クロノの一日(4)
前半が会話パート、後半は説明+思案パートになっております。
「…かくして王子様とお姫様は、それからも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし…」
「ううう、良かった!!良かったなぁ、お姫様よ!!一時はどうなるかと思ったが、一件落着じゃな!!」
『とっても楽しかったの!!オニイチャン、次のお話をお願いするの!!』
あの決闘騒ぎの後。レオナから魔術の威力調整について色々と教えてもらい、更に夕食を一緒に楽しんだ俺は、名残惜しくはあったけどレオナと別れて、リリィの寝室へとやって来ていた。彼女が眠る前に、お伽噺を話してあげるためだ。最初は、暗黒大陸の自然や魔物について教えてほしい、という要望だったのだけど、ふとした拍子に俺の世界のお伽噺を話したところ、是非ともそっちを話してくれ、と頼み込まれたのだ。
そこで老師が各地で修行をしている際に聞いたお話、という体で、俺の世界のお伽噺を夜話として話すようになったのである。桃太郎から、ラプンツェルまで。もちろん、原典におけるえぐさを漂白したり、鬼を山賊に変えたりと様々なアレンジを加えて、柔和な勧善懲悪の物語として語って聞かせたのだ。リリィはそうしたお伽噺を随分と気に入ったようで、わざわざ皇宮から迎賓館まで迎えを送るほどに楽しみにしているようだった。
当初は暗黒大陸の自然環境を教えてもらう為に呼んだディノも、今は完全な聞き手に回っており、リリィと一緒になって、お伽噺を楽しんでいる。そして、物語を語る俺もまた、未知の物語に胸を躍らせて跳ね回るリリィと、窓の外で瞳を爛々と輝かせているディノを見ることに喜びを見出していた。…父性というか、なんというか。そんな想いが胸に芽生えるのを感じてしまう。うーむ、俺はまだ21歳なんだが。所帯染みるには、まだ早くないか?
「今日はここまでだよ、ディノ。夜も遅いからね。それでは、リリィ女皇陛下。私はこれにて失礼いたします。どうか、善き夢の加護が貴女に訪れますように」
夜話を生業とする者が、結びとして用いる言葉を口にした。すると、リリィは肩を落として、飛び跳ねるのを止めた。いつもは隠しているらしい、白銀の狐耳もしゅん、とうなだれている。大きな妹も、しょぼーん、といった感じでうなだれている。ああ、もう可愛さというものでも人心は蹂躙できるんだな。出来ることなら俺も、2人が眠りにつくまで話していてあげたいのだけど、リリィと逢える時間は、きっちりと決められているのだ。
「ううむ…もっとクロノと一緒にいたいのだがのぅ…」
「リリィ陛下、あまりクロノ殿を困らせてしまってはいけませんぞ。もう逢えぬ訳ではないのです。また明日の夜を、楽しみに待ちましょう」
思わずお伽噺を再開してあげるべきだろうか、と考え始めたところで、横に控えていたムーアが助け舟を出してくれた。そしてリリィには見えないように、俺にウインクを送ってくる。もふもふとした兎の耳もあわさって、不遜かもしれないが、萌えじじい、というフレーズが思い浮かんだ。
「むぅ…そうじゃな、クロノを困らせてはならんものな。でもな、えっとな。クロノ、帰る前に一つだけお願いがあるのじゃ。その…頭を撫でてくれんかの?」
吐血するかと思った。レースがふんだんにあしらわれた寝巻という服装もあって、庇護欲を普段の数倍そそるリリィの、上目使い。シロディールじゃないが、奇声をあげて走り出したくなった。しかし冷静に考えて、女皇相手に頭を撫でる、というのはあまりにも恐れ多い行いではないだろうか。
「おお、寄る年波には勝てませんのぅ…突如として視界が霞んでまいりましたぞ…ああ、何も見えません…」
ちらっ、と俺とリリィをみつめながら、ムーアはわざとらしく狼狽えていた。これは…前もって計画しておいたな、この主従。そういうことなら、と俺はリリィに近付いて、頭を撫でた。
絹をすくような、柔らかい感触。手の平を通して、子供特有の熱いくらいの体温が伝わってくる。リリィは気持ちよさそうに目を細めていて、時折、狐耳がぴくぴくと動く。ああ、俺のハッピーエンドはここでしたか、探しましたよ…そんなたわけた事を考えてしまういくらいに、穏やかな気分。
