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ちぇんぢ!!  作者: 草加人太
ガルフレイク編
15/37

密使、ヘラクレアから来たる

 皆様からのご指摘を受け、大規模に改稿いたしました。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。

「夜景っていうのはどこの世界でも綺麗なもんだなぁ……」


 ディノの優しいアドバイスのお蔭で、心にわだかまっていた悩みを打破できた俺は、先程の晩餐会では開き直って、レオナと思い切り会話を楽しんだ。ガルフレイクとの交渉がどうなるにせよ、彼女の好意を、そして俺の好意をもっと理解したくなったのだ。お酒も入っていたからだろうか。どんな天気が好きなのか、とかそんな他愛のない会話でも、大いに笑い合うことが出来た。花がほころぶ様な、幸せな笑顔。それは、とても素敵な時間だった。


 そんな楽しかった時間の余韻が抜けず、なかなか寝付けなかったので、俺は自室の窓から大陸の沿岸部に灯る明かりを眺めていた。暗黒大陸のように、人工物が全く存在しない環境というのもそれはそれで美しいものだけど、こういう人の息吹が感じられる景色の方が好きだな。少しばかり霧が出てきたが、その霧が周囲の護衛船と夜景を、より一層情緒深いものにしている。


「海風が涼しいなぁ……ん?」


 大陸の方角から、何かが飛んでくる。シルエットは完全にプテラノドンで、大きさはパラグライダーくらい。亜龍の一種だろうか。……いや、脚に人がぶら下がっている。漆黒の装束をまとったその人物は、プテラノドンの脚につかまりながら船に近づくと手を離し、こちらに飛び込んできた。


「ちょ、えええ!?」


 今なら避けようと思えば避けられる。結果として、彼は俺の後ろに置かれた机に突っ込んで、全身を強かに打ち付けるだろう。そして、大きな物音に気が付いた見回りの騎士が部屋に飛び込んできて、彼は捕縛される。


 それはちょっと可哀そうな気がした。彼からは暗黒大陸で感じた殺気は感じられないし、伝令の人、という可能性も少なからず存在する。仮に暗殺者の類だとしても、暗殺の理由くらいは聞いておいた方が良いだろう。奇襲を仕掛けられたのならともかく、こうして真正面からやってきたのだ。どうとでも対処できると思う。なので、俺は彼を受け止めることにした。


「……!!」


「おおっと……」


 飛び込んできた瞬間、腕を巻き込んで、丁度サバ折りをするように少し強めに抱きしめた。これなら相手が如何に強力な武器を持っていたとしても、攻撃をすることは出来ない。それでも彼が攻撃の意思を見せるのなら、少し痛い目にあってもらうとしよう。そんなことを考えていると、胸板にとても柔らかい物が触れた。つきたての餅のような、優しい感触。えっ。この人、もしかして『彼』じゃない?


「ふぅ……黒騎士殿。貴方ってとても大胆ね。初対面だというのに、こんな情熱的な抱擁をしてくるなんて……」


 妖艶な。そして薔薇のように力強いけど、涼やかでもある声音。間違いない『彼女』だ、この人。まぁ、女性が騎士をしている世界なのだから、女性の暗殺者がいてもおかしくはないけど。


「こんな怪しいナリで信用しろ、と言っても難しいかもしれないけど……私は貴方とお話をしにきたの」


 さすがに、女性の胸が当たったからといって、謝りながら拘束を解いたりはしない。いつでも万力の様に力を込められるように警戒しつつ、蝋燭の灯りに照らされた彼女を観察する。抱きしめている都合上、全身を見ることは出来ないが、忍者の様な黒装束をしていて、目から下は黒の包帯で包み隠されていた。その瞳は、満月が如き黄金色。武器の類は確認できない。小型のナイフや匕首を隠し持っている可能性はあるけれど。


 さてどうしたもんか。どうやら暗殺者ではないようだし、ここは聖月騎士団の面々に彼女の身柄を引き渡すのがベストな選択肢だろう。お話とやらは、彼女を拘束した後でも出来るわけだし。


