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ちぇんぢ!!  作者: 草加人太
ガルフレイク編
18/37

幕間 ワークスブルグの人々とABCトリオ

 今回はクロノに対する国民感情に焦点を当てたエピソードになります。それと普通の冒険者代表、という感じの新キャラを登場させています。

「黒騎士饅頭!!黒騎士饅頭はいらんかねぇ~!!今なら鉄槌の王をかたどった爪楊枝が付くよ!!」


「ヘラクレアから買い付けた龍に関する書物だ!!これがなんと3万マール!!黒騎士様が連れた龍に関して講釈垂れれば、女の子が寄って来ること間違いなし!!さぁ、どうだい!!」


 ガルフレイクの首都ワークスブルグは今、特需に沸いていた。その名も『黒騎士特需』である。クロノは独力で排除してしまったが、本来ならば『破滅の果実』は恐ろしく強力な魔物である。有効な戦術が確立されているとはいえ、城壁を一撃で粉々にする魔力弾は相当な脅威であり、地形が変化するほどの飽和攻撃を加えて、初めて討伐が可能となる城塞めいた魔物なのだ。


 今回の『破滅の果実』の襲来…魔物災害により、兵士や国民に相当な死傷者が出ることは間違いなかったし、物流の停滞や街の崩壊といった経済的ダメージも、甚大な物になるはずだった。無論、災害によって利益を上げる業種は存在するが、こうした災害で発生した利益というものを貪り過ぎると、信用を失ってしまう。これは信用は万金に勝る宝である、と考えられているガルフレイクにおいて致命的な事柄だ。


 更に言えば、魔物災害からの復旧事業は、基本的に国が定めた『最低限度』の価格で仕事を受注することを強いられるため、恨まれる可能性がある上に、実入りが少ないという仕事なのである。確かに国が滅ぶということはないだろうが、それでも被る被害は甚大な物になるだろう…そんな未来予想に、ガルフレイクは悲しみの谷に沈んでいた。


 しかし『破滅の果実』がたった一人の黒騎士により討ち滅ぼされた、という情報がギルドから市井の人々に伝わると、一転してガルフレイクはお祭りムードに包まれたのだった。夫や子供達が…あるいは自分自身も死んでしまうかもしれない、と憂いていた母たちは諸手を挙げて喜び、これを祝うために高価な食材や酒を買い求めた。商人たちはその需要に応える為に、商行為を加速させる。


 その連鎖に、龍を友としているらしい、初代皇帝ガルフレアと同じ装備をしていたらしい、という情報が追加されていくにつれ、クロノの存在は一種のアイドル性を会得していった。目ざとい者は、このアイドル性に目をつけて、こじ付けともとれるような手口で様々な商品を売り捌き、利益を積み上げた。


 クロノが聖月騎士団に連れられて、皇女陛下と会見を行う為にワークスブルグを訪れる、という情報が出回り始めると、熱気はさらに高まった。この頃になると、本来なら魔物災害によって失うはずであった資金を投入して、商行為を行う者も出始め、供給は増加。そしてワークスブルグには、噂の黒騎士を一目見ようと国の内外から多くの人々が集まり、需要もまた爆発的に増加した。こうしてついには『黒騎士特需』と呼ばれる好景気状態が発生したのである。



「うおー。ぱねぇ、ぱねぇぞ。すげぇ賑やかだな…」


「確かに。これも黒騎士とやらのお蔭なのだろう」


「黒騎士饅頭おいしい」


 早朝のワークスブルグ。大口を開けながら人の流れを見つめる青年…エース・ファーストと冷静な口調のビショップ・トワイス。そして饅頭を頬張りながら、その感想を口にするシール・サード。彼らは普段、各地を放浪して回っている冒険者だった。基本的にお手伝い系クエストや、低ランクの魔物を倒しながら路銀を稼ぎ、3人一緒に面白おかしく旅が出来ればそれでいい…そんな彼らは今回、黒騎士特需に沸くガルフレイクを訪れていた。お祭り騒ぎと聞いて、飛んできたのだ。


「ビショップ、黒騎士が行進するルートってどこだっけ?」


「迎賓港からガルフレア凱旋道を通って、皇宮まで向かうみたいだな。黒騎士を見てみたいのなら、議事堂周辺に向かうのが良いだろう。あそこは広いからな、見ることが出来る可能性が、多少は見込める」


