船旅の終わり
色々ありましたが、続きの投稿になります。楽しんで読んでいただけたら、嬉しく思います。
このエピソードで、もう少し物語を進めたかったのですが、そうすると投稿が相当遅れてしまいそうだったので…少し中途半端ですが、投稿します。
「黒騎士殿、もうそろそろ港に到着する時刻になります。ご起床願えますでしょうか?」
「ん…あ、はい。おはようございます」
5時間くらいは眠れただろうか。ベッドから起き上がり、俺を起こしに来てくれたメイド…ノア・シンクと挨拶を交わした。若かりし頃の鉄の寮母、といったイメージが似合いすぎるほどに似合う女性で、口数は少ないが、仕事が非常に速い優秀な人物だ。
「港には、あとどれくらいで到着しそうですか?」
「航海士によりますと、2時間半後には到着するそうです。朝の身支度と、朝食の時間を鑑みまして、今の時刻に起こさせていただきましたが、よろしかったでしょうか?」
「えぇ、丁度良い時間に起こしてくれて、ありがとうございます」
ノアは俺の言葉に、優雅な一礼で答えてから部屋を出て行く。最初の頃は、着替えや身支度…身の回りの世話の全てを行おうとしてくれて、色々とやりにくかった彼女だが、今では俺のやり方を尊重してくれている。仕事を奪ってしまってはいないだろうか、と前に聞いてみたのだが『こちらの流儀を押し付けず、相手の流儀に合わせてご奉仕するのがガルフレイク流メイド術でございます』との事だった。
洗面所に向かい、一通りの身支度を整える。それから、肌触りの良いシャツと革製の上着、そしてしっかりした作りのズボンを穿く。人型である、という共通点からか、衣服に関しては現実世界とそう大差はないようだった。鏡を見て、変なところがないかを確認する。よし、準備完了。食堂に向かうとしよう。自室のドアを開け、食堂に向かいながら、今日会見を行うことになる女皇陛下について考える。
ガルフレイクは大英雄ガルフレアがおよそ1600年前に建国した国だ。初代皇帝ガルフレアは『女の為なら俺は100回死ねる』と豪語するほど、愛の多い人物だったそうで、記録に残っているだけでも109人の妻がいたらしい。一夫一婦制の国の生まれである俺としては、よくもまぁそれだけ、と笑うしかない。
それだけ妻が多ければ、跡目問題が間違いなく発生するだろうが、そこは流石に一角の人物である。全ての妻達を種族ごとに『家』に所属させて、政治分野への干渉を全面的に禁じ、更に皇帝の持つ権威以外の権能の全てを、宰相と議会に下賜したのだ。
往時は30を超える『家』が存在したそうだが、権威以外の権能を全て排した帝位にそれほどのうま味はなく、政治分野への干渉を全面的に禁じられていた為に『家』は次々と世俗化の道を歩み始める。結果、今では12の『家』だけが存続しており、その12家が4年毎に、持ち回りで帝位を受け継いでいる、ということらしい。
現在の帝位継承者はリリィ・ミュセーオン・ガルフレア。12家の一つミュセーオン家の長女であり、持ち回りの順番に該当し、尚且つ両親が有職故実を実体験から学び取って欲しい、と望んだ為に10歳という年齢で女皇となったのだそうだ。
それを前皇帝であるムーア・ドライセルが摂政を務め、補佐教育するという形で今は帝位が成り立っている。聖月騎士団の人々に聞いた限りでは、随分と気さくな性格らしく、よく帝都を訪れては、民衆の声を聴いて回っているらしい。御簾の奥に佇む不可侵の存在、といった感じの女皇ではないようだ。
会見において、礼儀や作法といったものはそれほど気にしなくても良い、というふうに言われているが、それでも相手は権威の頂点な訳で…今から少し緊張してくる。まぁ、案ずるよりも産むが易しとも言うからね。多分、なんとかなるだろう。根拠のない楽観論も、精神衛生を保つくらいには役に立つ。大きく深呼吸をして、俺は食堂の扉を開けた。
「それでは今日の予定は、皆さんの先導でガルフレア帝凱旋道を行進しながら、皇宮に向かう。皇宮に到着次第、女皇陛下との会見を行う…ということでよろしいでしょうか」
「はい、その通りです。皇宮には1時間ほどで到着する予定です。なお行進の途中、帝国議事堂にてその周りを周回して頂くことになります。帝国議事堂には『13英雄神像』と呼ばれる彫像が祀られているのですが、これらの前を平等に行進しませんと、英雄神を蔑ろにした、との声があがる恐れがありますので…」