「見回りを呼んでみる?誰も、来ないわよ……?」


 そう挑戦的に囁きながら、彼女は俺の瞳を覗き込むようにみつめた。誰も来ない、とはどういうことだろうか。確かに今は真夜中ではあるけど、甲板上では今でも数人の騎士が見張りを行っているはずだ。更に言えば、少し離れてはいるけど、他の部屋に行けばレオナやシロディールが眠っている。見回りによって、削られている睡眠時間を更に奪うのは気が引けるけど、起こせばすぐに対応してくれるだろう。


「睡龍玉、って知っているかしら?強力な睡眠作用のある霧を、ブレスとして吐く亜龍の口内にできる宝玉なのだけど。……これを水場に投げ込むと、周囲にその龍のブレスと遜色のないものが発生するのよ」


 数百年に一つしか手に入らないのがネックだけどね、と付け加えて、彼女は目だけで笑った。……その亜龍がどの程度の個体数、存在するのかは分からないが、相当に貴重な宝玉じゃないのか、それ。まだ不確かさが残る情報にそうした物を投入できる、ということは彼女には国家レベルの後ろ盾があると考えた方が良いかもしれない。


「本当か?君や俺には、そのブレスの効果が表れてないようだけど」


「術者が自分で施した術にかかる訳がないでしょう?とうに対策済みなのよ…貴方に効果が出ていない理由は、私にも分からないわ。貴方本当に人間なの?」


 チート能力持ちの俺が、人間なのかどうかはさておき。まぁ、道理だ。ウイルス兵器とワクチン、毒ガスと治療薬はセットでなくてはならない。あれだけ真正面から侵入してきたというのも、この船が既にその睡龍玉とやらの影響下にあることを示しているのかもしれない。


「ちなみに貴方が眠っていたとしても、ちゃんと起こしてあげたわよ?寝込みを拉致っても、その後が怖いし」


 確かに。そんなことされたら、大暴れして抵抗しただろう。今なら、たとえコンクリートで全身を固められて拘束されても、力技で脱出する自信があるし。


「一応、確認してきても良いか?」


「えぇ、どうぞ。一緒に行きましょう?」


 黒装束の女は、俺の拘束から逃れようとするどころか、より体を密着してくる。彼女がどこの国の、あるいはどこの組織の回し者なのかは分からないが、どうやら国民にまで俺の存在を認知させたことが裏目に出た結果のようだ。まぁ、俺に会う前だったのだから、龍を理由に来訪を断られる芽を潰す為の苦肉の策ではあったのだろうけど……さてどうしたもんか。周囲の街が、漂うこの霧を不審に思うのは、恐らく夜明け後だ。夜はまだ、始まったばかりである。



 結論から先に言えば、この船に乗っている人々は全員眠っていた。肩を掴んで、ガクガクと揺らしてみても、耳元で大声をあげてみても、全く起きる気配がない。黒装束の女曰く、瀕死の重傷でも負わせない限りは、絶対に起きないらしい。なら俺をどうやって起こすつもりだったのか、と問えば治療薬めいた物を1つだけ用意してきてはいたらしい。俺が窓で涼んでいるのを見て、海中に捨ててしまったそうだが。


 そんな中で、せめてもの救いは、夜間航行は魔術による自動制御で成されており、また、この船が辿っている航行ルートは専用海路なので、事故や座礁の可能性が限りなく低いことだろう。


 このまま朝まで彼女を拘束するべきだろうか。多分、それがベターな選択肢ではあると思う。ただ、彼女の『お話がしたい』というセリフが心に引っかかっていた。今の俺の異世界情報は、ガルフレイクというソースに偏り過ぎている面は否めない。情報は、複数の立場から検証した方が利が多い……と思う。レオナ達は、信頼できる。ただ、その背後にある国という物まで無条件に信頼して良いかとなると、必ずしもそうとは言えない。ここは、少し賭けに出てみるか。


「あら……拘束を解いてくれるの?」


「お話をしにきたんだろう?…君のことを信用するよ。でも、攻撃してきたら腕の1、2本は覚悟してもらうからね?」


「感謝するわ。攻撃の意図はないから安心してちょうだい。なんなら、この場で裸になりましょうか?」


 それには及ばないよ、と返すと彼女は興味深そうに眉根を寄せた後、頭に巻かれた黒頭巾と包帯を外した。絹の様になめらかな黒髪が、宙を舞う。陶磁の様に白い肌と、満月を宝石に変えてはめ込んだ様な、黄金色の瞳。口元に浮かぶ好戦的な笑みは、普通なら女性的な魅力を削減してしまうものだろうが、彼女にはよく似合った。戦場で輝く月の女神。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


