幕間 リリィとムーア
非常に短いのですが、次のエピソードへの繋ぎを円滑にできるかな、と思ったので投稿します。
「ふむ…妾はクロノを好ましく感じたが…どうじゃ、じい。そなたの意見も聞かせてくれ」
「そうですな…リリィ陛下が感じられた『好ましさ』は恐らく正しいかと。自身が持つ力の重大さというものにも十分な思慮が伺えますし、会話の節々から、善良な性根をしていると推察しました。ワシ個人としても、好ましく感じましたな」
クロノが迎賓館へと向かった後。リリィは摂政であるムーアと先程行った会見について、執務室で話し合っていた。リリィ自身は年齢からすれば非常に聡明な人物ではあるが、それでも経験という面からみれば、まだまだ至らない点も多い。そうした至らない面を補佐し、教導するのがムーアの役割だった。
「そうか。じいがそう言うのなら、そうなんじゃろう。無論、ガルフレイクの権威を預かる身として、不用意に信任を置くことは出来ぬが…」
「お言葉ですが、リリィ陛下。そうであるならば、名前を与える必要はなかったのではないですかな?確かにガルフレイクにおいて帝位にある者は政治的な立場から断絶されておりますが、それでも影響力が皆無であるわけではございません。聡明な貴女様のことです。女皇が直々に名乗りを許した、という行動の意味を知らぬわけではありますまい?」
試すような、しかし悪戯好きの少年がそのまま年を経たような笑みを浮かべるムーアに、リリィは頬を膨らませながら答えた。
「…むぅ。今日のじいは少しイジワルじゃの。しかしまぁ、そうじゃな。妾はクロノを好ましく感じておるし、軽率かも知れぬが、それなりの信任をおいても良いと考えておる。それ故に、クロノの行く末が心配になったのじゃ」
だから自分に出来る限りの庇護を与えた、とリリィは難しい表情で腕を組んだ。そんなリリィの様子を見て、ムーアは好々爺然とした微笑みを浮かべる。
「ワシは、リリィ陛下の決定を誇らしく思いますぞ。信与わざれば、信を得るに能わず。まさにガルフレイク精神の体現と言えましょう。それに、陛下が直接名乗りを許した人物ともなれば、不用意な買収や色仕掛けといったものを仕掛けることは、相当に難しくなるでしょうからな」
「利に聡い者が多い、というのは我が国の誇るべき美点ではあるが、全ての状況下でもそれが美点であるとは限らない、か…やれやれ、クロノには迷惑をかけてしまうのぅ」
帝位にある者に名乗りを許される。これは言ってしまえば『この人物は帝位にある者のお気に入りだからな』と色付けする行為だ。この色付けをなされた者は、権威という目に見えない防壁を得ることになる。この防壁を叩き壊してでも、自分の利を追及しようと考える様な人物は、そうはいないだろう。…絶対にいないだろう、とは言えない所がガルフレイクの恐ろしいところではあるのだが。
「そうですな…クロノ殿は、随分と純情な方のようです。色ではなく、好意を向けられれば、それに応えようとなさるでしょう。それは誇るべき善性ですが、人によっては御し易い、という印象を与えてしまうかもしれません」
「そうじゃな。今までクロノが面識を持った者達で周囲を守るように『助言』をヴィルヘルムにしたためておこうかの。聖月騎士団と船員達は身元がはっきりしておるし、民間のサポーターも既に身辺調査が終わっておる人物じゃったはず。軽挙妄動を成すことはあるまい」
ムーアの言葉に頷きながら、リリィは流れる様な仕草で手紙をしたためる。その所作は多少の幼さも残しつつも、堂に入ったものであった。そうしたリリィの姿に、ムーアは孫の成長を慈しむような、優しい眼差しを送る。
「政治とは関係ないところは、妾が守って見せようぞ!!そして、また龍に乗せてもらうのだ!!クロノに抱えてもらって、ゆるりと帝都を練り歩き、それをお祭りへと昇華させ、華のような日々を過ごすのだ!!」
「ほっほっほ…リリィ陛下。貴女様はまだまだ若い。様々なことに挑戦なさいませ。その補佐はワシが責任を持って行いますゆえ」
ふんすふんす、と鼻息も荒く『助言』を書き進めるリリィ。…ムーアは、リリィの心中に芽生えた『クロノを守ってあげたい』という感情が、どのようなものに変化しやすい感情か、正確に見抜いていた。しかし、その花を責任という鎌で摘んでしまう事を良しとはしなかった。
そも、ガルフレイクは大英雄ガルフレアの愛により興った国なのだ。『国を作ろうなんて、考えちゃいなかった。ただ、道中でいつも女を助けてたら国が付いてきた』そんな言葉を残した人物を、祖とする国であるからこそ『それ』を否定してしまうのは国体の否定にすら繋がる、とムーアは認識していたのだ。
そんなムーアの考えなど知らずに、そして自分の感情というものもよく理解しないままに、リリィは心中のぽかぽかした気持ちに突き動かされ、クロノを海千山千の人々から守り抜く為の方策を考えるのだった。
普通の小説だと、この辺でクロノを利用しようとする数多の人々が…!!みたいな展開にして、物語に波を付けるのですが、この小説ではそうした人々は行間の波間に飲まれてしまいましたとさ、というお話です。
幕間はこれでいったんおしまいになります。次からは、本編に戻る予定です。