好意への戸惑いと、これまでとこれから
皆さんは初めて会った異性に好意を寄せられたらどう思いますか?どうやら主人公は、深読みしすぎて色々と苦悩しているようです。
なんだか、すごい視線を感じる。一夜明け、砦から船に移動している最中。俺は背中に突き刺さる様な視線を感じていた。今はディノに乗っている状態だから、物珍しさから注目されているのかと最初は思ったのだが、なんだかそういうのとは違う感じがする…。
「あの。船まではあと、どれくらいかかりそうですか?」
視線が気になり過ぎたので、どうでもいいことにかこつけて、振り向く。俺をまじまじと見ていたのは果たして、レオナとシロディールだった。他の団員の人たちも見てはいたが、なんというか密度が違う。
「は、はい!!あと10分もすれば、海岸に到着いたしますので、もうしばらくご容赦を!!」
レオナが弾かれたように答え、シロディールは愛想笑い…というか、誤魔化す様な笑みを浮かべている。雪の様に肌が白いシロディールの頬は、ほのかに赤みがさしていて、レオナの方は浅黒い肌でもわかるくらいに、真っ赤になっていた。なんというか、これは…
「そうでしたか、もう少しですね。ありがとうございます」
何事にも気が付かなかったように視線を前に戻す。どういうことだろうか。いくら俺が『年齢=彼女いない歴』の男であっても、あんな様子の女の子を見て、なにも感じないなんてことはない。恋愛感情のそれかどうかまでは分からないが、多分、俺は彼女たちに好かれているような気がする。
だが、それはおかしいだろう、と冷静な声が頭の中で響く。そう、俺には彼女たちに好かれる道理がない。間違いなく、彼女たちに好かれるようなヒロイック性を発揮した覚えはないし。自分で言ってて悲しくなるが、見た目も平々凡々としたものである。特段、劣ってるとも思わないけれど。
そうすると、ハニートラップ的な何かだろうか。まぁ、悲しいことに、この説にはそれなりの信憑性がある気がする。でも、だとすると反応が純情過ぎるような気もする…そういうプレイというか、戦術という可能性も無きにしもあらずだけど。あと、そういうのが目的なら、昨日のうちに寝所に潜り込んでくる、なんて展開があっただろう…とも思う。
ガルフレイクが特別、男女の仲というものにフランク、とか。一目惚れを天の導き、的にとらえていて、たまたま俺の容姿やらなんやらがお気に召した、とか。そこまで考えて、俺は自分の平凡な容姿を思い出し、身の程を知れ、とセルフつっこみを心の中で入れる。
うーん、わからん。こんな時に『難聴系主人公』ならなんとも思わずに、彼女たちが好意を決定的な言葉にしても『えっ、なんか言った?』とか言ってスルーできるんだろうけど、残念ながら俺の耳はすこぶる調子がいい。
今のところ、告白的な事を言われた訳ではないし、特に行動を起こす必要はないだろうけど、彼女たちが好意らしきものを抱いているかも、というのは頭の片隅に置いておいた方が良いかもしれない。
盛大な勘違いって可能性もあるけどね。彼女たち聖月騎士団は純潔を守る女性達で構成される騎士団らしいが、俺だって純潔を守り抜いてきた男である。なんでもない視線を、好意の視線と取り違えている可能性は十分にある。…だとしたら、すげー残念な男だな、俺って…
『オニイチャン、どうしたの?なんか元気ないね。お腹すいたの?』
「いや、なんでもない。俺はいつも通り、すこぶる元気だよ」
心配そうにこちらを見つめてくるディノの頭をなでてやりながら、そう返す。ちなみに、このディノの言葉は俺以外の誰にも聞こえていない事が、今朝分かった。砦を出発する前に、今後の食料問題についてディノと話し合っていたのだが、誰もディノの言葉を聞くことができなかったのだ。どうも、ディノの言葉はテレパスのような超能力に類するものらしい。
確かに、少し考えてみれば予想できることではある。俺に聞こえてくるディノの声は、深夜アニメのロリっ子キャラみたいな声だ。本当にディノが声帯を震わせて喋っているのだとしたら、そんなかわいい声には成り得ない。声帯が大きければ大きいほど、バリトンめいた良い声になるはずだから、ディノが普通にしゃべったら、オペラ歌手どころか、岩窟から響き渡るような重低音で『オニイチャン!!』と呼びかけてくるはずである。うわ、想像しておいてなんだけど、普通にないなー、それ。
ディノの頭を撫でながら、林道を行く。木々から漏れる光に、気持ちよさそうに目を閉じているディノを見つめつつ、俺はこれまでと、これからのことについて思いを馳せていた。いきなり放り込まれた、異世界。分からないことはまだまだ多く、気に掛けるべきも多い。なんとも苦労の多い道行ではあるけれど。俺は、徐々に現実世界では久しく感じていなかった高揚感を噛みしめている自分に気がついていた。
今にして思えば、俺はあそこでの生活において、冷めきっていたように思う。昔は世の中には思いもよらない『未知』が溢れていると考えていた。しかし、成長すればするほど、ありふれた世界しかここには存在しないのだという諦念が心を満たしていった。繰り返されるファジーでルーチンな日々。いつしか『未知』を探すことすら億劫になって、浪費する様に毎日を過ごしていた。
若造が何をわかったようなことを、なんて当たり前なセリフは用をなさなかった。世の中なんてこんなもんだよな、と呟いてみても一度冷めきった心に火が灯ることはなかった。中二病きめぇ、と自嘲してみても、虚しさはなおさら募った。しかし、である。そんな不出来な俺の心ではあるけれど。今はささやかな炎が、明日を見てみたいという希望が宿っているのを感じていた。
「異世界も、悪いもんじゃないかな…」
誰にも気が付かれないように、小さな声でそう呟いて、俺は視線をディノから前方に戻した。視線の先では、長かった林道が終わり、何処までも広がる大海が見え始めていた。自然と、笑顔が浮かぶ。晴れ上がった太陽の光と、碧空から吹く爽やかな風。なんだか、そうしたものがこれからの旅を祝福してくれているような気さえしてくる。
まぁ、なにはともあれ。頑張っていきましょうかね!!
異世界系の小説って元の世界への帰還を志すものと、そうでないものに分かれますよね。皆さんは、帰ろうとしますか?それとも残りますか?