「私のことは…そうね、クリスって読んで頂戴。貴方の名前は?」


「申し訳ないんだけど、名前はないんだ。色々と訳ありでね」


 名乗られたというのに名乗り返さない、というのはとても抵抗があるのだけど、まだ彼女のことを信用したわけではない。それに、実際この世界での名前はまだないので、そう答える。


「あら……それは不便ね。それじゃあ……クロノ、って読んでもいいかしら?」


「黒の騎士、をもじったのかな?別にそれでも構わないけど」


「ふふ、ありがとう。よろしくね、クロノ。ちなみに名前の由来は黒の騎士のもじりじゃなくて、私のペットの名前よ」


 ペットの名前かよ、と堪らず突っ込みを入れてしまう。シリアスな局面だというのに、つい反応してしまった。しかし、そんな俺の反応がツボにはまったらしく、声を控えた可愛らしい笑い声が室内に響く。つられて、俺も口を笑みの形にしてしまった。


 なんというか、彼女には女性的という要素を超越した魅力があるような気がする。典雅な所作や、視線の向け方。まだろくに会話も重ねていないし、不審者の危険人物という二重苦であるにも関わらず、クリスのことを信用したくなっている自分がいた。これは…カリスマ、というやつなんだろうか。あるいは、そういう魔術なのか。


「ふぅ…調子が狂うなぁ。まぁ、立ち話もなんだし、座りなよ」


「ありがとう、クロノ。暗黒大陸の生まれ、って聞いてたけど、紳士なのね。素敵だわ」


 椅子を引いてやると、クリスは俺の肩を少し撫でた後に着席した。たったそれだけの動作なのに、なんだか舞踏めいた華やかさが香る。む?聞き逃しかけたけど、俺が暗黒大陸の生まれだという事を知っているのは、今のところ聖月騎士団の面々か、報告書を受け取った本国の一部の人だろう。どこかで、情報が漏れている…?


「俺が暗黒大陸の生まれだって、何処で知ったんだ?」


「安心なさいな。裏切り者の類からもたらされた情報ではなくて、工作活動で手に入れた情報よ」


 それは、安心しても良いものなのか?ついでに言えば、彼女の立場を考えれば、報告書を閲覧可能な役職に裏切り者がいますよ、とは口が裂けても言わないだろう。彼女は、亜龍に掴まってここまでやってきていた。ということは聖月騎士団の面々と会話をする余裕などはなかったはずだから、工作なり本国の内通者の報告なりで、俺の情報を手に入れたということになるだろう。……そういうことにしておきたい。俺は、彼女たちを疑いたくはなかった。


「そうか……ちなみに、お菓子とか好き?良ければご馳走するけど」


「ええ、大好きよ。是非とも頂きたいわね」


 問いただしたい事柄は数多くあるが、ここで性急に問い詰めても、はぐらかされそうだ。時間をかけて、ゆっくりとクリスの素性を探っていこう。幸いなことに、時間は俺の味方だ。最悪、朝までにらみ合いを続けるという手もあるのだから。俺は机の影にしゃがみこむと、以前レオナに食べてもらえなかったケーキと同じものを2つ作成し、あたかも机の後ろにあるキャビネットから取り出したかのように装って、テーブルに置いた。


「あら、美味しそうね。お茶はないのかしら?」


「本当に遠慮しないのね、きみ。ちょっと待っててくれ、確かこの辺りにティーセットがあったと思う……」


 ティーバックなんて便利なものが無いせいで、随分と苦戦させられたが、なんとかお茶を煎れることが出来た。ビーカーと茶こしが融合したような器具に四苦八苦する様子を、クリスは微笑みながら見守っていた。本来なら『手伝えよ』といった思いが生じるところなのだが、表情と仕草を使って、正解まで誘導してくれていたので、そうした気も起きなかった。


「お疲れ様。ケーキもお茶も、両方とも美味しいわよ?」


「どーいたしまして。喜んでもらえたようでなによりですよ」


 少し拗ねたような声音になってしまったが、お礼を言われて正直なところ、まんざらでもなかった。微笑みながらケーキを頬張るクリスには、少女的なかわいさがあったからだ。凛々しさと可憐さ。魔的な美しさと可愛らしさ。そうした本来なら共存出来ないものが、破綻することなく同居している。我ながら現金なことだと思うのだけど、眼福だな、と思いながらケーキを口に運ぶ。うっわ、やっぱこのケーキ凄く美味い!!この苦境をトコトン楽しんでやろう、という前向きな姿勢すら湧いてくるくらいに美味しい。