 人込みをかき分けながら、進む3人組。せっかくここまで来たのだ。この大騒ぎの根本である黒騎士をぜひとも見てみたい。3人ともそう思ってはいるのだが、エースは早くも黒騎士を直接見て、酒場でそのことを自慢している自分を夢想しており、ビショップは龍という存在に学術的な興味を燃え上がらせ、シールは議事堂周辺の露店に思いを馳せていた。


「んじゃ、適当に食べ歩きしながら議事堂前まで行ってみるか。人が多くて、見ることが出来なさそうなら、宿泊できる酒場か、良い野宿スペースを探そうぜ」


 エースの提案に、2人は頷く。それから、歩きながらでも食べられる食べ物を、露店で購入することにした。ドルト豚のパニーニ。肉汁の溢れる豚の角煮と数種類の野菜が、もちもちした生地に挟み込まれているそれは、若い3人組の食指を誘うのに十分だった。


「おっちゃん、景気はどうよ?」


「最高だぜ、坊主!!ほんと黒騎士様々、ってなもんさ」


 3人分のパニーニが完成するまでの間、エースは店主と何の気なしに会話を始めた。しかし、店主は人好きな性格だったらしく、聞いてもいないことを次々と話し始める。


「今回の魔物災害で、俺のせがれ…あぁ、兵隊さんをやってるんだがな?そいつが砲兵部隊にいるもんでよ、今生の別れになっちまうんじゃねーかと、涙したもんだが…。黒騎士様がやってくれたよ!!ざまぁみろってんだ、目玉野郎!!」


 手よりも口を動かしながら、店主は熱っぽく黒騎士への感謝の言葉を語る。その感謝の言葉を聞きながら、ビショップは黒騎士に対する国民の評価は存外に高いのかもしれないな、と考えた。得体の知れない存在ではあるが、黒騎士によって助けられた人々、というのは思った以上に多いのかもしれない。


「しかもそれだけじゃねぇ。黒騎士様のお蔭で、今日だけで普段の10日分、稼がせてもらってる。坊主も今回のお祭り騒ぎを聞きつけてワークスブルグにやって来たクチだろ?そういった連中が気前よくお金を落としていってくれるのさ」


「マジかよ、10日分とかスゲーな。黒騎士スゲーじゃん!!」


「おおよ、黒騎士様はスゲーよな!!」


 ガハハ、と肩を組んでスゲー、スゲーと歌いだすエースと店主。その様子にビショップは眼鏡を抑えて、やれやれと呟き、シールは焼き鳥を食べる。…こうした光景は今、ガルフレイクの各地で見られており、ガルフレイクを訪れた人々の気持ちを高揚させ、消費を加速させる一因となっていた。また、国外から来た人々に『黒騎士って良いヤツなんだな』という印象を与える事にも寄与していた。


「あー楽しかった!!坊主、おめー、これからはどうするんだい?」


「むぐ、もぐ…おお、黒騎士を見てみたいもんだからよ、議事堂に行ってみようと思ってんだ」


「あー、今頃行っても人で埋まってると思うぜ」


 マジかよ、と吹き出すエース。でしょうね、と口元のソースを拭いながらつぶやくビショップ。シールは3個目のパニーニを頬張っていた。


「だがな?俺はお前が気に入っちまったぜ、坊主!!こいつを持って議事堂前にある『チェンバーズ』って酒場に行ってみろ。俺の弟がやってる酒場でな、2階から上はこのカードを持っているヤツだけが入れる特別なスペースになってんだ。そこなら黒騎士様を見ることが出来るだろーぜ!!」


「うおおおおお、おっちゃん、マジスゲー!!なに、影のボスなのか!?あんがとよー!!」


「ガハハハ!!影のボスは良かったな。また来いよ、坊主!!」


 上機嫌な店主と別れ、3人は議事堂前を目指す。鼻歌を歌いながら歩くエースを見て、ビショップはエースの持つ幸運というものに、呆れ半分、驚き半分という感情を抱いていた。なんだかんだで、エースは自分が望んだ展開というものを必ず引き寄せるのだ。そのことに、エース自身が全く気が付いていないのは、難点なのか、それとも美点なのか判断に困るところではあるのだが。