朝食を食べ終え、食後のお茶を飲みながらレオナと今日の予定について最終確認を行う。帝国議事堂は円形の建物で、その周囲にはガルフレイク建国に携わり、神格化された英雄たちの像が祀られている。この世界の宗教はレーム教というものに集約されており、祈りの対象となるあらゆるものが『神』として扱われる。レーム、とは『数多くの神々』を意味する神代文字だそうで、神々の位階というものを定めずに等しく信仰することを第一義としているらしい。なので英雄という物も立派な信仰対象となっている。
この感覚は、日本人である俺には馴染みやすかった。日本でも英雄を本尊としている神社は数多くあったし、そうしたものを敬う精神というのは理解できる。
「私個人としましても、ガルフレイクの建国に携わった英雄達の彫像を見るのは、とても楽しみです。この前レオナさんにいただいた、英雄に関する書物を読んでからというものの『獣帝王ガルフレア』と『剣聖王ジギスムント』の二人には憧れを抱いておりますので」
「ああ、お読みいただけたのですね!!私もあの二人の武勇譚は大好きです!!」
やや興奮気味に、にじり寄ってくるレオナ。出会った当初なら、つい距離を取ってしまっただろうが、今はそんな彼女がとても可愛らしく感じられた。
ちなみにその2人の英雄は両者とも、武勇の誉れ高い英雄で、残っている格言や逸話がいちいち格好いい。ガルフレアが女の子の為ならどんな化け物とも戦う正統派主人公なら、ジギスムントは剣の道にストイックで、矜持を重んじる主人公、って感じ。学術書ばかりを読み進めていて、少し胃もたれ気味だった俺にとって、彼らについて書き記した書物は読まなきゃいけない、ではなく読みたい、と思えた数少ない存在でもあった。
「黒騎士殿…スイッチを入れてしまいましたね?」
横に控えていたディアナがその笑顔を少し困ったように変えていた。はて、スイッチとはどういうことだろうか。
「黒騎士殿はどの武勇譚がお好みですか!?私はやはり『森の誓い』ですね!!当初反目し合っていた二人が、森の大怪獣フンバボに捧げられた姫君を救うために、協力し合う!!胸が熱くなりますよね!!」
レオナの言葉が止まらない。うわー、こういうことだったか。瞳に星を輝かせながら、ついには英雄譚を寸劇で再現し始めるレオナ。俺はそんな彼女の普段見せない饒舌な面を、ちょっとした嬉しさを感じながらみつめた。畏まった会話からは理解できない側面という物がある。俺は今日初めて、彼女の核心めいた部分に触れることが出来たのかもしれない。レオナの寸劇に付き合いながら、俺はそんなことを思うのだった。
『オニイチャン、おはよー』
「うん、おはようディノ」
煉瓦と漆喰で見事に舗装された迎賓用の港で、ディノと挨拶を交わす。ディノはこちらにのしのし、と近づいてくると鼻を押し当てる様な形で甘えてくる。それを撫でてやりながら、深呼吸をした。ううむ、緊張で少しお腹が痛くなってきた。
今の俺は獣王の黒龍鎧を装備して、鉄槌の王を背中に鎖で固定している。兜は外して、腰の辺りにポーチのような感じで引っ掛けていた。俺の素顔を晒すかどうかは少し議論があったのだが、顔を見せない相手をどれほど信用できるか、と言われれば疑問符が付くし、なによりこの兜、造形がすごく怖いのである。
威嚇が目的でもあるのだから、当然ではあるのだが、見た目というのは案外重要だ。鉄槌の王を鎖で雁字搦めにして封印しているのも『私は怖くないですよー。武器もこの通り封印してますよー』ということをアピールすることが狙いだったりする。そんな訳で、少しでも観衆の警戒感を削減する効果を底上げする為に、シロディール曰く『普通過ぎて親しみやすさマックス』な俺の素顔を晒すことにしたのだ。
『そういえば、オニイチャン。昨日のお客さん、良い人だったね。お話が面白かったの』
「クリスのこと?えっと…ディノの方にも行ってたのか…」
周囲に誰もいないことを注意深く探ってから、そう答えた。考えてみれば、亜龍如きのブレスが龍であるディノに通用するわけないのか。つまりディノに『お話』を妨害されないよう、俺の前に会いに行っていたということなのだろう。…ちょっと待て、お話が面白い?クリスは俺以外には聞き取れないはずのディノの言葉を聞くことが出来るのだろうか。