「あらやだ、ついついケーキに夢中になってしまったわね。お話をする為にやってきたのに」


 その言葉を聞いて、思考を切り替える。彼女がどんなに魅力的な人物であろうと、信用することはまだ出来ない。お茶を飲みながら、冷静に戦術を組み立てる。まずは相手に発言をさせて、はぐらかそう。クリスがそのことを追及してくるようなら、立場はこちらの方が上である、というふうに圧力を加え、会話のイニシアチブを握る。スルーしてくるようなら、質問の代価としてこちらから質問を行い、まずは素性を問いただそう。


「私はヘラクレア帝国の密使よ。率直に言うわ。貴方……ヘラクレアに来るつもりはないかしら?」


「……本当に率直だね。もう少し持って回った言い方をするか、甘言を弄してくるかと思ったけど」


 クリスは淀みなく、そう提案してきた。うーん。レオナの言を信じるなら、俺の存在が第三者に知られてから、まだ10日も経過してないはずなんだが。ガルフレイクもそうだけど、この世界の大国はフットワークが軽すぎるだろう。


「どうかしら?ヘラクレアに来てくれるなら、まずは資源が潤沢で、商業も盛んな植民国を5つプレゼント。お金も手付金として、5000億マール用意するわ。貴方が望むのなら、国内全ての女性を好きにできる免状も発行しましょう」


 滅茶苦茶な待遇だな。ちなみに1マール=1円だから、5000億マールは5000億円。しかもなんなんだ、その免状。PCゲームかよ。というか人を福引のおまけかなんかと勘違いしていないか?


「先約があるからね。それに、今の条件を聞いた限りでは、ヘラクレアに行くつもりにはならないな。国なんて……そんなものを貰っても持て余すだけだろうし、女の子を力でどうこうするとか、俺が最も唾棄する行為だ。かっこつけで言っているんじゃない。そんな野郎になるくらいなら腹に鉄槌の王を生やして、人生の幕を引くさ」


 クリスの提案を、強く否定する。なまじ、本をたくさん読んでいると、想像力というものが鍛えられる。だから『バッドエンド』を迎えてしまった人のその後が、リアルに想像出来てしまう。考えただけで、胸が悪くなる。現実世界では、ページを閉じれば『それ』は消え去るが、ここでは『それ』は現実に刻み付けられて、消えはしない。誰かがそれを成していただけでも、凄まじい憤りを感じるだろうに、自分自身が、なんて考えたくもない。


「へぇ……潔癖なのね。英雄、色を好むという格言があるけれど、貴方にはその言葉は当てはまらないのかしら?」


「色は好きだが、相手の意思は尊重すべきだろ。そんなこと、わざわざ口に出す様なことかよ」


 多少の怒りを胸に秘めながらため息をつき、クリスをみつめる。クリスは、そんな俺を長年探していた名画をみつめるような、感慨深そうな視線で見つめ返してくる。目をそらすと、なんだか負けてしまいそうな気がして、その黄金の瞳を覗き込む。鮮烈な輝きを秘めた黄金の瞳。その美しさに、胸がざわつくのを感じた。


「やーめた。クロノって面白いわ。普通は、あれだけの好条件をちらつかされればコロッ、といっちゃうものなのなのだけどね?」


 本当に面白いわ、とクリスの方から視線を切る。慌てて、俺もクリスから視線を外した。なんか悔しいな、あんなご高説を垂れておいて、その……見惚れてしまうなんて。頬が赤くなっていたのだろう。クリスは嗜虐心を隠そうとしない表情で、いやらしく笑った。