普段の公務では、麗麗とした所作を崩さないリリィだけど、やはり親元から離れて過ごすのは寂しいのだろう。身近で、年頃の男である俺に、父の姿を投影しているのかもしれない。そう考えると、レオナ達に抱くそれとはまた違う愛おしさが湧きあがってくる。空いていた左手を肩の上に乗せて、そうした感情をのせながら頭を撫でた。しばらくそうしていると、いいなーいいなー、とディノが思念を送ってきた。大きな妹よ、待っておれ。帰り道で存分に撫でくり倒してやるからな。
「先程はごちそうさまでした。私のアドバイスを活かしていただけてるようで、嬉しく思います」
「勘弁してください、ディアナさん…内密に頼みますよ…」
ディノがくたー、とつきたての餅のようになるまで撫で倒し、寝かしつけてから。迎賓館に併設されたバーにて、今度は俺がディアナに弄ばれて、カウンターにくたー、と突っ伏していた。彼女は、俺とレオナが肩を寄せ合っていたのがよほど嬉しかったのか、非常にご機嫌だった。
日はとうに沈んでいるが、この世界には水に反応して光を発する植物…ルミネプラントというらしい…が存在しており、皇宮の中の明るさは、現実世界のそれに近い物があった。その為、このバーもいわゆる中世的な、墨を落としたような暗さとは無縁だ。
「えぇ、誓って吹聴して回るようなことはありませんので、ご安心ください。それにしても…若い子たちがこうして成長していくのを見るのは、微笑ましいですね」
くすくす、と上品に笑いながら、ディアナはグラスを拭きあげる。むぅ、悪い気はしないのだけど、ここまで良いように弄ばれると、ちょっと仕返ししたくなる。少し酔っているからか、妙なテンションになっているのを自覚しながらも、内心舌を出して行動に移る。
「若い子、なんて…ディアナさんも十分にお若いじゃないですか。微笑ましい、なんて老け込んだセリフを漏らすはまだまだ早いのではないですか?」
グラスを傾けながら、ディアナの瞳をじっと見つめた。あっはっは、素面だったら壁に頭を叩きつけたくなるような所作だけど、今はとても楽しく感じられた。楽しい気分に燃料を投げ込むように、グラスに満たされた果実酒を一気にあおる。
現実世界では酒なんて、苦いだけでどこが美味しいのか、なんて思っていたけれど、ディアナが作ってくれるお酒はとても美味しい。なんでも、俺の味覚に合わせて温度の調節や、香味のブレンドを行ってくれているのだそうだ。以前は、芳醇だとか切れ味とかなんやねん、日ノ本言葉を喋らんかい、とか思っていたのだけど、今ならそうした形容がどういった味なのかを、理解できるような気がする。
「随分とお上手になりましたね、クロノ様。そうしたお言葉は、是非ともレオナさんやシロディールさんにかけてあげてください。きっと、とても喜んでくれると思いますよ」
おかわりをカウンターに置いてくれながら、余裕すら感じられる笑みを絶やさないディアナ。なんだかひらりと躱されてしまったような感じだ。くそぅ、この人には色々と敵わないな…
「はい、機会があれば、そうしようと思います。ただ、素面の時では気恥ずかしくて、気の利いたセリフを言うのが難しいんですよね」
「そう難しく考える必要はございませんよ。概して、詩的な褒め言葉よりも、心に思った事を、そのまま口に出したような褒め言葉の方が、嬉しく感じるものなのだそうです。服装や髪形、あとは表情といったものをよく見てみることから始めてみてはいかがでしょうか」
なるほど、確かに大仰な褒め言葉を言われた時よりも、レオナやシロディールに『クロノ殿の笑顔は優しい感じがしますね』と言ってもらえた時の方が嬉しかった。前は寄せられる好意に狼狽えてしまっていたけれど、今は彼女たちの好意に出来る限り応えたいな、と思えるようになっている。言葉一つで、喜んでもらえるのなら、それは素晴らしい事だと思うのだ。
「助言、感謝します。前は色々と戸惑ってしまいましたが…今は、彼女たちの笑顔を見るのが、嬉しくてたまらないのです。…こうした境地に至れたのも、貴女の卓越した助言のお蔭です。本当に、ありがとうございます」
空になったグラスを置いて、微笑みながらディアナを見つめた。もしもディアナがいてくれなければ、俺はレオナやシロディールに苦手意識を持っていたかもしれない。一人でいる時間が長すぎると、傍らに誰かがいることを苦痛に感じてしまうようになる。若干、その気があった俺が2人と仲良く過ごすことが出来ているのは、ディアナの助言に依るところが大きかった。もちろん、俺の大きな妹にして、おねーさんでもある龍の助言にも大変助けられてはいるのだけど。
「…無意識なのでしょうけど、貴方という人は本当に…」