「どんなことをお話したの?」
『オニイチャンは良い人か、とかそんなこと。私の一番大切な人、って答えたら、嬉しそうに笑ってたの。あのね、ディノ、お話している人がどんな事を考えながらお話しているのかが、なんとなくだけど、分かるの。クリスちゃんは優しい気持ちと、とっても悲しい気持ちを感じながら、ディノとお話してたの』
怖い人じゃないみたいだから、オニイチャンとお話させてあげても良いかな、っておもったの。そう言葉を加えながら、ディノはごろごろと喉を鳴らした。テレパスに自身限定のテレキネシス、その上サイコメトリーか。ディノは順調に正統派『超能力』の位階を上っているな…。
しかし、ディノを見て悲しい気持ちを感じていた、というのはどういう事なのだろうか。クリスの目的が戦力の拡充なら、野心的な心でディノと接するのが普通だと思う。ディノが相手の心をなんとなくではあっても察することが出来るという情報は、俺ですら今知った情報だ。いくらヘラクレアのインテリジェンスが優秀だとしても、その情報を事前に手に入れ、完璧に対抗策を施したりは出来ないと思う。
本当に何者なんだろう、クリスって…。元より謎の多い人物ではあったけど、その謎がより一層深まった感じだ。そんな事を考えていると、レオナがこちらに近づいてくるのが見えた。ディノに小声でこの話はまた後でね、と伝えてレオナを迎えた。
「黒騎士殿、そろそろ出発しようと思うのですが、準備はよろしいでしょうか」
「はい、私の方はいつでもいけますよ」
思考を切り替える。クリスの事は非常に気になるが、今は行進と、その後に控えている皇女殿下との会見に全力を注ごう。胸を張り上げ、思い切り深呼吸をした。全身に溜まっていた緊張感が、少しだけ霧散する。
「かしこまりました。それでは参りましょう。……総員、整列!!これより7分歩みにて、皇宮まで行進を行う!!しかし、これはただの行進ではない!!生きながら伝説を成した無双の英傑、黒騎士殿の先導という非常に名誉ある行進である。各員、その名誉を噛みしめながら励むように…総員、進め!!」
レオナの凛とした、そして張りのある声が港に響き渡る。整然とした動作とは、それだけで非常に美しいものだけど、それを行っているのが絢爛たる武具に身を包んだ、麗しい女性達なのだ。ついつい、見惚れてしまう。
『オニイチャン、置いてかれちゃうよ?』
「おっと。ごめんディノ、それじゃあ行こうか」
慌てて伏せてくれていたディノに乗り込んだ。ディノが起き上がり、視線が一気に高くなる。港はガルフレア帝凱旋道よりも低い位置に作られており、凱旋道に出るには坂道を登り切る必要がある。…あの坂を超えたら、大勢の観衆が俺達を待っているそうだ。
霧散していた緊張が、再び胸の辺りに溜まり始める。心臓が、凄まじい勢いで鼓動を刻み始めるが…胸元の、昨日クリスからもらったペンダントが淡い光を放つと、先程まで総身を苛んでいた緊張感が、完全に消え去った。
これが精神異常無効、ってことだろうか。一定以上の精神的な負荷をカットしてくれる…ということなのだろう。ふぅ…クリスとまた会うことがあったなら、お礼を言わないとな。晴れ渡った空の様に、すっきりとした心持ちを抱きながら、自然な笑顔すら浮かべて、俺は皇宮への行進を始めたのだった。
こういうことをここで言うのはお門違いかもしれませんが、感想ではお手柔らかにお願いします。ご指摘いただけるのはありがたいのですが、中には結構心にくるものがあったりするので…すみません。
それと、GW終了のお知らせ+割と重めのお仕事というコンボをきめられてしまったので、これからの更新は少し鈍ると思います。ご容赦ください。
【ノア・シンク】
帝宮付きのメイド。青髪で碧眼。28歳のエルフ族。メイドという職業に一種の誇りを持っており、全く未知の存在である黒騎士にこそ、ご奉仕してみたい、と暗黒大陸へ向かうというリスクを度外視して、ワダツミに乗り込んだ。自分の事は出来る限り自分で行う、という主人公に最初は戸惑うが、ある程度の間合いを計りながらのご奉仕、という新感覚を最近は楽しんでいる。