「おやぁ……私の容姿も捨てたもんじゃないようね?どうかしら、ヘラクレアに来てくれるなら、私を好きにして良いわよ。私、貴方にだったら、壊されても良いから」


「ばか。お前女の子だろ、自分を大切にしろよな。あと、壊すとか人聞きが悪い事言うんじゃない。俺はノーマルだ。多分な」


 いや、未経験だから分からんのだけども、多分ノーマルだろう。気恥ずかしさを隠しながら、クリスを見た。クリスの顔には、先程までの娼婦の様な艶のある笑みではなく、子供の頃大切にしていた人形を見付けた時の様な…驚きと、帰らない日々への憧憬が入り混じった、複雑な感情が浮かんでいた。俺がクリスの顔をまじまじと見ていることに気が付いたのだろう。クリスの表情は、また不敵な笑みを浮かべたものに戻ってしまう。


「あら、貴方経験ないの?うふふ、おそろいね?」


「あんだけ意味深なセリフ吐いといて生娘かよ!!逆にドン引きしたわ!!」


 はっ。いかんいかん。真剣な議論だったはずなのに、地が出てしまった。クリスの仕草や間の取り方が、上手過ぎるのだ。ツッコミを行わざるを得ない状況に誘導されてしまう。クリスはそうした俺の反応が随分とお気に召したようで、お腹を抱えながらクスクスと笑っていた。やりずらい。しかし、不思議と不快には思わなかった。


「こんなに笑ったのは久しぶりよ……ヘラクレアに来てくれない貴方に、こんなことを言ってあげる義理はないのだけどね?お礼代わりに、一つだけ忠告しといてあげる。聖月騎士団やこの船の人員は信頼しても良いと思うわ。ただね、ガルフレイクは良くも悪くも狸よ。使うつもりが使われてた、なんて事にならないように、気をつけなさい」


「あぁ、肝に銘じておく。でも俺からすれば、女性を自由に出来る手形なんてものを発行できる国に比べれば、狸の方が大分マシに感じるんだが」


「価値観の相違ね。確かに人権は大切よ。平時であれば、何よりも大事にするべきでしょうね?ただ『大破壊』という現実の前では、それよりも『目先の戦力』を優先すべきなのよ。貴方という旗と、力があれば、今度こそ人類は真の意味で団結出来るわ。その過程が、どれほど暴力的であってもね」


 黄金の瞳に、一瞬だけ憐憫のような色が灯るが、それはすぐさま激情を感じさせる炎に塗り替えられてしまう。なるほど……確かに、一理はあるのかもしれない。『大破壊』の被害という物は、記録を見ただけでも慄然とさせられるような恐ろしい物だ。特に初代魔王による『大破壊』においては、人類はその人口の約7割を失ったという。それに対抗する為に、より強力な力を。あらん限りに乱暴な方法を選んでも、人類の結束を。それは極論かも知れないが、一つの真理ではあるのかもしれない。


 なにが正しくて、なにが悪いのか。この対立軸は、どこまでいっても平行線だ。異世界人である俺に、それをどうこう言う資格はないのかもしれない。少なくとも、今はまだ。


「さっ、真面目な話はここまで。せっかくだから、楽しい話をしましょうよ。うふふ、聖月騎士団って言ったら、美人どころばかりって話よね?誰か気になっている娘とかいないの?ねぇ、正直に白状しちゃいなさいよ」


「切り替え早すぎだろ!!さっきまでの重たい空気を返せよ!!」


「だってヘラクレアに来てくれないんでしょう?なら、今後を見据えて好感度を上げとくのがベストじゃない?」


「それは確かにそうだけど……」


 でしょ?とクリスは微笑んだ。まぁ、雑談から拾える情報もあるかもだ。そう思考を切り替えて、クリスと会話を始める。それは敵対する可能性というものを、胸に燻らせながらの悲しいものではあったけど。案外悪いものではなかった。



「はーあ。本当に楽しかったわ。クロノ、またお話に来ても良いかしら?」


「俺からはなんとも言えないよ…ただ、追い返したりは…しないかな」


 こっちの化けの皮を散々はがし続け、また言い回しを駆使した勘違いで俺を弄り倒したクリスは、空が白ずんできた頃に席を立った。あと10分もすれば、皆目を覚ますのだそうで、訪れた時と同じように、唐突な別れだった。結局、夜通し話し込んでしまった。今日は、ガルフレイクに到着する日だってのに、我ながら何をしてるんだか。


「そういえば、言い忘れてたけど。私の存在を、ガルフレイクに伝えるかどうかは、貴方次第よ。睡龍玉で眠った人間は、眠る直前に行っていた行動の夢を見る。皆同時に目を覚ますし、自分が寝ていたという事実を認識できない。つまり、貴方が私の事を誰にも言わなければ……今日の出来事は、貴方と私だけが知る、夢のようなものになるわ」