いつものたおやかな笑顔を、少し困ったふうにしながら、ディアナは背後にある酒棚の方を向いてしまった。あれ、お礼をいったつもりだったのだけど、なにか失敗してしまっただろうか。ふわりと、浮かぶ様な心地の頭で色々と考えてみたのだけど、全く判然としなかった。
胸に沢山の暖かい物を抱えながら、自室へと戻ってきた。大きく息を吐いて、ベッドへと倒れ込む。今日も、素晴らしい一日だった。こんな日々が、いつまでも続けばよいのに。…しかし、この楽園はきっと期限付きの楽園だ。俺の寿命が尽きるまで『大破壊』が起きないという可能性も、もちろんあるけれど。
「そんなわけ、ないよな…」
そんな訳がない。俺の中に宿っている『誰か』の記憶がそのような直感を授けているのか、それとも現実と物語を混同している俺の単なる予測なのかは分からないけれど。それでもこのまま大禍なく過ごせるわけがない、という確信を帯びた予感が、胸に苦い物を混ぜる。そして、仮にそう過ごせるとしても、それではいけない、という意思も生まれてくる。
力ある者の責任であるとか、偉そうな事を言うつもりはない。それでも、もしかしたらこの世界を救えるかもしれない能力を手に入れたのだ。根本要因を取り除けるかどうかはともかく、力を尽くすべきだろう。その観点から、かねてより熟考している課題が一つあった。現実世界の知識、及び兵器技術の開示というものについてである。
ベッドから起き上がり、豪奢な彫刻の成された椅子に座る。そしてインベントリから、以前作成したAK47を取り出した。鈍い光を放つフロントサイト。磨かれた木製のバットストックは、さながら工芸品の様な美しさを宿している。次にAK47に使用される7.62mm×39ラシアン弾を手の平に引きだした。それを弄びながら『もし仮にAKを初めとする様々な技術を開示したらどうなるか』というテーマで、思考実験を開始する。
この世界の銃は、まだ元込銃のレベルにすら到達していない。つまり戦国時代を舞台にしたドラマなどでよく見られる、バレルの部分に火薬を流し込んで弾を込め、朔杖でそれらを奥に詰め込んで運用するようなものが最先端の銃器、ということになる。
上流階級にある人物への贈り物、という感じでフリントロック式のライフルが存在してはいるものの、出回っている銃の大部分は、マッチロック式であり、施条といったものも施されてはいない。現時点では、威力も運用性も魔術の方が数段上なので、軍部においては主流の武器とは見做されておらず、銃器はもっぱら市民が持つ護衛用の武器、という認識を持たれているようだ。
翻って、俺がいま持っている銃はどうか。確かに集弾性という点においては、その強烈な反動により、多少の問題を抱えているが、そもそも人間以上の腕力を持つ亜人の人々によって運用されることを考えれば、許容可能なものであるように思う。
現実世界では問題視され、後継であるAK74においては変更された強力過ぎる使用弾薬も、強大な魔物が出現するこの世界においては、むしろ利点に成り得るだろう。そしてなにより、10代の子供であっても、半日の講習で単純分解どころか、複雑分解すら行えるようになる、機構の単純さは大きな強みだ。
銃火器の類が、すぐさま軍に取り入れられるかどうかは分からないけど、もし仮に市民がこの武器を十全に使いこなせるようになれば。これまでの『大破壊』において、庇護されるだけの…仮に徴兵されても非力な存在だった市民たちが、一転して大きな戦力になり得るかもしれない。ある程度固定化されてしまっている軍の指揮系統を、ぽっと出の俺があれこれと口出しをして変えることは出来ないだろうけど、義勇兵の類であれば、アドバイスという形をとり、様々な影響力を及ぼすことが可能ではないだろうか。
それだけではない。俺が今まで触れたことのある書物を全て作成していき、それらをちゃんと翻訳した上で、ヴィルヘルムや専門知識を持つ人物に提供し、予算を組んで兵器開発を行うことが出来れば、この世界の兵器技術はあっという間に数世紀分のジャンプアップを遂げることが出来るかもしれない。仮に生産性が最悪であっても、俺が実物に触りさえすれば、日に200程度は確実に生産できるのだ。
考え抜かれた陣地構築と大砲、そして機関銃やライフルという存在に守られた数千の軍勢は、万軍に勝る。これに圧倒的な機動力を持つ、俺とディノの武力があわされば、もしかしたら『大破壊』を致命的な被害を受けずに凌ぎ切る事が出来るかもしれない。そうなれば、あとは終盤のシミュレーションゲームみたいなものである。次の『大破壊』までに鉄道網と通信網を整備し、人と情報の移動を加速させたうえで、各国の経済的・人的な協力関係を強固なものにする。防衛線を何重にも増設し、魔王領を焦土に出来る様な兵器の開発を急げば良い……。
