したサイズにまで成長する、という俺が生まれ育った世界の科学者が聞いたら吹き出すような生態をしている。まぁ、その分そうした動物を捕食する、一部の魔物も、数週間で人類に対する脅威にまで成長するそうなのだけど。
いわゆる異世界モノ、なんて言われる創作物では、魔法や魔物が存在していても、その世界の動植物や物理法則は現実世界と大差ない、というものが多かった記憶があるけど、この世界には、様々な差異が存在しているようなのだ。
ここまで多くの差異があるこの世界において、果たして俺が知っている科学技術がどこまで通用するのだろうか。そもそも、根本的な問題として、物理法則は同様なのか、という疑問が鎌首をもたげる。魔術なんて、アインシュタインが激怒するレベルで、物理法則に喧嘩売ってるし……。
こうした大原則が、この世界においては異なっている、と仮定した場合、話はかなりややこしくなってくる。仮定の仮定、ではあるけれど。なんらかの技術を広めたら、かえってこの世界の人々の健康を害してしまったり、全く役に立たなかった、なんて事にもなりかねないのだから。
まぁ、根本的な問題として、もう既にそうした科学技術の代替が可能な魔術や技術が存在していた場合、広めるもなにもない訳だし、俺が元いた世界の技術を伝えたとしても、ここまでキチンとした研究機関が存在しているこの国において、それが受け入れてもらえるかは、結構怪しいところだ。
今のところ俺は、武力に秀でた人物、として評価されているのだろうから、そんな人物が技術分野にまで口を出し始めたら、間違いなく良い顔はされないと思う。直接口に出して言われることはなくても『うるさく口出しする素人』なんて誹りを受けてしまう可能性が高い。しかもそれが失敗しようものなら、技術・研究分野の人々に対する発言力は地に落ちてしまうだろう。
一番容易なのは、物品を作成して、渡してしまうことだけど、それだとあまりにも不自然すぎる気がする。文明の『ぶ』の字もない場所からやってきた人物が、どうしてそんな『完成品』を作成できるのか、という疑問に対して明瞭な説明が出来る自信がないし、俺以外にも被召喚者がいた場合、一発で俺が召喚された人物だと看破されてしまう、という危険性を、自ら抱え込んでしまう事にもなりかねない。
「おやクロノ殿、なにか浮かない顔をしているね。なにか質問でも?」
小難しいことを考えていたせいで、顔が自然と険しくなってしまっていたのだろう。それを、疑問を持て余している、と解釈したのか、ロッカがそう話しかけてきた。むぅ、そういう訳ではなかったのだけど、ここは何かしらの質問をしないと、不自然な感じになってしまうかな。まさか、馬鹿正直に世界法則の差異について考えていました、なんてことは言えないし。
「えぇ、先程までの紹介で、一度も『ここで働いている』という類の発言を聞きませんでしたが、ロッカさんはどういった分野の研究をしているんですか?海軍属の研究者である、ということは聞いているのですが」
「ああ、アタシはねー……うーん……あのさ、最初に言っておきたいんだけど、笑わないでくれよ?」
あまり聞かれたくないことを聞かれた、といった反応をするロッカ。あまり誇れる研究分野じゃないんだろうか。レオナもシロディールも、そしてレオンも微妙な表情をしている。ノアは、無表情だった。
「私が……私達が、研究している分野はね。『空を飛ぶ船』なんだ」
というわけで、ロッカさんに再登場してもらいました。実は頭の良さでは今まで登場した人々の中でもトップクラスだったりします。次回で技術関連に関しては、一区切りつけて、中盤の2大イベントへ繋げていこうと考えています。
そして『中世ヨーロッパ風の世界』を脱して、自分なりの世界を描写していくのは難しいですね。このエピソードも、説明ばかりになるのを避ける為に、結構な回数書き直していたりします。
【人は社会で生きるもの】
『隠れて生きよ』なんて言っていたエピクロスに怒られてしまいそうな言葉ですが、そもそもエピクロスも多くの弟子を抱えて、農園で暮らしていたそうです。隠れてないじゃないですかーやだー。
【思いもよらぬブースター】
今の携帯電話が、ここまで多機能、小型化したのも、とある日本人数学者がとある数式を解読したことが、一つの要因なのだそうです。なにが幸いするか分からない、というのは科学分野においても同じなんですね。
【いのれ、くすれ】
祈って、薬を飲んで、寝ろ、って意味です。医療的、というよりは宗教的な意味合いを強く含んでいるフレーズですね。おばあさんなんかが、今でもたまーに使っているのを耳にします。