 クリスは試す様な視線で、こちらをみつめてきた。さて、どうしたもんか。今日の出来事を黙っている、というのは間違いなくガルフレイクに対して不義理だ。しかし、もしも喋ってしまえば。ガルフレイクだって黙ってはいないだろう。ヘラクレアとガルフレイクは比較的友好的な関係を保っているとはいえ、国賓扱いの人物をかっさらおうとして間者を送り込んだ、なんてことが表沙汰になれば、緊張関係は劇的に高まるはずだ。


 その緊張関係の中心人物は、間違いなく俺になる。自由なんて、望むべくもなくなるだろうし、最悪庇護した代償としてガルフレイク側に取り込まれる可能性も出てくるかもしれない。俺の判断で、ガルフレイクに尽力したいと思えるのなら、取り込まれるのはやぶさかではない。レオナ達は大好きだ。彼女たちと一緒に働けるというのは、それはそれで素晴らしい未来予想図ではある。しかし、状況に追い込まれて仕方がなく、というのは勘弁願いたい。


「言わないよ。どうやら、今回は俺の負けみたいだ」


「そう。貴方の決断を嬉しく思うわ。これからもちょくちょく遊びにくるから、ケーキの用意をお願いね?」


 ヘラクレアから見た世界を、そして情報をお土産に持っていくから。そう言って笑ったレオナは、上りゆく朝日によって、美しく飾られていて……今までで一番魅力的な笑顔に見えた。


「ああ、そうだ。クロノ、手を出して」


「もうその手には乗らんぞ、俺はノーマルだって言ったろうが」


「恥ずかしい頭ね。普通に手の平を上に向けて差し出せ、と言っているのよ」


 クリスに毒され過ぎたらしい。痛恨のミスだった。苦虫を噛み殺したような表情になりながら、手を差し出す。コロン、と親指の爪くらいの大きさの宝石が手の平を転がった。ダイヤモンドのようだが、中心に赤い核のような物が存在する、不思議な宝石だった。それに金の鎖が取り付けられていて、ネックレスになっている。


「なんだこれ?呪いのアイテムじゃないだろうね」


「ある意味ではそうだけど、私にしか効果のない物だから、問題ないわ。むしろ、あらゆる精神異常を無効化してくれる優れものよ。貴方、身体能力は大したものらしいけど、心の方はまだまだね。そんなんじゃ、下賤な輩に付け込まれるわよ」


 楽しませてくれたお礼、と微笑んだ後に、クリスは窓まで走っていく。そして、そのまま海に飛び込んだ。飛び込む前。一瞬だけこちらを振り向いた顔が……朝日に照らされた彼女の顔が、とても寂しそうに見えたのは……逆光が見せた幻だったのだろうか。ヘラクレアから来た密使は、美しいネックレスだけを残して、去って行った。


「やれやれ。嵐みたいな女だったな……」


 朝日を眺めながら、背伸びをする。よーし、寝るか。今日の鍛練は休みだ。ドアには『緊張して眠れなかったので、到着まで寝かせてください』とでも書いたメモを貼り付けておこう。メモを手早く書き終え、ドアの外側に張り付けた俺はベッドに飛び込むように寝転ぶ。深海に沈む岩の様に。俺の意識は速やかに眠りへと落ちて行った。

 これが、今の私の全力です。受け取っていただけると、嬉しいです。


【プテリンクス】

 ヘラクレア帝国において主に偵察用に使われる亜龍。見た目は完全にプテラノドン。ただ、体色が真っ黒になるように交配されており、獣人種の聴覚をかく乱する音波を絶えず発信している為、直接目撃されない限りは発見できないといっても良い。ただし、積載量は小柄な大人一人分が限度であり、人を乗せたままでの飛行可能範囲は10km程度でしかない。


【精神異常系魔術】

 読んで字の如く。精神を対象としたデバフ系の魔術の事。相手の基本人格を操作するようなものは存在しないものの、それなりに厄介。しかし、効果時間はそれほど長くない。ちなみに、神代においては相手の特定の感情を激烈に高ぶらせる秘術が存在したらしいが、既に失伝している。

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