と、そこまで考えてため息をつく。今までの思考実験は、全てが上手くいった場合のそれだ。しかし実際には、市民による革命や、新たな力を手にした国々が野心を抱くことを防いだりと、相当に困難な道行きになるだろう。……やはり、技術開示に関しては、もう少し考えた方が良いかもしれない。この素晴らしい世界が、俺のもたらした技術で、火と鉄と硝煙にまみれた世界に堕するのは、是が非でも避けなくてはならない。
まぁ、更に言ってしまえば、魔王軍が真正面から攻め込んできてくれるかというと、それも怪しい話ではあるのだ。というのも、魔王軍はどうも重要な設備や、技術拠点を優先して攻撃する傾向があるようで、この世界の技術体系や思想分野の発展が、ややチグハグになっているのは、そうしたことが要因であるらしい。つまり『大破壊』は魔王領に生息する魔物達のスタンピードなどではなく、ある程度の統率の元で行われているとみるべきなのだろう。馬鹿正直に、防衛線に突っ込んできてくれるとは、思わない方が良いかもしれない。
前述の傾向から『大破壊』に関する史料は非常に限られており、一国の軍隊に勝るとされる魔王の武力も、ただ伝説の中に語られるのみである。魔王による被害、と考えられる報告…砦と数万の軍勢が一瞬で蒸発した、といったもの…がされてはいるものの、生存者の中に魔王を見た、という人員が存在しないのだ。
また『大破壊』は防衛軍や主要な都市が壊滅した辺りで、潮が引く様に収まるらしく、断じて人類の勝利の結果として魔王軍が撤退する、というものではないのだそうだ。普通のファンタジー作品であれば、勇者のような存在が魔王を倒すのだろうけど、残念な事に、この世界に勇者は不在らしい。
ちなみに、やはり神話・伝説の域を出ないものの、龍が魔王を倒し、人類を救ってくれているのだ、という説も存在する。しかし、それなら何故人類が滅びに瀕する前に助けてはくれないのか、というある意味ではもっともな反論に封殺されてしまい、真剣に研究はされていない。
根が凡夫である俺としては、事前に出来るだけ多くの知識を身に着け、対策を万全にしておきたいのだが、こうも史料と資料が存在しないと、そういうわけにもいかない。かと言って、力押しが出来るように、この世界の技術力を増進させようとすると、心労が激増するし、最悪『大破壊』を待たずに、アポカリプス・ナウ、なんて展開にもなりかねない。
さて、どうしたものか。単純に俺の生存確率を上げる、という観点から言えば、この世界がどうなろうが知ったことではない、というスタンスで技術や書物を全て提供してしまうのが最善ではある。そうした技術によって争乱が発生したのなら、俺にとって利の多い側に味方し、そうでない勢力には容赦なく鎮圧を行う。
ねーよ、と首を振る。それでは、やり方が直接的ではないだけで、魔王と大して変わらない。技術開示を行うのなら早い方が良いわけだけど、胸に燻る暖かさが、それを押し留める。この世界の在り方を、俺個人が死にたくない、という理由で変質させてしまうのは、非常に醜く、罪深い行いなのではないだろうか。そう、思ってしまう。
現代の紛争がなかなか解決されず、またその犠牲者が多大なものになる要因の一つに、個人の戦闘能力を容易に最大化せしめる『兵器』の存在が挙げられることが多い。そうした物の中でも、AKはその生産性の高さや前述の利点から『世界で一番人を殺した兵器』という名誉なのか、不名誉なのか分からない評価を受けている。これを広めることで助けられる人々と、そうではない人々のバランスが、ある程度予測できるほどに、この世界に馴染むまでは、技術開示は避けた方が良いだろう。
もちろん、技術開示が遅くなれば遅くなるほど、俺が『大破壊』において負うべき戦闘的な負担は増加する。つまり、死ぬ可能性がそれだけ高くなる。…俺だって、出来れば死にたくはない。この世界に来た直後であればともかく、今は大切な存在があり過ぎる。それはとても嬉しい事なのだけど、その喜びが、今は心を千々に刻む利剣と化す。味方の武力は、俺の生存率に直結する重要な要素だ。これを軽視することは出来ない。しかし…。