「絶景かなー、絶景かなー。おい見ろよ、議事堂前が人の海になってるぜ!!」


「もう少し落ち着け、エース。そしてシール。もうそろそろ食べるのセーブだ。金がなくなる」


「残念…」


 露店の店主に紹介された酒場『チェンバーズ』にやってきた3人は、壮年の男性に3階窓際の席に案内してもらっていた。周囲はお祭り気分と酒に酔った人々で混沌とした様相を呈している。踊り歌う者、浴びるように酒を飲むもの、そしてそれを笑う者。各々が自分が良しとする酔い方を選択しながらも、その根本には黒騎士への感謝と、生きる喜びが満ちていた。


 ここにいる人々は、ギルド所属の冒険者がその大半である。もしも魔物災害が発生したならば、イの一番に最前線で戦う義務を帯びている。つまり最も死ぬ可能性が高かった人々とも言えるのだ。しかも、今回は浮遊城塞との異名を持つ『破滅の果実』が相手だ。


 恐らく彼らには『破滅の果実』が大砲群や魔術師が控えている砦を攻撃しないように、囮の任が与えられただろう。勇敢に戦って、死ぬ事を本懐としている冒険者達にとって、囮として使い潰されるというのは、容易に承服出来るものではなかった。多くの冒険者達が、そうした釈然としない思いと、死への恐怖を等しく胸に抱いていたのだ。


 しかし、今はもうそうした気持ちも、死への恐怖も遠い日のことである。なぜなら、龍を友とする武勇無双の黒騎士が『破滅の果実』を串刺しにしてくれたのだから。あちこちのテーブルで『黒騎士殿に!!』という乾杯の音頭がとられていた。


「黒騎士、人気あるなぁ。街の人に好かれてる、ってのは知ってたけど、冒険者にもスゲー好かれてんじゃん」


「それはそうだろう。誰だって、窮地を救ってくれた者には恩義くらいは感じる。それに、この状況だ。今頃、商人や観光客の護衛依頼が冒険者ギルドに殺到しているはず。…黒騎士のお蔭で懐が暖かくなった者も、相当数いるのだろうよ」


 眼下に広がる、濁流めいた混雑を見ながらビショップは蜂蜜酒を口にする。そしてその言葉は、的確に現在の冒険者達の状況を表していた。なるほどなー、と感嘆の声を上げるエース。シールは隣のテーブルの残り物を交渉して譲ってもらっていた。


 その時、大きな歓声が港の方角から鳴り響いた。先程まで浴びるような勢いで、酒盛りをしていた者たちも、飲む速度を少し抑え始める。どうやら、黒騎士が行進を始めたらしい。


「ここまで来るのって、何分くらいかかるんだ、ビショップ」


「行進速度にもよるが…30分そこそこだろうな」


 そんなもんか、とエースは返し、シールが貰ってきた料理をつまみ始めた。呑気なエースとシールを眺めながら、ビショップは黒騎士という存在について考える。


 前回の『大破壊』から、既に300年。周期的には、もう既に発生していても、全くおかしくはない時期に来ていた。この周期は回を重ねるごとに早くなっているそうだ。だとすれば、現在の平穏は薄氷の上の夢のようなものなのかもしれない。あるいは灯が燃え尽きる前の、最後の輝きか。


 そんな時期に、災厄級の魔物を独力で排除するような存在が現れた。…黒騎士という存在は、この世界にどのような波紋を響かせるのだろうか。願わくば、それが自分たちにとって、有益なものであれば良いが。そうしたことを考えながら、料理を巡って取っ組み合いを始めたエースとシールに鉄槌を下すべく、ビショップは拳を握りしめるのだった。

 ABCトリオには、これからも主人公一向が見ることが出来ない視点から、この世界を見てもらおうかな、と考えています。ここまで有名人になってしまうと、市井の人々の日常みたいなものは、主人公視点ではどうしても書きにくくなりますので


 それと本編が進むことを期待してくれていた方は、すみません。ただ、こうした地味に見えるエピソードを書いていかないと『なんか俺はいつのまにか世界中の人々に好かれてた』みたいな超展開じみた感じになってしまいますので…


 ABCトリオの名前に関しては、憶えてもらいやすいように、あえて単純なものにしました。本筋と関係のない人物に、捻った名前を付けると『誰だっけ』といった感じになりやすいと、個人的に思うので。書籍だと少しページを戻せば良いのですが、WEB小説だとブラウザバックをして見返さないといけませんしね。

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