思考のループを自覚して、思考実験を凍結した。くはー、とため息を吐いて、頭を再起動した。基本、ネガティブな思考のループほど無駄な物はないのである。そういう停滞が許されるのは高校生まで。どのような方策をとるにせよ、俺はこの世界を、レオナやリリィが穏やかに過ごせる場所を守ると決めたのだ。
…遠い遠い昔。俺がまだ少年というヤツだった頃に、あることが理由で泣いたことがあった。なぜ、100点満点の結末と言うのは現実にも、架空の世界にも存在しえないのか。そんな、今思えば幼すぎるにも程がある理由で、延々と枕を濡らし続けた。
絶望することに、年齢や経験なんてものは関係なく。現実を生きられない、なんて考えていた当時の俺は架空の世界にこそ、その救いを求めたことがあった。しかし、架空の世界であっても…いや、そうであるからこそ、だろうか。物語の完成度を増すために、消えていく人々は多かった。例えば物語を展開させる為に魔物に食い殺される善良な村人。あるいは世界を救うために、自身を犠牲にする主人公。そんな存在すら救ってくれる機械仕掛けの神様を、俺は期待し続けたことがあったのだ。
分かっている。俺が、そんな大層な存在になんて成りようがないことくらいは。それでも、そうした志向性を抱くことくらいは、許されるはずだ。何もかもをも、なんてことは言わない。だけど、俺の周りの人くらいは、守り切れる存在に、俺はなりたい。
静かな決意を胸に、動き出した。部屋に備え付けられたルミネプラントを水槽から取り出し、保管用の木箱に収納する。まだ光が残っているうちに、インベントリから電池式の卓上ライトを取り出し、机に設置する。それから机に毛布をかぶせるようにして、明かりを遮断する簡単なテントのようなものを作り、そのなかに潜り込んだ。
まるでいかがわしい本を親に内緒で見る中学生みたいだ、なんてことを思いながら、FPSゲームにはまっていた時に勢いで買って、読むこともなく本棚の肥やしになってしまっていた軍事学や銃火器について書かれた書物を机の上に広げ、ひたすら読み進める。
技術を公開するにせよ、しないにせよ。ループにはまってしまった思考実験を続けるよりは、こうして本を読み進めた方がよほど有益だろう。特に俺の作成能力は、俺自身の知識と言うものがその能力の性能に関わってくるのだから。
鼻歌など一つ嗜みながら、既に日課となった現実世界の知識についての勉強を始める。一応、夜になれば眠くはなるのだけど、その眠気を自分の中で『状態異常』というふうに認識すると、まるで底が抜けた桶から水が抜けるように、眠気が引いていくのだ。
俺は天才ではない。そして、誰もが驚くような妙手を打てるような才気もないのだから、せめてこうやって走り続けることで、定められた破滅を覆そうと思ったのだ。机に備え付けられた時計を見遣る。午後10時。ノアが一度様子を見に来るのが夜明け前の5時30分頃だから、まぁ、6時間は勉強をしていられる計算になる。この世界にちゃんと時刻の概念と、時計が存在していてよかったな、と思いつつ、黙々と書物を読み進めた。それと並行して、機関銃のイラストを書き進め、その構造を頭に刻み込む。
一度背伸びをしてから、ページをめくる。こうした慎ましい努力が、世界を救う一助になれば良いんだが。そんな事を考えながら、俺は空が白んでくるまで、机に向かい続けたのだった。
結局、技術開示は見送ることにしたクロノですが、そうした考えを改める日は来るのでしょうか。それともこのまま『大破壊』へと挑むのでしょうか。
【Ak47】
全長880mm、重量4.3kg。総弾数30発。映画に出てくるテロリストが持っている銃は8割これ。アブトマット・カラシニコヴァの略で(アブトマットはオートマチックの意)なんでも一億丁以上生産されているとかいないとか。ちなみにこの銃を設計したカラシニコフさんは21歳の時に仲間が全滅する、という悲劇を経験しており、優れた自動銃があれば仲間は死ななかった、という思いからこの銃を設計したそうな。それが作中で主人公が言っていたような異名を与えられている辺り、この世は厳しいもんだ、とか思ったりします。
【マッチロック式】
要は火縄銃。フリントロック式は火打石を打ち合わせた際に発生するアークで火薬に点火するのに対し、マッチロック式は火のついた縄で点火する。一般にフリントロック式の方が手ブレしにくい、と言われているようなのですが、撃ったことがないので分からないです。ただ、火皿でアークを隠せる前者と、目の前で導火線を火薬に突っ込む後者ではそりゃあ、前者の方が安心して撃てただろうなぁ、とは思います。